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日本昔ばなしBL

男前な鬼の頭領 × 美少年桃太郎

 

 

 船は七夕の昼過ぎに鬼ヶ島沖に到着した。

 船の難破から一夜が経ったが、座礁した大きな商船は沖で傾いているし、波間には瓦礫が漂っている。

 船頭の隣に立つ面盾の小鬼が桃太郎に言った。

 

「座礁した船に、もうひとつ船がぶつかったんです」

「それは大変だ」 

   

 雁木も他の船でいっぱいなので、桃太郎一行はぐるっと回って近くの砂浜で降りた。

 砂浜には壊れた船板が散らばり、乗組員らしき人間たちを鬼が介抱している。 

 怒鳴り声と波音が混じり合う中に、ひときわ大きな声が響いた。

 

「そっちの綱は俺が持つ! お前たちは南側を固めろ!」

 

 桃太郎はその声を聞いた瞬間、足が止まった。

(鬼さん……!!!!)

 日に焼けた浜の上で、金棒の代わりに綱を握り、大きな瓦礫を引き揚げている。額に汗が光り、声は荒いが目は冷静だ。あの節分の夜とも違う、頭領としての顔。

(……かっこいい)

 そう思ったら、桃太郎は急に恥ずかしくなった。

 鬼はこちらに気がついていない。

 邪魔をしないように、岩陰に隠れてしばらくもじもじしながら、引き揚げの様子を眺めた。

 その間に、気を回した猿と面盾の小鬼が船から持ってきた物資を下ろして、荷車に積んだ。

 

「だいぶ落ち着いてきたし、薬持ってきましたって行ってみなよ~。ほら!」

  

 犬が桃太郎の背を鼻先でそっと押した。

 鬼が振り返ったのは、その直後だった。

 桃太郎を捉えた黄金色の瞳が、一瞬、大きく見開かれた。

 

「……桃太郎」

「か、勝手に手伝いに来ましたっ」

 

 桃太郎はできるだけ平静を装って言った。担いでいた大きな背負子をおろして、行李を開けて見せた。

 

「桃太郎印の丸薬と煎じ物です。よく効きます。ぜひ使ってください!それに――」

 

 その時、横から物資を積んだ荷車が押し出された。猿が得意げに鼻の下を指で擦ってこちらを見ている。

 

「いつの間に……」

  

 桃太郎はうるっとしたが、できるだけ凛々しい顔で鬼を見上げた。

 

「包帯や着替え、真水の入った甕もいくつか運んできました」

「そうか」

 

 しばらく桃太郎の顔を見ていたが、鬼はよしと頷いた。

 

「鬼ヶ島の長として感謝する。桃太郎、お前が来たことを知れば難破船の怪我人も励まされるだろう。ぜひ手伝ってくれ」

「はいっ」 

 

 桃太郎のきらきらした嬉しそうな笑顔を見て、鬼の鋭い眼が優しく細められた。

 しかし、それも一瞬。

 すぐに周りの鬼たちに指示を飛ばし始めた。

 

「お前たちは桃太郎が持ってきてくれた甕から真水を分けろ!手分けして天幕に運べ!面盾!お前は……そうだな」

 

 視線を桃太郎のお供たちに流した。

 

「猿殿よ、そこな面盾の小鬼と一緒に包帯と丸薬を救護所に運んでくれまいか」

「モチのロンよォ」

 

 猿の景気のいい返事に、鬼はうむと頷くと今度は犬と雉を見た。


「犬殿は鼻が利くな?まだ瓦礫の陰に倒れている者がいないか、助けを求めている者がいないか、雉殿と共に手分けして浜の南側を見回って欲しいのだ」


 的確な差配に、犬と雉が任せとけとばかりに俊敏に飛び出して行った。

 それから、鬼は隣に立っている桃太郎を見下ろした。

 

「桃太郎。お前の丸薬と煎じ物は、浜の天幕にいる傷の深い者たちに飲ませてやってくれ。人間の体は鬼ほど丈夫ではない。桃太郎が手ずから持ってきたものならば、彼らも安心して飲むだろう。もうすぐ救助船が往復して戻ってくる。それまでの辛抱だと励ましてやってくれ」

「はい。お任せください!」

 

 さっそく襷掛けして天幕へ向かおうとする桃太郎の手を鬼がそっと掴んだ。

 

「桃太郎」

「な、なんです……。前に進めないじゃありませんか……。離してください……」

 

 振り返らないが、耳も首筋も真っ赤だ。力持ちの桃太郎が手を振り払えないわけもない。

 鬼は口元を笑わせ、「あとで」とだけ呟いて手を離した。

 桃太郎は振り返りもせず、まっすぐに天幕に向かって走っていった。


「かわいいのう……」

 

 小さく笑うと、鬼はすぐに表情を引き締めた。

 

「お前たち!綱を緩めるな!夜が来る前に引き揚げるぞ!」

 

 厳しい声で空気を震わせ、鬼は再び綱を握ると、部下たちを率いて座礁船の引き揚げに戻った。

 

  

 

 

 日が傾きはじめた頃、ようやく浜が落ち着いた。

 座礁船を引き揚げ、壊れた船も仮の補修が終わった。怪我人たちが全員救助船に乗るのを見送ってから、鬼たちも引き上げていく。

 桃太郎はしばらく帰っていく救助船に手を振っていたが、船影が見えなくなるとゆっくりと手を下ろした。

 寄せては返す波の音。降りてきた夕闇が水平線の彼方に沈むと、空と海のあわいから少しずつ星々が滲み出した。

(天の川だ)

