21話 お互いの隣にいるのは①
「まあ! セレスさんったら男性とデートをしてるの? 大人しそうな顔をしていて大胆な人なのねえ。私たちはね、さっきまで一緒にお買い物をしていたの。ほら、生徒会主催のパーティーに一緒に行くから衣装を合わせようかと思って、ふふふ」
ニーナは笑いながらヒューゴの腕に身を寄せる。ヒューゴの手にはいくつもの紙袋があって、ニーナの話が本当なのだと分かった。
昨年のパーティーの時にはセレスもヒューゴのエスコートを受けたが、その時は衣装を合わせようなんて話はなかったし、そもそもセレスはヒューゴと買い物に出掛けた事がなかった。
あの日ヒューゴと一緒に観ようとしていた歌劇は、ヒューゴとカフェ以外の場所に初めて出掛けた思い出になるはずだった。
ヒューゴと月に一度の交流をする日はカフェでお茶をする事もあるが、毎回カフェで待ち合わせをしてカフェで別れていた。一度セレスが買い物に誘った時だって、そういうのは好きじゃないと言って断ってきたのに、彼の持つ紙袋を見る限り彼らが出掛けた店は一軒だけではなさそうだ。
「どういう事なのか説明しろよ、お前は俺の婚約者候補なのにどうして別の男と一緒にいるんだよ?」
責める口調のヒューゴに、セレスはどう答えようか考えていた。ヒューゴとは違ってアルウィンなら上手く話を合わせてくれそうだから心配はしていないが、嘘が多いと綻びが生まれてしまう。
その時アルウィンが顔を上げた。彼の顔色は良くないままだったが、いつの間に取り出していたのか、口元にはセレスが刺繍をしたハンカチを当てている。吐き気でもあるのかと心配になったが、アルウィンの瞳は落ち着いていた。そして先ほどまで情けない声を上げていたのが信じられないくらいに、厳しい視線をヒューゴとニーナに投げかけていた。
アルウィンは口元からハンカチを外し、ポケットに仕舞ってから立ち上がる。彼の方がヒューゴよりも背が高い。
「やだっ、この人かっこいい」
アルウィンの顔を見たニーナが上ずった声を上げる。
「……すぐそこの通りで気分が悪くなっていたところを、彼女が介抱してここまで連れて来てくれていたのです。ここでしばらく休んだから大分調子が戻りましたが、人助けをした彼女を責めないでくれますか。このような事にいちいち目くじらを立てていては小さな男だと思われますよ」
全てを話してはいないが、レーデン語で話すアルウィンの言葉に嘘はない。
「これは俺とセレスの問題だ、留学生のあんたには関係ないだろう」
「いいえ、ここでこうしている以上は俺も関わってしまいました。親切にしてくれた女性が婚約者から責められるのを黙って見ている訳にはいきませんから。ああ、まだ婚約者ではありませんでしたね。だから彼女ではない女性を連れていらっしゃるのか」
棘のある言葉にヒューゴの表情が変わる。明らかに気分を悪くしたのが分かった。嫡男でなくても彼は辺境伯家の令息なのだ。貴族同士の軽い嫌味くらいは聞き流せるくらいでないといけない。
「俺を馬鹿にしているのか?」
「そうではありません。あなたも女性をお連れしているのに、こちらばかりが責められるのはおかしいと言っているのです。どうして一緒にいるのかは置いておいても、この状況はお互い様でしょう?」
「俺たちは幼馴染だから、やましい関係ではない」
「幼馴染……、ですか。こちらもただのクラスメイトなので、ミュラー嬢の方にも非はありませんね」
アルウィンは微笑みを浮かべながらヒューゴを正面から見る、同じ微笑みでもセレスに向けられるものとは違い、目は笑っておらず冷ややかだった。それがこの場の空気を緊張したものにしている。
「ねえヒューゴ、この人、あの歌劇に出てきた役者にすごく似てるわっ!」
周りの状況を考えないニーナは、自分の頭の中で閃いた事を突然口に出す。
アルウィンの緑色の瞳がスッと細くなる。ニーナの指摘に気分を悪くしたのか、それとも歌劇のチケットを持っていたはずのセレスが観劇出来なかった理由に気が付いてしまったのか。
ヒューゴはしばらくアルウィンを睨みつけていたが、全く動じないアルウィンに小さく舌打ちをした。
「……帰るぞ、ニーナ」
ヒューゴは背を向けると出口の方へ行ってしまい、ニーナも後を追う。
「えっ、あの人を紹介してよっ!」
二人が店内から出て行くのを見届けてから緊張を解いたアルウィンは再び椅子に座り、すっかり冷めてしまったお茶を口に含む。今のやりとりがきっかけになったのか、髪は乱れたままだったが、アルウィン自身は落ち着きを取り戻していた。




