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君のいる未来のために  作者: 伝説のぴよ
第二章 やさしさのかたち

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祈りのはじまり

 今日もいつも通り掃除をしようと店の外に出ると、静かに震えるような音楽によって一気に世界が塗り変わった。


 驚いて辺りを見回すと、朝日の光を跳ね返す白い百合があちこちに咲いていた。

 白い百合は通りに並ぶ店の前やドアに飾られ、通りを歩く人達も一輪、手に持っている。


 風と音が優しく吹き抜ける。

 それに寄り添うように白い百合が柔らかく揺れた。

 視界を遮る栗色の髪を押さえる。


(なんだろう?)


 何か、あるのだろうか。

 風に促されるように隣のユイリの花屋を見ると、また一人、白い百合を購入しているスーツを着た男性の姿があった。

 張りのある白い百合を揺らして歩く男性とすれ違い、百合を整えてるユイリに挨拶をする。


「おはようございます。ユイリさん」

「あら、おはよう。ティアさん」


 ユイリは柔らかく一つにまとめてあるお団子を揺らしてにこっと笑う。

 その優しい笑顔は柔らかい桃色のエプロンに似合っている。

 そんなユイリに頷きながら気になっていることを聞く。


「ユイリさん。白い百合がたくさん飾ってありますけど、何かあるんですか?」


 そう言いながらユイリの店の前を見ると、いつもは色とりどりの花が並べられているのに今日は全てが白い百合になっていた。


「ええ、今日から献花が始まるのよ」

「献花?」

「ええ、見て」


 そう言って、ユイリは噴水公園の方に視線を送る。

 噴水公園を見ると、大きな籠に白い百合が大きな花束のように入れられているのが見えた。


「今日から慰霊祭の日まで毎日、ああやって街の至る所に籠が設置されるの」

「なるほど……」


 また一人、女性が大きな籠に白い百合を供え祈っている。

 子供達もばたばたと集まってきて、そっと白い百合を供えた。

 とても尊いものを見ているのに、なぜかきゅっと、優しく心臓を掴まれているような感じがする。


「夕方になる前に献花を回収して、夜に北側にある高台で焚くの。毎日、祈りを込めてね。想いが届くように」

「そうなんですね……」


 話していると白い百合を買いにまた通勤途中の男性が来店した。


「ええ。ごめんね、少し待ってて」


 ユイリは接客のためそちらに向かう。

 たくさんの百合の中から大ぶりの百合を選び購入すると、男性は噴水公園の方に歩き出した。

 その後ろ姿をじっと見つめる。


「お待たせ。よかったらティアさんも」


 はっとしてユイリを見ると、一輪の白い百合を差し出していた。


「え、いいんですか?」

「ええ。構わないわ」

「ありがとうございます」


 ユイリから丁寧に百合を受け取る。

 ふわりと百合の香りが鼻を掠めた。


「あの、ユイリさん。私もユイリさんに渡したい物が」


 そう言って、昨日駅で買ったお土産をポケットから取り出してユイリに渡す。


「あら、ありがとう。汽車に乗ったの?」


 ユイリは白い紙袋に印刷された地脈式汽車を見てそう言った。


「汽車にはまだ乗れてないです。でも、次は乗れたらいいなって考えてます」

「そう。楽しみね」


 にこにこと頷くユイリ。


「はい。たまたま出発するところを見たんですけど、それがすごく素敵で」

