10 クエスト達成
「おお、まさか本当にあの大蜘蛛をたった一人で打ち倒されるとは……」
「信じられぬ……」
エルフの長老たちから、感嘆の声が上がる。しかし、そんなものはどうでもいい。俺としては、早くレベリングを行いたいのだ。二つ上がった分のスキルポイントで新しいスキルも獲得したい。武器の新調だって必要だろう。
「これで、病を治すという滴が手に入るのですよね?」
「うむ。盃を聖樹の前に捧げなさい」
俺は綺麗な赤い色味の盃を受け取ると、早速試してみる。大樹の真下にて、膝をつき、杯を捧げる。
すると一滴、葉の上から落ちてきた。
大きな水球は盃を満たし、
獲得アイテム N 万病治療薬
状態が変化した。これによって、インベントリ内部に収納することもできるようになった。どうやら、ゲーム内システムに対応しているアイテムとそうでないものがあるらしく、先ほどの杯のようなものは、アイテムとして認識されていないらしい。
はてさて、これでクエストは達成だ。アリエルさんのところに帰ろう。
俺は踵を返して、さっさとこんな場所からは立ち去ろうとする。しかし、道を長老たちが遮っていた。
ああ、そうだ、忘れていた。
俺としたことが、まだやるべきことがあった。
「装備について、なんですが」
「おお、やはり本物のアルマの使徒だったのですね。我々の心が読めるとは」
いやあ、誰だってそうだろう。普通のプレイヤーがここに来る目的といったら、それしかないだろう。
「実は、先ほどのレッドトレントの材木の余りで作ってみたのですが、お礼として差し上げたいと思いまして」
「いいんですか?」
「もちろんです。素材をくださり、さらには聖域を解放してくださったのですから」
よし、当初の目的達成だ。
そう、ここ第三エリアトレント相手ではアクセサリー系のアイテムが手に入りやすかったのだ。
「こちらをどうぞ。破魔弓でございます」
……え? 弓?
ここアクセサリー系が手に入りやすいはずだったよね? どうなってるの。っていうか、弓とかもらっても、ソロだとあんまり使う場面ないんだけど。やっぱり接近して狩るのに比べると、安全面では優れても、秒間ダメージでは劣ってしまうからさ。
「ささ、遠慮せずに」
「あ、すみません。ありがとうございます」
遠慮してたわけじゃないんだけどなあ。合わないから戸惑ってたんだけど、とりあえず受け取ってから、インベントリで確認する。
U破魔弓
重量580
攻撃132
◇クリティカル10%
◇無限矢
◇追加光属性ダメージ12
◇移動+50
おお、すごいじゃないかこれ! 前言撤回、ありがとう爺さん!
頭を下げるエルフの爺さんたち。
「お礼もこれくらいしかできませんが」
「いえいえ。十分ですよ。とても良い品をいただきました」
重量が重いから、先ほど手に入れたブラックコートと併用するとなると、最低でもレベル10が必要で、防具もつけられなくなる。だからあまり積極的に使用していくのも憚られるが、しかし属性ダメージは固定なので掠らせるだけでもしっかり通るメリットがある。さらに、移動もがっつり上がるため、敵との距離を取りたいときには最適だ。
そうして俺は意気揚々と、引き上げていくのだった。
アクセサリー? この「すべてやり終えた感」溢れる雰囲気で言えるわけないじゃないか。そんなことができていたら、俺はとっくにソロプレイヤーじゃなくなってる。
エルフの森を出て、第三エリアに出ると、モンスターが普通に存在し始める。街中にいるより、こちらのほうが俺としては落ち着く。
「しかしアルマの使徒様だったんですねー。全然気づきませんでした。いつも集団で行動するとばかり聞いていましたから」
ついてくるこいつがいなければな。
皆が皆、集団を好むと思うなよ。……悪かったな、友人が少なくて。そう、いないんじゃない、少ないだけなんだ。
ともかく、アーベルをアリエルさんのところにつれていくことでクエストは達成になる。だから、途中で野垂れ死にでもされたら、そこでクエストは失敗に終わる。そう考えると、最後まで連れて行ったほうがましではあるのだが。
「いやー、先ほどの戦闘はすごかったですね。あんな勇姿、初めて見ました」
「そうか」
男に褒められても嬉しくないって。可愛い女の子に瞳を輝かせながら言われたら、そりゃ一瞬で舞い上がってしまうけど。
なんだか落ち着かないから、そういうのをやめて、普通にしていて欲しい。
「このこと、姉に教えてもいいですか? きっと、喜びますよ。アルマの使徒様の話は昔から好きでしたから」
なんと、アリエルさんは俺のことが好きだったらしい。いや、俺の立場がってことだけど。
これは脈ありってことでもいいんじゃないだろうか。よくないだろうか。勝手に期待して落ち込むよりは、気にしないほうがいいんだろうけど。
ほら、よくいるだろ? 女の子が消しゴム拾ってくれただけで好感度上げちゃう奴。向こうは全然なんとも思ってないのに、意識しちゃう男。
そうはならないよう、やっぱり意識すべきじゃないよね。
「俺のことなら、いくらでも言うがいいさ。なにも、減るものじゃない」
「ありがとうございます!」
