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第160話 イアンのことも忘れないであげて下さい

「ホホ、んで結局この時間まで戦ってたんかの?」



 現在時刻は朝八時。朝食を用意しおえたモヨモトが疲労困憊の二人に話しかける。



「……おう」



「……ん」



 結局、この時間までぶっ通しで修行をしていたテュールとレーベ。二人だけであれば最終調整として、加減のしようもあったように思える。だが──。



「ガハハハ、あぁー、腹減った。メシ」



「フハハハ、やはり朝飯前には弟子をいたぶるに限るな。モヨモト我にもメシだ」



 好意により(・・・・・)、最終調整を手伝ってくれる有志たちが現れたのが誤算であった。リオンとファフニールだ。そして──。



「モヨモト様、朝食を代わっていただきありがとうございます」



「あー、久しぶりのモヨモトのメシだなー。いっただきー」



「あー! アンフィスずるいー。ボクもお腹空いたからもーらい」



「……なんで俺まで。うぅ、そしてお前たちどうしてそんな元気なんだよ」



 遊楽団男子の面々だ。こうして六対二での修行は苛烈さを極めた。



「……はぁ、ったく。そんなんで大丈夫かい。テュール、レーベ、消化の良い軽いもんだけにしときな。こんな朝っぱらからトンカツ揚げるジジィなんてほっとくさね」



「えぇ……、試合の前は必ずトンカツじゃろ……」



 テュールたちの目の前にはトンカツ、トンカツ、トンカツの山だ。それはもう、うず高く積まれている。その隣にはキャベツの山。給食センターサイズの炊飯器と味噌汁の寸胴。



 カグヤやセシリア、女性陣は朝からトンカツという事態に顔がやや引き攣っているが、男性陣は皆、ルチアが何を言っているのか分からないとばかりにトンカツへと箸を伸ばしている。



「え? るひあ、あに?」



「……ん、おいひい」



 よほど腹が減っていたテュールとレーベは、ルチアが喋る前にすでにトンカツを口に放り込んでいた。



「はぁ……。もういいさね。好きなだけ食いな。んで、吐くがいいさね」



 そしてアドバイスを後悔したようにルチアはそう呟くと自分もトンカツを食べるのであった。



 あれほどうず高く積まれていたトンカツ、キャベツ。そして白飯も味噌汁もすべて綺麗になくなったところで朝食が終わる。だが、たかだかトンカツを朝から腹いっぱい食べたくらいで身体が重くなるようなヤワな鍛え方はしていない。テュールとレーベは朝の疲労もすっかりこの時間で回復させ、立ち上がる。



 こうして、十五人とウーミアからなる大所帯のテュールたちは試合会場へと向かう。テュールたちの家から歩いて僅か十分。巨大なコロッセウム状の建物が目に映る。



「ホホ、さてこっちじゃ」



 そしてモヨモトは勝手知ったる様子で関係者以外立ち入り禁止と書かれている扉を開け、進んでいく。途中途中に警備の者がいたが、皆何も言わずに道を譲る。



「ホホ、失礼するぞい」



 その最深部、頑丈そうな扉を軽くノックし、開く。そこには──。



「カグヤおっひさー」



「リリちゃん、久しぶり~」



「お? レーベ。元気か?」



「セシリア、皆さんついこの間ぶりですね」



「フ、レフィー久しいな。それが私の孫か。で、父親はどれだ? ん?」



 五大国の王族がいたのであった。



(まーた、癖が強そうな人たちばかりだなー)



 テュールが五大国から来訪した五人を見て、まず初めに思った感想がこれである。カグヤの父親であるエスペラント国の王はかなり若く見え、兄と言っても違和感がないような者だ。あと、チャラい。飲み屋にいたら絶対に国王と気付かれないであろう。



 リリスの母は美しかった。そう、リリスと違って大きいのだ。何がって? そりゃあ身長やげふんげふん、がだ。ドレスがゴスロリだったらどうしようかとテュールは内心不安に思っていたが、黒を基調とした装飾の少ないタイトなドレスはとても妖艶だ。テュールは喉をゴクリと一つ鳴らし、リリスを見る。



(こいつ将来、こんな美人になるのか?)



 その豊満な胸に飛び込んでうにゃうにゃ言ってる幼女がいつかこんな成長を遂げると思うと、ついつい変な期待を抱いてしまうテュールであった。



 そしてレーベの母、放浪癖のあるバトルジャンキーの夫の代わりに国政を務め、レーベを育て上げたその女性は格好良かった。オレンジの髪をポニーテールにまとめ、白いブラウスを腕まくりしており、七分のタイトなパンツを履いている。そこから覗くしなやかでスタイルの良い四肢は傷どころかシミ一つない。



(だが、強いな……。いや、そんなことを言えば、ここにいる全員か)



 テュールはレフィーの母親を見る。娘をからかって笑っている姿は、どこかの誰かさんがいつもテュールをからかう姿にそっくりであり、血は争えないな、などと思って見ているが、やはり隙きがない。



「フッ、お前だろ?」



 そんなレフィーと同じ赤い髪をしている女性を見ていたら、ふと目が合う。そして、ニヤリと笑うと一言そんなことを言ってくる。当然それはウーミアの父親がお前であろうと聞いているのだ。



「……はい。テュールと申します」



 当然テュールは嘘をつくことなどせず、肯定し、名を告げる。



「ふむ、私はこいつの母親のヴァレリアだ。よろしくな婿殿」



 そしてヴァレリアと名乗るレフィーの母親から返ってきた言葉は、家族との再会を喜んでいた少女たちに動揺を与えるのには十分であった。それを見て、愉快そうに笑うヴァレリア。



「フフ、冗談だ。その話しは後日アルクティク皇国に来た時にでも改めよう」



「あ、はぁ……」



 今のたった一分間のやり取りだけでドッと疲労を感じてしまうテュール。やはりレフィーの母はレフィーの母らしく、今後もからかわれ続けるであろうと悟るとテュールはげんなりするのであった。



「ホホ、再会を喜ぶのはええが、もうすぐ開会式じゃ。積もる話はあとでいくらでもせい。今日が無事に終わったら、の話しじゃがの」



 時計を見ながらそう言って笑うモヨモト。その目には、剣呑さが浮かんでいたのは言うまでもない。

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