 桃太郎がその輝きを追うように顔を上向けると、自分をのぞき込む黄金色の瞳と目が合った。

 

「わあぁっ」

「おっと」

 

 後ろに倒れそうになる体を後ろから鬼が支える。上を向いたまま鬼と見つめあって、桃太郎はちょっと怒ったふりをした。


「もうっ、いるならいると言ってくださいよ」

「ははは、悪かった。驚かせたな」

 

 機嫌が良さそうに笑って鬼が手を離すと、今度はなんとなく寂しい。

 桃太郎は鬼と向き合って立った。

 久しぶりに見る鬼は本当に男ぶりがいい。仕事をしている横顔も良かったが、こうして静かにそこにいるだけで、桃太郎の胸は熱くなる。

(あんなに願っていたはずなのに、顔を見るのが恥ずかしい……)

 桃太郎は俯いた。

 鬼の長い手が、桃太郎の頬に優しく触れる。


「……来るとは思わなかった」

「来てしまいました」

「ああ、来てくれて本当に助かった」

 

 鬼は桃太郎の頬を親指でなぞりながら、鬼に食われるのではないかと怯えていた救助者たちが、桃太郎が現れると安心して穏やかになった様子を思い出した。

 

「お前がいてくれたお陰で、あの者たちの不安を拭えた」 

「鬼さんや皆さんが頑張っていたからですよ。私は薬を配って少しお声掛けしただけです」

「お前はいつも、自分を小さく言う」

「そんなことな――」 

 

 鬼は躊躇いなく桃太郎を抱き寄せた。

 桃太郎は一瞬目を丸くしたが、温かく広い腕に包み込まれて、溶けるようにその胸に頬を押しつけた。

 

「……皆さんのお役に立てたなら良かったんです」

「桃太郎はいつも皆のために頑張るな?」

「私は……英雄、ですから……」

 

 声が小さくなっていく。鬼退治。本当に自分の行いは正しかったのか。思い出すたび、悩んで夜も眠れなくなる。

 

「そうか。だが、俺には我儘を言っていい。甘えろ。会いたいのに来てくれなかったと怒っていいのだぞ」

「だってあなたは鬼ヶ島の頭領だから……」

「そうだ。だがお前の恋人だ」

 

 顔が鬼灯のように赤くなった。鬼がおかしそうにくつくつ笑うのが体を通して伝わってくる。桃太郎は鬼の腕の中で顔を振り仰いだ。

 

「では、聞いてもいい?」

「なんでも」

「どうして、私なのですか?」  

 

 思っていたより素直な声が出た。鬼が少し驚いたように眉を上げる。

 

「どうして、とは」

「あなたを倒したのは私です。煮え湯も飲まされたでしょう。反対する鬼もいるはず。それなのに……なぜ私のことを」 

 

 鬼はしばらく黙って夜空を仰いだ。

 今夜は星が明るくて、月は見えない。

 

「あの夜、月が出ていたな。お前は俺を踏みつけて、振りかざした刀から血が舞った。慄いて見上げたその真っ白な面は返り血に塗れて……」

 

 その時のことを思い出しているのか、鬼の黄金色の瞳が揺れた。


「残酷で、可憐で、美しかった」

「……そんな理由で」

「十分な理由だ」

 

 鬼の眼が桃太郎を見据えた。

 

「釣り合うとか釣り合わないとか、そういうことを考えていたのだろう」

 

 桃太郎は黙った。図星だった。そして鬼の瞳からは逃れられなかった。

 

「この世の全てを敵に回してもお前を選んだぞ。桃太郎」

 

 桃太郎は息を飲んだ。胸がいっぱいで、言葉にならない。

 鬼は優しい手つきで、桃太郎の肩を抱き寄せた。海の風は夜になると冷たい。

 ふと、桃太郎はとても大切なことに気がついた。ぱっと顔を上げて、鬼を見つめた。

 

「あの、あなたの名前を知りたいです」

「俺の名か」

「浦の君とか鬼ヶ島の浦様と呼ばれているのは聞きました」

 

 天幕で負傷者の手当てをしているときに、人々が鬼の頭領のことをそう呼んでいた。この島の入江(浦)に倭人の船が着くから便宜的にそう呼んでいると教えてもらった。

 

「そうだな。都に届け出ている名もあるが、それより俺の真の名を教えよう。耳を貸せ」

「は、はい」

 

 桃太郎は素直に背伸びをして、鬼の口元に耳を寄せた。鬼は笑って、「イルカシだ」と囁いた。

 

「……イルカシ」

「百の雷が鳴ったのかと思うほど産声がやかましかったから、鬼の言葉で百の雷という名になった!」

 

 ワッハッハと笑う声が砂浜にこだまする。その大きな笑い声も桃太郎は大好きだ。嬉しくなって、口の中で何度も「イルカシ」と呟いた。

 その頬を鬼の大きな手が包み込んだ。鬼の瞳は桃太郎を見つめて揺れている。

 

「会いたかった」

「……私もあなたに会いたかったです」

 

 鬼の手に手を重ねて、桃太郎は目を閉じた。その目から静かに涙がひとすじこぼれた。鬼の指がそれを拭い、二人の影が星の光の下で重なった。天の川が、頭上で静かに輝いている。



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