アーベルくんは嬉しそうに言った。
†
それから道中、どうやら俺たちの姿は奇異に映るらしく、パーティで狩りをしている者たちが向けてくる視線は、前よりもっといぶかしがるようなものに近づいていた。
もう第一エリアで狩っているパーティは見られなかった。
俺もさっさとレベル上げていかないとね。
そうして辿り着いた始まりの街。休憩しているパーティがいくつかあった。
おかしいな。PvPを目前にして、そんなのんびりしている暇があるのだろうか。一応全体チャット機能はあるから、待ち合わせならすぐに済むと思うんだが、そういうわけでもないらしい。
普通に休息を取っているように見えるのだ。これは異常事態と見るべきだろう。
俺が廃人ゲーマーだからそう思うのではない。1億円を前にして、そんな余裕を持てる人間がそうそういるとは思えないからだ。いや、そもそも彼らも俺と同質の人間だ。ゲームにのめり込み、現実感を忘れ去ろうとした者たち。
ここは本当にゲームの中なのだろうか。
「あ、姉さんです。ほら、噴水のところに」
物静かに涼を取るアリエルさん。伏し目がちに、視線を下に落としていた。儚げが雰囲気が、ぐっとくる。
いやあ、自由闊達な女の子もいいけど、おしとやかな女性もいいよね。結局のところ、可愛ければなんでもいいって結論に至るのかもしれない。
俺は颯爽とその場に現れようとして、
「姉さん、帰ってきました! ご心配をおかけしました!」
「アーベル! 無事だったのですね」
感動的な再開だ。俺にもああやって心配してくれる姉がいたならば、別の人生を歩んでいたのかもしれない。
クエスト達成
獲得経験値 200
次のレベルまで 251.2
これでクエストも終わったようだ。そこまで多くはないが、経験値が入るシステムらしい。
俺が確認していると、アリエルさんが頭を下げた。
「アルマの使徒様、ありがとうございます」
「いえいえ、大したことはしていませんよ。……あ、そうだ。これをどうぞ」
俺はインベントリから万病治療薬を取り出した。アリエルさんが驚いたように、目を見開いた。茶色の大きな瞳は、見事に澄んでいた。
「よろしいのですか?」
「もちろん。あなたのために取ってきたのですから」
おそらく、ここで渡さないという選択肢もあるのだろう。別のイベントで使うことだってできるだろうから。序盤で使ってしまうには、惜しいアイテムかもしれない。
けど、美人の笑顔より優れた成果なんて、どこにもないだろう。
アリエルさんは盃に手を伸ばす。そして受け取る際に、俺の指にやや触れた。
柔らかく、嫋やかな指だ。俺が女性と接触したのなんて、コンビニで商品を受け取るときくらいだったな。この状況もあまり変わらないけれど。
そしてアリエルさんはこくん、と小さな喉を鳴らして、薬を飲み干した。
クエスト達成
獲得経験値 400
レベルアップ!
次のレベルまで751.2
受諾していないはずのクエストが達成されるとは。もしかすると、連続クエストだったのかもしれない。ということは、強引にアーベルを連れて帰って、先のクエストだけ達成することもできたのかもしれない。
なんにせよ、悪くない結果だ。
「体調はどうですか?」
飲んだばかりですぐ効果が出るわけじゃないかもしれない。
けれど、アリエルさんはにっこりと微笑んで、細い腕でぐっと握って見せた。力こぶなんてまったくできやしないけれど、なんだか力強い生命を感じて、俺は思わず息をのんだ。
「すっかりよくなりました。ありがとうございます。感謝してもしきれません」
そう言って笑う彼女は、やはり美しい。それは美貌のせいだけじゃない、そんなことを思うのだ。
それから、アリエルさんは礼をするだけの余裕がないことなどを説明し、申し訳なさそうに頭を下げる。
彼女は顔を上げると、おずおずと告げる。
「もし、もしお時間があればなんですが……一緒にお食事でもどうですか?」
おお、これは!
女性からそんなお誘いを受けたのは初めてのことだ。ぜひとも、と答えたいところだが――。俺は奥歯を噛み締め、緩みそうになる表情を引き締めた。
「すみません。お誘いはとても嬉しいのですが、俺にはまだやることがあります。ですから、今はまだ受けられません」
PvPまでの時間は残り少ない。その間にできることをやらなければならないだろう。
アリエルさんは少しだけ、悲しそうな表情になった。けれど、すぐににっこりと微笑んだ。
「はい、わかりました」
「……俺は行きますね。またお会いしたときは、声をかけてくださると嬉しいです」
「もちろんです」
彼女がNPCだとすれば、今後、話す機会はないだろう。どころか、すっかり忘れ去らされているかもしれない。
VRMMOが現実に近づきすぎたせいで覚えずにはいられない一抹の寂しさを抱えながら、俺は彼女に背を向ける。
「あの、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「水無月恭弥です。では、またお会いしましょう、アリエルさん」
俺は答えるなり、歩き出す。
さあ、早速冒険を始めよう。俺一人の、誰にも負けない冒険を。