「わかるわ。私も初めて見た時感動したもの。乗ってみるとまた違った体験ができてきっと楽しいわよ」


 そう話しているとまた新たに来客があった。


「あ、ティアさん、ごめんなさい」

「いいえ! お話ありがとうございました。お仕事がんばってください!」


 仕事の邪魔はできない。

 こくこくと頷く。


「またお話しましょ。またお茶でも」

「はい、ぜひ。楽しみにしてますね」

「ありがとう。じゃあ、またね」

「はい、また」 


 ぺこりとユイリに挨拶して、私は店に戻る。

 白い百合をそっとカウンターに置いて、いつものように掃除を始める。

 耳に入ってくる静かな音楽が心に沁みる。


 ちらりと噴水公園に目をやると、また一人花を供えていた。

 もうかなり籠はいっぱいになっている。

 風に乗って聞こえるこの静かに何かを伝えてくるような音楽も、慰霊祭に向けて行われてるものなのだろうか。


 昨日までと全然違う街の雰囲気に、胸がじわじわ跳ね出している。

 置いて行かれたような、世界から浮いてしまっているような、そんな気がしてしまう。

 自分の吐く息が震えた気がした。


「ティアお姉ちゃん、おはよ!」


 後ろからエミルに声をかけられてびくりとする。

 どくどくと、胸が鳴る。


「ん……? 大丈夫?」


 固まったまま動けない私をエミルは回り込んでそっとのぞきこむ。

 琥珀色の髪を揺らして、同じ色の瞳でじっと見上げてくる。

 エミルは、いつものエミルだ。

 思わずほっと、息をつく。

 不思議そうにこちらを見てくるエミルに小さく笑って答える。


「…………うん、大丈夫。ありがとう」

「……そう?」


 それならいいんだけど、と小さく呟きながらじっとエミルは私を観察してくる。

 エミルに向かって頷いた。


「うん、もう大丈夫だよ。ありがとう」


 しばらくじっと私の様子を見て、エミルはわかったと頷いた。


「無理しないようにね?」

「うん、ありがとう」

「じゃあ、ティアお姉ちゃん。本題なんだけど」

「ん?」


 首を傾げる。


「今日はティアお姉ちゃんは仕事だよね?」

「うん、そうだね」


 今掃除してるし。

 そう思いながら手に持ってる箒を見つめる。


「今日、学校昼までなんだ。ティアお姉ちゃんが大丈夫なら、昼休みに一緒に屋台回らない?」

「屋台?」

「うん。今日から慰霊祭まであちこちで屋台が並ぶんだよね。噴水公園でも出るから一緒に行こう」

「なるほど」


 こういう形でも街は動いてるのか。

 どんなふうに、街は変化しているんだろうか。

 視界の端で白い百合が揺れる。

 私はエミルに笑って頷いた。


「昼休みの間なら大丈夫だよ」


 エミルはぱぁっと顔いっぱいに笑った。


「よかった! じゃあまたお昼頃に来るね」


 エミルの笑顔に思わず笑みを深める。


「うん、待ってるね」

「うん、じゃあいってくる!」

「あ、ちょっと待って」


 ポケットに入れていたお土産をエミルの手にそっと乗せる。


「お土産。エミルの言ってた事わかったよ。地脈式汽車、めちゃくちゃかっこよかった」

「え、いいの?」

「もちろん」


 エミルはぱっと花を咲かせるように笑った。


「ありがとう! いってきます!」


 楽しそうに駆けていくエミルの後ろ姿に、また笑みを深めた。







 ジョイに一言かけて、お昼休みにエミルと一緒に噴水公園にやってきた。

 まず最初にエミルと一緒に籠に白い百合を供え、祈る。

 ゆっくりと瞼を開けて、朝、どきどきしていた胸を押さえる。


(……もう大丈夫そう)


