第70話 お家デート
時は来た。
本日はナユタとのお家デートだ。
1日お家デートだというのにナユタは朝から激務に追われ、僕はその手伝いで手一杯になっていた。せっかく立てたお家デートのプランが根底から覆されかねないナユタの仕事量に脱帽する。毎日が鍛錬と言わざるを得ない家事ハードモード100倍増し増し朝の部を乗り越えて、水城院 ナユタというスーパーウーマンをスーパーウーマン足らしめている環境を垣間見た気がした。
「ぜぇ、はぁ、はぁ、はぁ…げほっ……」
「大丈夫ですか幸守様ぁ〜? ですから、ナユタ1人で大丈夫ですと申しましたのに〜」
「いや、ホント…これはやっぱり、次のデートの時は…非常勤の使用人さんたちにナユタの代わりを務めてもらおうね?…」
「それには及びません。家事も御主人様へのご奉仕も完璧に熟す。それこそが、ナユタの目指すアルティメットハイパーコンバットメイドさんなのです!」
「僕が…前半戦で…死んじゃうから…」
このメイドさん何者なんだよぉ〜。
一説によると宇宙人だとか異世界人だとか言われていた。僕たちの師匠も、幼い日のナユタを見て彼女のことを妖怪扱いしていたくらいである。同じ物理法則が働いている俊敏性とは思えないが、僕はナユタの孤児院時代の努力を知っているからして、これが人間における努力の到達点であると理解している。
そういう意味では彼女は、この歳にして人間という種の潜在能力を全て引き出し人間を極めたスーパーメイドさんなのである。
「ナユタは凄いよ」
「えっへん!」
張った胸の立派さたるや…。
あまり意識しないように日々を過ごして来たけれど、この胸を自由にして構いませんと言われたら、今の僕はどうするのだろう?
ゴクリ…。
いやいやいや、そんな紳士にあるまじきことを僕はしない。僕は水城院家の人間として立派な振る舞いを見せなければならないんだ。メイドさんの胸が凄いからって、今更食い入るようにガン見したりはしないのだ。
ゴクリ…。
気を取り直し、僕はメイド服を来た緑髪のメイドさんをお家デートの舞台へと招き入れることにした。
ようこそ実力至上主義のお部屋へ。
その設定の部屋だとするならば、完全に僕が狩られる側なんですがそれは?
「すぅ〜…はぁ〜…幸守様の部屋の空気は本当に美味しいですね〜! 特にこの二酸化炭素には中毒性があります!」
「二酸化炭素に中毒性とは?」
「幸守様の吐いた息を吸って生きることがナユタの喜び。理想のメイド生活! ここには、良質な幸守様の残した二酸化炭素が満ちあふれているということなのです!」
なるほど。
「ごめん。ちょっとよくわからない…」
二酸化炭素の蓄積が激しいなら、後で窓を開けて空気の入れ替えをしておこうと思う。
「そうですかぁ〜? では教えましょう! 幸守様幸守様、こちらに来てください!」
普段ならば、だが断るところだけれども。本日は仮にもデート。お家でもデートである。少し怖いけれど、要望にはなるべく応えてあげるべきだろうと思う。
「変なことしないよね?…」
「もちろんですとも!」
僕は疑いの眼差しを向ける。何故ってこの子の常識は物凄い角度でねじ曲がっているからして、変なことと普通のことの区別がついていないどころか常識が、現世と冥界くらい逆転しているまであるからだ。
だがしかし、今日はナユタとのお家デート。傍に近付くことを恐れていたら、お話にならないのである。よし、デートするぞ!
デートと書いて冒険と読む今日この頃。
僕がナユタに言われるがまま彼女の近くまで歩いて行くと、ピョンっと両足跳びで残りの間合いを即座に詰めてから、ナユタが僕の目の前に甘い吐息を吐いて見せる。
「はぁぁ〜…」
「……………すっ……」
「どうですか幸守様ぁ〜!?」
どうと言われても、美少女メイドのナユタさんの吐息が僕にかかり、僕がほんのちょっぴりだけナユタの吐息を吸い込んだだけで、これと言って特に二酸化炭素を感じることは無かったと思うのだけれど、何だか意識している女の子であるナユタの香りを肺に取り込んだみたいでやけに照れくさい。
ななな、なるほど??
何かわからなくもない自分が嫌だ!
「おわかりですかぁ〜!?」
「いや、えっと、その…」
「おかわりですかぁ〜!?」
「いや、いい、いい…わかった…わかりたくなかったけど何かわかった! 何かわかってしまった僕をどうか許してほしい!」
好きな異性の部屋に行って深呼吸してしまう人間の気持ちが何かわかった今日この頃だったが、何となく変態っぽい気がするのでナユタ以外には知られたくはない目覚めだ。
「ところで幸守様、唯香様とのデートでベロチューは何百回程したのでしょうかぁ〜?」
「んなっ! そんな100もしてないよ!?」
しまった〜。口が滑った。馬鹿なのか?
