最終話 私の隣には
カルス帝国学院では晴れ渡った空の下で卒業の日を迎えていた。
セレスティナとアルウィンがレーデンの学院を去ってから、一年と数ヶ月が過ぎていた。
校舎の前には卒業式を終えたばかりの多くの生徒たちが、学友との別れの言葉を交わしているところで、卒業式の後には毎年見られる景色だった。
渡されたばかりの卒業証書をそれぞれ胸に抱きながら、数人の令嬢たちが学生としての別れを惜しんでいる。
若く美しい令嬢たちが集まるだけで、学びを目的とした学院の中だというのにその場が華やかになる。女生徒たちの中にはセレスティナの姿もあり、銀髪に紫色の瞳を持つ彼女の色と美しさは際立っていた。
セレスティナが学院へ通い始めたのは二年生の冬の始めからであったが、その夏に社交をしていたお陰で、淑女科の同じクラスには顔見知りの令嬢が何人もいて、レーデンの学院に通っていた頃とは違い、スムーズにクラスの中に溶け込む事ができた。
そして三年生になるとクラス委員に選ばれた縁で、他のクラスの令嬢とも話す機会も増え、短い期間ではあったがセレスティナは学ぶ事にも交流を深める事にも充実した学生生活を送る事が出来た。
帝国に戻ってからのセレスティナはレーデンでの事を思い出す事はほとんどなかった。王国を出る時にレーデンでの思い出は全てあの国に置いてきた。
それに学業や新しい環境に慣れるために忙しく過ごしていたので、振り返る余裕なんてなかった。
学院での生活に慣れた頃には、小規模ながらも自分でお茶会を主催して令嬢同士の交流も深めていったし、クロイツ領の事も以前より気に掛けるようになった。休日にはアルウィンと、クロイツ領の未来を話し合う事にも忙しかった。
かつて必死になって覚えたレーデン語も、使う事はもうないだろう。
「セレスティナ様、あちらに……」
そう話す令嬢の視線の先には、ダークブロンドの髪色をした礼装姿の、背の高い青年が立っていた。少し離れた場所からこちらを伺うようにしているのは、セレスティナにとって一番愛おしく思っているアルウィンだった。
卒業式が恙無く終わり、多くの生徒たちが校舎の外で家族や婚約者との待ち合わせをいたのだが、銀髪は目立つのか、それとも彼がセレスティナを探し出すのが上手いのか、早いうちからアルウィンはセレスティナの姿を見つけていた。
「まあ、もう見つかってしまったのね。それでは皆さま、ごきげんよう。また当家でのお茶会にぜひいらしてください」
クラスメイトたちと微笑み合いながらセレスティナはアルウィンの元へ向かう。背後の令嬢たちからは、羨ましいわ、お似合いですこと、といった声が聞こえる。
セレスティナと目が会ったアルウィンがセレスティナに向かって柔らかく微笑むので、セレスティナも紫色の相貌を細めながら、アルウィンに微笑みを返す。
「義父上たちは御令孫のためにいらっしゃった外務大臣閣下と話し込まれていらっしゃるから、俺たちは先に帰ろう。……改めて、首席での卒業おめでとう、ティナ」
「淑女科の首席で卒業が出来たのはあなたのお陰よ。ありがとう、アル」
学院に通うようになり、セレスティナが目指したのはアルウィンと同じ首席での卒業だった。家では家庭教師をつけた上で、マナー等の実技は母に、学科はアルウィンにも見てもらいながら学生生活を送っていた。
「淑女科の代表としてスピーチをするティナを見て、俺もすごく誇らしかったよ。自分の卒業式の時よりもずっと嬉しかったなあ。ティナの頑張った結果だね」
エスコートのために手を差し出したアルウィンは、嬉しそうにそう言った。
卒業式に参列が出来るのは卒業生とその家族だけで、婚約者は参加ができない。しかしセレスティナとアルウィンは半年ほど前に結婚をして夫婦となっていたので、アルウィンは夫として卒業式に参列をしていた。
「学年をスキップはできなかったけれど、あなたと同じ主席で卒業をする事が目標だったから」
「ティナは俺みたいに急ぐ必要はないんだよ。あの頃の俺は早く大人になってクロイツ領のために働きたいと思っていたから。学生のうちに友人たちと交流を持つ事は大切だよ。結婚してから、俺はずっとクロイツ領にいて、会えるのは週末だけだったし、ティナの役にはあまり立てなかったから、首席での卒業は全てティナの努力によるものだよ」
「私はあなたがいてくれたから頑張れたの」
セレスティナがアルウィンの瞳を真っ直ぐに見つめると、アルウィンは頬を染めながら恥ずかしそうに目を逸らした。
「うん、……役に立てていたのなら、……良かった」
結婚してすぐに次期領主としてクロイツ領で暮らし始めたアルウィンは、領地の管理といった仕事の他に、生家や騎士団にいた時の経験を活かして、クロイツ家の騎士団の運営を見直して、改善する事に力を注いでいた。そして週末にはセレスティナのいる帝都へ帰るという生活を半年ほど続けていた。
セレスティナとアルウィンは、結婚をした時に大々的な披露宴を行ったのだが、帝都でもクロイツ領でも、屋敷の中でアルウィンの私室はセレスティナの私室とは離されていた。なので夫婦らしい触れ合いも無く、婚約者同士のような感覚でこれまで過ごしていたのだった。
「そうそう、義父上から許可がもらえて、このまま社交シーズンまでは帝都で過ごせる事になったよ」
「まあ、嬉しい! これからは毎日あなたと一緒に過ごせるのね。学院も卒業したから私がクロイツで暮らそうと思っていたのよ」
「うん、やっとだね。これからはずっと一緒だよ。何かしたい事はある?」
「何をしようかしら? ……どうしよう、何をしていいのかが分からないわ」
「だったら、まずは俺たちの部屋の内装を一緒に考えようよ。俺の部屋って今はティナの部屋から離れているし、夫婦用の部屋の改装が始まるのだってこれからだろう? ティナはどんな部屋にしたいのか、希望はある?」
「……そうねえ、壁の色は薄いグリーンはどうかしら? 落ち着く色だと思うの」
「それじゃあカーテンの色はラベンダーにして、生地は銀糸の刺繍が入ったものにしよう。俺はラベンダーの色の方が好きだから」
「ふふふ、楽しみだわ。二人で使う部屋なのだから、家具の事も一緒に考えましょう」
馬車停めへと向かうセレスティナとアルウィンは、仲良く笑い合いながら帰途につく。クロイツ家に婿入りしたアルウィンと、妻であるセレスティナの仲の良さは帝国の社交界に知れ渡っており、周りを歩く卒業生とその家族にとっても見慣れたものとなっていた。
彼女を連れた彼の表情は以前より更に自信に溢れていて、満ち足りている。
かつてはただの幼馴染だった彼は彼女の夫となり、彼女を愛しく想う彼の隣はあたたかく、その場所は彼女のためにいつでも用意をされていた。
望んでも得られなかった彼女を得られた事で、彼の夢は彼女を守る事とクロイツ領を発展させる事に変わっていった。
彼女もそんな彼を支えるため、寄り添うように彼の隣にいつもいるのだった。




