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【最終回】〜57歳のマニフェスト〜

挿絵(By みてみん)

【最終回】 〜57歳のマニフェスト〜

 2026年、春。愛知県某市の市民会館。

 かつての2年B組の面々が集まる同窓会会場は、加齢臭と高級香水の匂いが混ざり合う、大人の熱気に包まれていた。

 会場の隅で、工務店親方のちくが、慣れないスーツの首元を緩めていた。

「……ったく、インパクトドライバー握ってる方がよっぽど落ち着くわ。ここの鴨居、建付けが悪りィな」

 そこへ、背後から猛烈な勢いで声が飛んできた。

「ガハハ! ちく! お前、同窓会にまで見積もりに来たんか! 57歳にもなって現場監督のバイトかよ!」

 大阪で30年喋り倒してきた男、きよぴこだ。派手なチェックのジャケットは、「笑い」へと昇華させていた。

「……きよぴこ。お前、そのスーツ、くいだおれ太郎の忘れ物か? 大阪の空気吸いすぎて頭まで派手になったな」

 二人が再会0秒で悪態をつき合っていると、入り口の空気が一気に凍りついた。

 シルバーのラメを散りばめた「宇宙迷彩服」に身を包んだ男が、無表情で入ってきた。山から下りてきたやおただ。背中には真っ赤に塗られたあの「赤いボール」と、中身がパンパンに詰まった謎のズタ袋。

「……磁場が違うな。愛知の重力は、やはり不安定サクサクだ」

 やおたが呟く。ちくときよぴこは絶句した。

「……やおた。お前、それ正装か?」

「銀河の礼服だ。文句あるか。……それより、これを見ろ」

 やおたがズタ袋を逆さにすると、中から大量の「乾いた土」と「1982年の週刊少年ジャンプ」がドサドサと落ちてきた。

「うわっ! 汚ねえ! なんだこれ!」

「……ツチノコの、寝床の土だ。あの夏の匂いを、お前たちに届けに来た」

 会場中がパニックになりかけたその時、凛とした声が響き渡った。

「あんたたち……57歳にもなって、まだそんな『ゴミ』集めてんの?」

 女王、ケメ子だ。57歳になっても圧倒的なオーラを放つ彼女は、三人の前に立つと、フッと不敵な笑みを浮かべた。

「ケ、ケメ子……お前、全然変わらんな」

「当たり前でしょ。あんたたちがバカやってる間、私は自分を磨き続けてたのよ。顔はやばいかもしれないけど、心までヤバくならないようにね!」

 宴が最高潮に達した時、やおたがステージに上がり、土をマイクスタンドに振りまいた。会場に「あの裏山の土の匂い」が充満する。

「……みんな、思い出せ。私たちは、あの夏、確かに何かを見つけようとしていた。おむつマンも、ツチノコも、……。

 ちくが堪らずステージに飛び上がった。

「そうだ! 俺たちは今、家を作り、笑いを作り、山を守り、自分を磨いてる! 世間がなんと言おうと、俺たちはあの頃から一歩も引いてねえんだ!」

 きよぴこがマイクを奪い、会場の同級生たちを見渡した。

「ええか! 57歳! 膝も腰もガタついとるかもしれん! でも、魂までサビつかせてたまるか! 誰に何と言われようと、俺たちが歩いてきた道が、俺たちの正解なんや!」

 ケメ子が最後にマイクを握り、涙を浮かべて叫んだ。

「……不器用で、バカで、最高に愛おしいあんたたち! 44年経って、やっとわかったわ。居場所は、どこかにあるものじゃない。あんたたちがいるここが、私の居場所なのよ!」

 会場全員が、ビールグラスを、あるいは拳を、一斉に振り上げた。

「「「「サクサク!!」」」」

 その瞬間、会館の窓の外に、大きな流星が流れた。

 やおたが空を指差し、静かに微笑む。

「……来たな。ツチノコ号の迎えだ」

「バカ言え! 行かせるかよ!」

 ちくがやおたを羽交い締めにし、きよぴこがツッコミを入れ、ケメ子がそれを笑いながら動画に撮る。

 1982年から、44年。

 彼らは、少しだけシワの増えた顔で、あの頃よりもずっと大きな声で笑い合っていた。

 愛知の夜空には、57歳の若者たちの咆哮が、いつまでも響き渡っていた。


同窓会の熱気が冷めやらぬまま、4人は夜の河原へと足を向けていた。

 ちく、きよぴこ、やおた、ケメ子。57歳になった彼らの影が、月明かりに長く伸びる。

 ふと、きよぴこが足を止め、隣を歩くやおたに低い声で尋ねた。

「……おい、やおた。お前、ずっと持っとるんか。あの時、お前の弟の千春が命がけで封印した……あの『玉』を」

 やおたは無言で頷き、宇宙迷彩服の深い懐から、鈍く黒光りする物体を取り出した。

 かつて弟の千春が妖怪を封じ込め、決して開けてはならないと念を押し、やおたに託した「妖怪玉」だ。

「……私の魂と同期している。これがある限り、私は『あちら側』と繋がっていられるんだ」

 やおたが慈しむように玉を撫でた、その時だった。

 57歳の指先が、一瞬の油断で震えた。

 「妖怪玉」は放物線を描き、闇に沈む河原の下方へと転がり落ちていく。

「「「「あッ!!」」」」

 4人の顔から血の気が引いた。あの玉が衝撃を受ければ、中にある「何か」が解き放たれてしまう。ヒヤリとした、この世のものとは思えない嫌な予感が、静まり返った河原に満ちた。

 カツン、と玉が石に当たった音が響く。

 すると、河原の下の方、深い闇の中から、場違いなほど親しげな、けれど心臓を鷲掴みにされるような「あの声」が聞こえてきた。

「……おう、きよぴこ! 久しぶりだな!」

 4人はその場に凍りついた。

 聞こえてくるのは、かつて自分たちを翻弄した、あの世の住人の声。

 いつもなら、この異変を感じ取って、すぐさま駆けつけて封印を直してくれた弟の千春がいた。

 だが、今は違う。

「……おい、みんな。聞こえたか? 今はあいつ……千春がおらんぞ。……おい、どうする? 俺ら、千春がおらんのに、これ、どうするんや!?」

 きよぴこの震える声が、夜の静寂に虚しく響く。

 河原の闇の奥から、封印を解かれた「何か」が、黄色い光を放ちながらゆっくりとこちらへ這い上がってくる音がした。

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