 よかった。

 小さく微笑む。


 顔を上げて周りを見回すと、昨日までなかった屋台が公園の隙間を埋めるように点々と並んでいた。

 噴水公園のあちこちではいくつもの楽隊がいて、それぞれの想いを音に乗せ演奏している。

 噴水公園に並ぶ店先や、ベンチも噴水も白を基調とした装飾で彩られ、静かだけど華やかになっている。


 噴水に沿うように置かれている籠の全てが大きな白い花束になり、すでに回収作業が始まっているようだった。

 私とエミルが離れた籠も、すぐに濃紺の作業着に白い腕章をつけた二人の男性がやってきて交換し始めた。

 すぐに二人のところに同じ服の男性が現れて、運搬経路について指示をしているようだった。


「あと、保全課が北側から離れられないらしい。異変があったらすぐに連絡してくれ。怪我だけはしないように」

「了解。班長も気をつけて」

「ありがとう。じゃああとは頼む」


 そう言って指示を出した人は颯爽と次の籠に進んで行く。

 籠を持っていた二人もあっという間に消えてしまった。


「──────すごいね」


 思わず、そう言ってしまっていた。

 いつも人通りが少ないわけじゃないのに。

 昨日までとがらりと姿を変えてしまった。


「この時期は観光客も増えるから、それもあるかも」

「なるほど」


 エミルに向かって頷く。

 そういえば駅で見た家族も観光しにきたみたいだった。


「とりあえず歩いて見てみよっか」


 時間もあんまりないしね、そう言うエミルについて私も歩き出す。

 すぐ近くの屋台はクレープを売っているみたいで、甘い香りが香ってきた。

 思わず顔を向けるとたっぷりの生クリームに色んなフルーツが盛り付けられている。

 色んな花をモチーフにしているのか、どのクレープにも出来上がりは花のような華やかさがあった。


「おいしそう……すごい……」


 じっとクレープを見つめていると、エミルが笑った。


「ふふ。ティアお姉ちゃん、隣は飲み物売ってるみたいだよ」

「え、ほんと?」


 ひょこっとのぞいて見ると、ほかほかと温かそうな湯気が出た紙コップを受け取っている女性が見えた。


「紅茶やハーブティーの主に温かい飲み物を売っているみたいだね」


 エミルがそう教えてくれる。


「へぇ」


 私は看板にある生クリームが乗っている飲み物がちょっと気になる。


(おいしいのかな)


 飲み物を買って近くのベンチ向かった人をこっそり見つめてしまう。

 ひと口飲んで、頬を薄っすら桃色に染めて隣の人と笑っている。


「コーヒーだ。ちょっと飲んでみたいなぁ」

「エミル、コーヒーが気になるの? 私、生クリームが乗ってるもの飲んでみたい」

「いいね。じゃあ買おっか」

「うん」


 二人で頷きあって、飲み物を買う。

 座れるところを探しつつ、流れてくる音楽に溶け込んでいくように周りを楽しみながら歩く。

 少し進むと音源と思われる場所の周りに小さな人だかりができていた。

 おそらく慰霊祭のために集まった楽隊が演奏してるのだろう。


「この曲すごくいいね」

「ね」


 エミルと二人で足を止めて、聴き入る。

 静かで心に響くような音楽なのに、どこかわくわくしてしまう、そんな素敵な演奏だ。

 集まっている人達に自然に笑みが浮かんでいる。

 にこにこして音楽に心を寄せながら、さらに奥に向かって歩く。


「毎週末は、楽隊が集められて演奏会が開かれるんだよ」

「へぇ!」

「慰霊祭まではあちこちで催し物で溢れるんだ」

「すごいね」


 いくつか屋台を通り抜けて、ふと掲示板の前でエミルが立ち止まった。


「ティアお姉ちゃん。今週末から博物館で百年記念の催しが始まるらしいよ」


 掲示板には大々的に博物館の大きなポスターが貼られている。

 その横には細かい日程が書かれた物が貼られてある。

 週末に行われる朗読会や小演奏の日程。この街の歴史を辿る特別展示。


「え────百年祭特別展示?」

「毎年博物館で特別展示はやってるけど、今年はもっと大掛かりにやるみたいだね。普段出てこない物もたくさん展示されるのかな」

「…………かな……?」


 それって。

 ぎゅうっと胸に握りしめる。

 頭をよぎった思考に胸が爆発しそうになる。


 いつも展示をしているのなら、大丈夫なはず。

 毎年そうやってきて、今まで何もないんだから、大丈夫なはず。


 どくどくと、うるさい音が頭の中を埋め尽くす。

 震える喉を、気合いでなんとか動かした。

 胸を握りしめている手が、がくがくと震えてしまう。


「────エミルは、行った事ある?」

「うん、あるよ。百年前の遺物が展示されてたよ。その時の街の状態や歴史とか、説明されてたような?」


 小さかったからあんまり覚えてないけど、とエミルは苦笑する。


「────人形は……あった?」

「人形?」


 エミルは首を傾げる。

 そして顔にぎゅっと皺を寄せながら考えている。


「どうだったかなぁ……? 百年前の生活はこうだったって展示があった気がするから、その時に人形があれば展示されてたとは思うけど……僕は覚えてない」

「そうなんだ……」


 吐く息が、目に見えてわかるほど震えている気がした。


「人形に何かあるの?」

「……ううん。私、人形が好きだから、百年前はどうだったのかなって思っただけだよ」

「ティアお姉ちゃん、だから仕事にしてるんだね」


 エミルは納得したように何度も頷いていた。

 エミルになんとか笑顔を向けて、じっと百年祭特別展示の文字を睨みつける。


──────今週末から。


 一度、行かないといけないかもしれない。

 いや、絶対に行くべきだ。


(何もないなら、安心だから)


 自分に言い聞かせるようにそう言う。

 でも私の中に芽生えた不安は、それを否定するように消える事はなかった。


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