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第167話 だーれだっ、ぷに。

「部分竜化──竜拳」



 ウェンディネヴァはそう呟くと、その右腕の外側だけが白い鱗で覆われる。



「さて、私の体内に異物を侵入させるなど……ん? もしかしたら初めてかも知れないな。あぁー、そうか小僧。そうやって貴様はレフィーを手篭めにしたんだったな」



 そして、ニヤリと意地悪い笑みを浮かべるとテュールへと肉薄し、右腕を荒々しく振るう。



「……グッ」



 テュールは振るわれた白鱗の右腕を骸焔で打ち逸らすことに成功する。だが、その腕を斬り落とすつもりで放ったはずの一撃は鱗一枚、傷一つつけられなかった。



「あぁ、ちなみにお前もまがいなりにも部分竜化しているのだから分かるだろう? 鱗は硬いからな?」



「……なら、反対の手を貰うまでです」



 テュールは腕を弾いた後、懐に潜りこむとその左肘の関節部分に刺突を放つ。目標は肘と大きそうに見えるが、実際SSSランク相手にその肘に刀を突き刺すなど至難の業である。だが、それをテュールは──。



「なっ!?」



「あぁ、初撃は無防備で受けたからな。いくら私が最強と言えど無防備で刃物を刺されれば柔肌に傷くらいつく。だが、刺されると分かっている場所に意識を集中させていいなら、このくらいの攻撃では傷一つつかないさ。そうだな、一般人で言うなら……トントン、だーれだ、プニッと頬を指でさされた程度の痛みだ」



 左肘で止まった切っ先。全力での刺突は皮膚一枚で防がれていた。それも白鱗ではなく、人化状態の皮膚にだ。一瞬呆気に取られ、隙きができてしまったテュールに、しかしウェンディネヴァはからかい半分に言葉をかけたのであった。そして──。



「なんだ? 喜ばないのか? 私が痛みを感じると言ったのだぞ? 少なくともSSランク下位の連中からは痛みすら感じることはない。誇れ小僧。お前は無防備な私に傷を入れることができ、戦闘態勢になって尚痛みを感じさせることができる。ククク」



 称賛半分、皮肉半分の言葉を続けたウェンディネヴァ。だがテュールはその言葉に反応することなく、冷静に次の一手へ移る。



「奥義、夜霧鴉(よぎりからす)



 そして、右手に骸焔を握ったまま、左手で魔法陣を描く。



『ハッ!! 見入ってしまってました!! すみません!! えぇと、えぇと!! 脇腹を切り開かれたウェンディネヴァ選手は、その傷を一瞬で治し、テュール選手へ特攻!! その右腕部分のみを竜化し、殴りかかりますがテュール選手なんとかそれを刀で打ち逸しました!! そしてお返しとばかりに左肘への突きを放ちましたが、貫くことは叶いません!! っていうかテュール選手すごすぎます!! 世界最強の身体能力と言われるウェンディネヴァ選手と戦えています!! そして、今度は魔法を使うようです!! その左手に幾重もの魔法陣を重ね、発動しま──。真っ暗だぁぁぁぁ!! これでは実況できませんっ!! と、暗闇の中で何かが切り結ぶ音が聞こえます!! ルチア様見えてますか!?」



『見えるわけないさね。この魔法はうちのお気楽吸血鬼謹製の魔法だよ。この闇の中では視覚、聴覚、触覚が狂わされる。どんなに鍛錬していようがこの狂いは生じるさね。もし仮にこの魔法を使われた後、テュールの剣技を捌けるとしたらそれは狂ったまま感覚をアジャストする能力、適応力がズバ抜けているとしか言いようがないね』



 テュールは感覚が狂った空間でウェンディネヴァに対し迷うことなく斬撃を放つ。当然この空間で何日も修行し、感覚を完璧に修正できるテュールにとってはさして難しいことではない。だが──。



「ふむ、こうか。なるほど、それでこう。小僧、中々厄介な魔法を使うな。乙女を暗闇の中で襲うなど紳士の風上にも置けないぞ、クク」



 しかし、この空間が初見であろうウェンディネヴァはその斬撃に自身の右手を合わせた。



「チッ。慣れるの早すぎだろ!! 燃やせ骸焔、煉獄一文字砲!!」



 テュールはわざと足音を大きく鳴らし、距離を空ける。そして切っ先をウェンディネヴァに合わせると声高らかに叫んだ。ウェンディネヴァの耳には足音と叫んだ位置が異なって聞こえており、距離感や方角などの見当がつかないだろう。そして時間さえも。このとき既に黒炎は放れており、次いでその声が、足音が聞こえるはずだ。正に感覚の狂った空間と言える。



「あぁ、描けた描けた。果たして発動するかな? かまくら(アイシクル・ドーム)



「なっ!?」



 そして、その直後に起こったのは巨大な爆発音。あたり一帯の空間を吹き飛ばすほどの大爆発であった。

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