106「ペコラ様の名前を一番初めに覚えさせますわ」 「それはやめてあげて」
こうして外でやれることで暇を潰すのだ。ペコラがどんな態度であろうと気にしないことが、周知されていっているので、誰ももう気にしない。とても気が楽でいい。
ミルク缶について、芋を食べながらアルクレイはそれ以上何も言うことはなかった。ペコラ的にはどちらでもいいが、良い人間としてみられないわけじゃないから。
「私で終わりにならないでしょ」
「ありがとうくらいは言われるだろうな」
「そういうの嫌だし」
パチパチと火へ木が配られていく。騎士たちがせっせと増やしているらしい。アルクレイはモッモッと芋を誰よりも食べて、腹を満たすと笑った。
「無理矢理はしない。おれはお前の案内役だからな。強制は案内じゃない」
彼の言葉は説得されるより、心に残る。バターと塩も別の皿にたっぷり用意して自由に使うようにプレートを置く。聖騎士たちが好き好きに味変させて楽しむ声が聞こえた。
「お前が今しているのも、悪いことじゃないけどな」
勝手にやるのと、悩んでいると聞いてから行動する行為は海より深いほど違う。心境が違い過ぎる。
「むう」
ここまで言われて動かないのはただの、頑固ないじっぱりである。実はきになっていたなんて、彼にはお見通しだったのだから。息を深く吐いてから、ミルク缶を多めに取り出して、説明書を書いた。
「あら、聖女様?」
聖騎士たちがわらわらと居る屋敷に行き、聖女の身分証を見せれば。他者から見ると爆速で面会ができた。目を白黒させる母親になった聖女マイエは、少し目の下に小さい隈を買っていた。
冷えた飲み物のグラスが汗をかきかけている頃、ペコラは用意していたものをテーブルに置く。
「これは」
「ミルク缶といった、母乳の代用品になるもの」
「え」
口に手を当てて、目を点にする彼女はきっと今ペコラのプロフィールについて考えているのだろう。他の聖女と余り接点を作らず、対面する時は大人数のことが多い。所謂一匹狼の気質だと説明されているか、調べているかだろう。
「取り敢えず試しに飲ませてみて。ほかのメーカーのもあるから」
作り方をレクチャーすると、今度は真剣な目で見つめた。作り終えて一つ一つ飲ませていくと、三つ目の温度で飲み始めた赤ん坊。
ペコラが冷え過ぎるのが嫌なのかもしれないと口添えしたのだ。母乳を温めるわけにもいかず、哺乳瓶もこちらが知るような便利なものはない。
哺乳瓶も用意しておいたので、それで飲ませると聖騎士や使用人たちが、涙声の混ざる歓声を上げる。なかなか飲まないと言うのは、この屋敷内でかなり深刻な問題だったらしい。
ワァッといつまでも騒がしく、ゴクゴクと飲む毎に人も増える。その中に一人男性がいて、彼が多分聖女の夫なのだろう。誰よりも静かに涙ぐんでいた。父親というのはこんな顔をするのか。
ストンとゆっくり、心によかったという文字が染み込む。自分は赤ん坊を助けたかったのかと今になってわかった。子供は今でもどう対応すればいいのかわからない。
聖女になるまで、同年代を始め優しくされたこともない。対等に何かを受け取ったこともないから。赤ん坊は無垢でなんの贖罪も背負っていない。かと言って、触れるようにはなっていないが。
「ペコラ様」
「ありがとうございます」
皆から言われながら、言葉を返さないでいると聖女のマイエが周りを解散させて、話さなかった時間を有耶無耶にした。
「この子も無事、成長してくれるようで安心しました」
最小限になった部屋でマイエは母親の顔をして、赤ん坊を見つめた。母親というのは子供を見る時には、こんなにも愛おしそうに見るのか。初めての発見のようだった。
「あなたの話をする時、皆があなたは誰よりも周りを見ていると言うのですよ」
耳を疑うような話をされた。
「今、よくわかりました。あなたは誰よりも聖女なのですね」
「聖女っぽくはない」
「いいえ。聖女も同じ、平等に見るのだと実感しました」
「平等?」
「聖女も人間です。しばしば、人ではないと思われているときもあります。あなたはきっと、遠くから人間を見ているからこそ誰も特別扱いしないのでしょうね。私も、聖女ではなく赤ん坊に悩む母親として、訪ねてきてくれましたもの」
来て早々に、すぐに赤ん坊の話をしたから。終わった後の褒章のことを仄めかすことはなく、早く飲ませるように急かしたから。お金の話をカケラも匂わせずに、色々と用意した上で赤ん坊の命を助けることだけを言い続けていたのだと、言われた。
言われてみれば確かにミルク缶の説明しかしていない。使い方や飲ませ方、温度。赤ん坊のタイムリミットだけが頭を占めていて、他のことなんて考えられなかっただけなのに。さも、聖女だと言われるのはだから嫌だった。
何も言い返せなくなったが、アルクレイが礼なら貰えるのならば貰うがなと、軽く笑って場を柔らかくした。
「私の子をまた見せに行きますね」
小さく頷くと、マイエは赤ん坊に見せた慈愛の目元をペコラにも見せた。自分にかけられるには、心臓に悪い感情に居心地が悪くなる。足早に立ち上がると、もう行こうと相棒に声をかけた。
「ペコラ様の名前を一番初めに覚えさせますわ」
「それはやめてあげて」
聞き捨てならなかったので止めると、彼女はクスクスと楽しげに笑ったので冗談だったのだと安心した。多分だけど、子供の父親が泣くと思うから。親というものは子に呼ばれると嬉しくなるらしいことは、知っているのだ。
ミルク缶をいくつかまた出してから、次こそは去るためにアルクレイを抱っこする。見送る聖女と聖騎士たちが手を振るのを眺めながら住居に帰った。
あれだけミルク缶があれば暫く持っていかなくてもいいだろう。それに、次は誰かに頼めばいいのだ。うさぎの耳を引っ張りながら、落ち着かない気持ちを宥めた。
「おれから母乳は出ないぞ」
「もふもふは癒しの効果があるんでしょ」
心音の忙しない聖女は、ミルクの香りと赤ん坊の甘い香りが体に移っていることに気付き、吸い込んだ。なぜか少しだけ落ち着いたので、相乗効果は本物なのかと驚く。
赤ん坊の笑った声や屋敷にいた人たちの喜んだ声がまだ、耳に残っていた。
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。ペコラ達を今後も見守ってくださればと思います