「ふむふむ、99回ですかぁ〜…」
「何で最大値取ろうとするの!?」
「何故だと思いますか幸守様ぁ〜?」
「ぼ、僕といっぱいキスしたいから?…」
ナユタが瞳を輝かせる。
自分で言ってて恥ずかしくなるんだけど!?
ベロチューってあれか。ベロチューか?
何回って、何回だ。何回くらい唯香の舌が僕の中に入って来ていただろうか? むしろ、カウント的な意味では1回と言っても、決して嘘じゃないんじゃないか? うん。互いに盛り上がって来て最後にそんな感じになってしまったのは数十秒だけだった気がするな!
よし、1回ってことにしておこう。
「ベロチュー何分間ですかぁ〜!?」
「僕とのトークは詰将棋じゃないんだよ?」
メイドさんが僕に迫る。
「あっ、いや、その、何分なんて単位じゃなかったかなって〜…」
「24時間!?」
「つまり何!? 僕と唯香はその日が始まってから終わるまでずっとベロチューしながらデートしてたって言いたいの!? そんなギネス見たことも聞いたことも無いよ!?」
「12時間くらいですか〜?」
何か残念そう! それでもギネス!!
「秒です!」
「59.9999999999999…」
「限界まで引き延ばそうとしないでね!?」
何となく9連打が始まるとは思ったけど案の定始まっちゃったよね!?
「むぅ〜……」
「な、ナユタは僕と…その…キ……」
「はい! エッチがしたいです!」
「何で階段を飛ばしちゃうの!?」
グーで勝ってグリコの3歩で、やっ、ほっほ〜、やっは〜の3段ハイジャンプで最後まで上がり切っちゃった配管工だよそれ!?
「エッチをしながらベロチューをするのが最も時間効率が良いのではないかと思いまして! 効率厨の幸守様好みですよね!?」
僕って効率厨だったの? 確かに、効率的なことは好きだけれど、ベロチューとエッ…なことは効率的にやるものではないと思う。それこそ時間をかけてじっくりとお互いの…。
ななな、何を考えているんだ僕は!?
不純異性交遊は校則で禁止されてるから!
「ちょっと待ってナユタ、不純異性交遊は無しの方向でお願いします…」
「ほう。唯香様とはベロチューできてナユタとはできないと? ほう。デートしてくれと頼んで来た割に、幸守様のナユタへの愛情はその程度と? ほうほう〜……」
「だっぬ、ぐ、なっ…ぬぐっ、に………」
ええい! 気持ちは伝えると決めて来たのだからできることはできると言ってやる!
「僕はナユタとだって余裕でベロチューできるよ! だって僕は、ナユタのことも好きだからね!! ああ、大好きだね!!」
いっよし! 冒険のぉ〜始まりだぁ〜!??
そして、ラスボスのメイドさんが動き出す。
ひぃいい〜。僕まだ恋愛の経験値が不足していてレベルがとっても初心者だから、お手柔らかに対戦よろしくお願いします!
「………………………………」
メイドさんのオーバーキル攻撃が来ない。レベル差マッチの即死攻撃を覚悟していたところだが?
「……あ、あれ?…ナユタ?……」
メイドさんは涙ぐんでいる。
だいぶ効いているぞ!?
「本当ですか?…幸守様……」
メイドさん今にも泣き出しそうだ。
「……それは…も、もちろん…」
メイドの目にも涙だ。
「ナユダは幸守様に嫌われていたわけじゃなかったんでずね〜!? 良かった…良かっだでずぅ〜!!…本当はずっと不安で、それでもナユタは…愛情表現をこれしか知らなくて…えぐっ…グスン……そっかぁ〜……えへへ〜…大好き……だいすき………」
トクン。トクン。と高鳴る心臓を押さえているのだろうか。ナユタが胸に手を当てて、僕からの告白を大事に受け止めてくれる。
か、かわいいんですが…それは…。
何で僕がナユタをベッドに押し倒して滅茶苦茶にしてやりたくなっているのかな!?
