第三章 死闘(4)
あたしの役割は、遊撃、後方かく乱。
敵の補給品ボックスの間を走りながら空を見上げる。
そこに、色が付いている。敵兵の視界に入っている場所は警戒色。誰も見ていない場所は空色。
きれい。
虹色のカーテンが揺れるような空は、とてもきれい。
いつか、あの空へ。
一カ所、クリアな空色がぽっかりと穴をあけている。
そこにめがけて箱に飛び乗る。
意識しなくても筋肉が完璧な動きをしてくれる。
エクスニューロはもうあたしの一部になってる。
ううん、あたしがもうエクスニューロの一部なの。
あたしの体にはただの一つの視線も寄せられてない。でもあたしは、箱の向こうとか、テントの向こうとか、バリケードの向こうのたくさんの敵兵が見える。
アルが戦車の脇に向かって走ってるのも見える。
頼もしいアル。
第五市に閉じ込められて、アルが助けに来てくれるまでのことを思い出す。
真っ暗だった。でも同時に、アルたちと一緒にいろんな場所に行った。
一方のあたしは。真っ暗で、手足が無くて、目も見えない、耳も聞こえない。呼吸しているのかも分からない。ただ真っ暗な空間に浮かんでた。
考えることだけはできた。
考えることだけがあたしにできることで、考えることが存在の証明だった。
だけど、渇望してた。
光と。音と。人のぬくもり。
あたしには、感じるための体が必要だった。
どうしても体と繋がらなければならなかった。
世界の全てを感じるために、生を感じるために。
あたし自身を取り戻さなくちゃならなかった。
全てのあたしは真っ暗闇の中にあった。だけど、すべてのあたしは、どこかに置いてきてしまった。宇宙のどこかにあるあたし自信。それを取り返したかった。
でもあたしは動けなかった。せめて、走るための足があれば。掴むための手があれば。
きっといつかあたしが死んでも、あたしは、世界のきれいさを見るための目と耳を、それを抱きしめるための手と足を、探し続けるんだろうな。
――それを取り戻してくれた、アル。
彼は、あたしを取り戻してくれた。
いいえ、あたしのもとに、エクスニューロに封じられたあたし自身を届けてくれた。
どっちだろう。もう、分からない。
何も感じなかったはずの生身のあたしが、それでもぼんやりと覚えている会話、『エクスニューロとの同化』。きっと、これがそういうこと。
そう、あたしは『魔人』。
――怖い。
考えるあたしと感じるあたしが再び繋がって、記憶が繋ぎ合わされたときに最初に思ったこと。
魔人って何? あたし自身って何?
――ああ、うるさいなあ。無意識に引き金を引いていた。敵兵を四人、立て続けに倒した。一応、足を狙ったけど。
あたしは、戦うだけの化け物になったの?
……でも。
とっさに急所を外すだけの心がまだある。
いつかみたいに――小さな赤ん坊を何も感じず殺せるあたしじゃない。
同化とかとは違う。
きっと、アルが一緒にいてくれたから。
アルは、本当はとても弱いのに、それでも、誰も彼もを助けようとする。
このあたしでさえも。
きっと、フェリペは、アルのことを嘲笑ってるだろうな。理想と正義感だけで行動する彼のことを。
でも、あたしは、アルが好き。アルのそんなところが好き。
そして、彼を好きになれてよかったと思う。
誰かを助けたいって気持ちを、彼から学べたから。
だから、エクスニューロとの同化も、良かったんだと思う。
昔感じた、エクスニューロを着けたときに気持ちがカチリと切り替わる感覚。今思い出しても、ぞっとする。
同じあたしなのに、戦うことに、人を殺すことに、感情を持てなくなる感覚。それを不思議だと感じない感覚。あれは、きっと間違いだった。
たとえあたし自身がエクスニューロの中に取り込まれたんだとしても、彼から学んだものを気持ちとして持ち続けられる今の方が、ずっといい。
走りながら、もう何人を倒しただろう。
空に見える敵の視界の警告色はうごめいているけれど、その隙間を突くなんてとても簡単。
感じる。ウィザード部隊が突然力を失ったのを見て、敵の動きが変わった。包囲網を狭めようとしてる。敵の視線がぎゅっと集まっていくのが見える。
ウィザードたちの位置が、箱の向こうにぼんやりと見える。彼女らの背後を突こうとしている敵の一団を見つけた。銃弾が箱をすり抜けないのがもどかしい。
箱の上を三回跳ねるだけで、敵を戦闘圏内に捉える。まだ直接の視界は無いけれど、あそこに撃てば敵が頭を伏せるだろうな、というところが分かって、分かりやすく発砲して見せた。敵が頭を伏せたのが分かる。