「…あっ! 2股です!!?」
「ギクッ…鋭い指摘!? ごめんて!?」
涙目のナユタに痛いところを突かれるが、突かれないはずない致命的な部分なのでこれは致し方無い。でも、自分の気持ちに嘘はつきたくなかったから、軽蔑されようとも伝えなきゃならないと思ったんだ。
「構いませんよ!」
「良いんだ!? 怒らないんだ!?」
「ダメって言って…幸守様に嫌われて、ナユタだけ捨てられるのが……怖いです…」
「………かわいいかよ…」
「大好きって言ってもらえたのに、それが消えてしまうことが、とても恐ろしいです…」
この気持ちが、消えるわけないのに…。
「捨てるとか捨てないとか、消えるとか消えないとか…無いでしょ?…僕とナユタはずっと家族だから…そう、約束したでしょ?…僕が必ず、ナユタのことを守るからって…忘れてないよ……」
「幸守様…」
「い、今じゃ立場が逆転しちゃって情けない限りだけどね!? 本当にいつもいつも、僕ばかりナユタに苦労をかけてごめんね!?」
「いいえ幸守様! ナユタは苦労なんかしていません! だって、幸守様はずっと、ナユタの傍に居てくれました! ナユタの望みは…幸守様と共に在りたい…それだけなんですから……」
「あ、愛の告白みたいだ…」
「はい! それから、幸守様とたくさんエッチなことをして〜」
「それだけじゃなかったね!?」
「たくさんエッチなことをして〜」
「いやいや、ダメだよ。不純異性交遊は校則で禁止されているんだよ?」
「たくさんエッチ! たくさんエッチ!!」
「ダメぇえ〜! メイド服をはだけようとしないで〜!? はだけながら僕に近付いて来るのは本当にダメぇえ〜!? 何故って今の僕ちょっと理性が壊れそうだからぁ〜!!」
「幸守様ぁあ〜!!」
「いつものナユタになっちゃったぁ〜!?」
僕は肉食系美少女のナユタさんに飛びかかられてカーペットの上に押し倒される草食動物である。仰向けに倒れた僕の上には、美味しそうなお肉だなと、色っぽい吐息を零して待て状態になっているラスボスの姿。
「な、ナユタ…ステイ……すてぇ〜い…」
「こふぅ〜…こふぅ〜…こふぅ〜…」
さっきまで可愛かったじゃん!!?
抵抗も虚しく、僕はここで大人の階段をグリコの3歩で上がり切ってしまうのか。不純異性交遊に手を染めてしまった僕はもう、水城院家の優等生には戻れない。ようこそ薄汚れた大人の世界へ!!
「はっ!? ナユタは何を!?…」
「おっ…まだ理性が残って……」
「先ずは落ち着いて服を脱がなくては…」
「嗚呼、もう残ってね〜や!!」
にゃあ〜!! にゃああ〜! にゃああ〜!!
「これが、お家デート!!」
「そーなの!??」
そうかもしれない。少なくとも、なっちゃんさんが言うには、盛り上がって来たところでセックスでしょ。らしいから、これは本当にそうなのかもしれない。何とか盛り下げる行動を起こさなくては、本当にこのままパックンチョと逝かれてしまう。
「な、ナユタさん!? 僕のリサーチによるとですね。お家デートとはエッチなことをするのではなくて、それは本当にもう何もやることが無くなった場合の最後の砦。だからこんな序盤で即終わりなんて負け確定イベントは発生してはならないのですよ??」
「……ナユタ負け確定イベント…」
何か効いてる!?
「確かに、先ずは唯香様に完封勝利した上でなければいけません!…ぺろり…」
「そうそうそう、そ…そう??…」
つ、つまり何?
つまり何その舌舐めずり!?
「幸守様…ナユタのこと、大好きって言いましたよね? なら、ナユタともキスできて当たり前ですよね? 今ならまだ、家族としてと言い張れますよ……」
「家族として!………」
「………………………」
僕は家族としてナユタのことが!!
いや、嘘は吐けない。吐かない!
「でも、女の子としても好きだよ!」
「………どうして…どうしてそこでナユタを止めようとしないんですかぁ〜…本当にナユタは、止まれなく、なっちゃいますよ?」
ナユタの唇が徐々に近付いて来る。
このまま目を瞑れば、僕はきっとナユタに。
いいや。それでは意味が無い。
これは、僕の始めたお家デートだろ!?
ナユタの後頭部に手を回し、上半身を起こしながら僕は彼女の唇を自ら奪いに行く。
「んむっ!?…」
「……………ちゅぱっ…」
ナユタが怯んだ隙に、僕は彼女の身体を押し倒して強引に位置を入れ替える。馬乗りになって見下ろしたナユタの顔はポカンとしていて、涙ぐんだまま僕の瞳を見上げていた。
まるで、普通の女の子のようだ。
「……幸守様と…キス………………」
柔らかい唇。もう1度味わいたい。
「ナユタ…目を瞑って……ほら…」
言われるがままに目を閉じるナユタの唇は震えていた。僕は彼女に身体を被せ、その唇に先程よりも長い口付けをする。好きだという気持ちを僕なりに乗せたつもりだ。これで伝わるかはわからない。伝わるといいな。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」
あれだけ過酷な労働でも息ひとつ切らさなかったナユタが過呼吸になっている。
僕とキスした事実を認識し、徐々に顔を耳まで赤くして、瞳を潤ませたまま、もじもじと可愛らしく身を捩るが、いつもの馬鹿力を発揮できずにいるようで上に重なる僕を退けることすらできない様子だ。
ひょっとして、ナユタさん?
攻撃力天元突破なのに防御力皆無?