さらに近寄っていく。敵がたくさんいる。なのに、真ん中に、誰も見てない視界の空白地帯がある。なんだか、こんなに人がいるのに、間抜けだなあ。
あたしはその空白地帯に飛び降りる。
弾を使うのももったいないから、目の前の二人を殴って倒す。叩く意思を込めると、敵が倒れる虚像と倒れない虚像が見えてくるから、倒れる虚像を見せてくれた部分を軽く叩いただけ。すぐ背中に視線を感じる。倒れる二人のうちの一人の銃をもぎ取って、背後であたしに気付いた敵の側頭部に向けて振りぬく。ヘルメット越しの衝撃は彼も昏倒させる。それも、運命の虚像の中でとっくに見た。
あと八人。正面の相手に飛び掛ってこっちに向けた銃口を銃で思い切り突くと、パキッと小さな音がし、その兵士は右手を押さえてうずくまる。トリガーにかけてた指が折れてるはず。だって、折ってください、って言ってるんだもの。
弾の節約はさすがに限界かな。振り向きざまに一発。当たった太ももから血しぶき。それから、もう一発はとりあえずあたしに当たりそうな弾丸の未来射線上に。空中で弾丸同士がぶつかって黄色い花が咲く。
その弾を放った銃口が、オートマチックで連射し始める虚像が見えたから、その前に虚像の銃口に向かう虹色の線に弾丸を乗せると、銃身が派手な音を立てて弾け、使用者は後ろに倒れこんだ。
うっすらと見えてきたいくつかの未来の射線を、濃い順に避けて、右方の敵を三人倒す。一発、倒れる一人が偶然放つ弾丸があたしに当たる気がしたので、そのトリガーが引かれる前に身をかわす。
残る二人もあっという間。弾がもったいないからちょうど真ん中に立って、ちょっとの身捌きでお互いの銃口をお互いに向け合わせて、同士討ちをさせた。なんだか、ごめんね。
さあ、次。
再び補給品の山に飛び上がる。
アユムから、背後のかく乱の指示が飛んでくる。返答のついでに、アルがさっき上手く脱出していたことを伝える。
あらかじめ決めてあった脱出方向はあっち。だったら、こっちを蹴散らそう。
アユムたちの方に走る敵兵の集団がいるので、どうすれば驚くかを知って、銃の連射を浴びせる。誰かが伏兵だと叫んでこっちを指差す。みんな止まる。見えてた虚像通り。もうちょっと考えた方がいいよ。
銃口が一斉にこっちを向いて視界一杯に未来射線が見えてくるけど、ちょうどあたし一人が飛び降りるスペースに予測射線が無いことを見つけて、飛び降りる。頭上を弾丸が何発も通過していく。
左右を見る。左側にはもう未来射線が見える。右側はクリア。右に向かって地面を蹴り、物陰から飛び出すと、そこはちょうど物資の隙間が死角になっている場所だったようで、飛び出したあたしを見てうろたえた敵兵の一人がバランスを崩して転んだのにもう二人が躓いて倒れる。手早くナイフで利き手の腱を断ち無力化する。
その三人が倒れているのであたしに向けた銃の引き金を引けずにいる何人かのうち、右側にいる一番近くの人に向かってナイフを投げる。わっ、と叫んで避けようとするけれど、あたしが投げたのはその避けた先。左頬に深くナイフが突き刺さって、悲鳴を上げながらその男は倒れる。倒れざまに引き金を引いたらしく、空に向かってオレンジの線が何本も伸びる。
あたしが左手に持ってた突撃銃はその間にすでに四回火を吹いて、左後ろにいた敵兵を倒していた。
その瞬間、アルの逃げた方向の空に放物線の射線が見えた。
間違いない、アルを狙ってる。
障害物越しに目を凝らすと、走るアルの左後方に着弾する未来が見える。すぐにアル宛の通信ボタンを押す。
「アル、右に飛んで!」
音は聞こえない。光も見えない。でも、あたしの奥深くにある真の闇の中に、ただ確定した未来だけが静止画のように並んでいる。迫撃弾の着弾と、右に飛んで難を逃れるアルの姿が見える。大丈夫。
「迫撃砲です。どうやら攻撃者が斥候兵の制服を着ているという情報が回ったようです」
『ありがとうロッティ、助かった。敵は?』
アルの声が聞こえてきた。あたしの分身の一つはその声を聞いてようやく安心する。
「まだアルを狙ってます、そのまま潅木の中を進んで」
手早く伝え、それからアユムへ。
「アユム、アルが迫撃砲で狙われています、あたしの誘導で避けていますが」
『こっちと両方相手できる!?』
さすがに両方は無理に思う。
あたしの真実を見通す真の闇に映せるのは、あたしが見ているものだけ。
正面のアル、右後方のアユムたちのしんがり。
せめて迫撃砲の砲手が射撃できる視界内にあればこの場で打ち倒して後ろを向くだけなのに。いくら見えてたって、銃弾は真っすぐにしか飛ばない。全ての真実を見通す闇の目も、これでは役立たず。
――この作戦の目的。ウィザード部隊の救出。最優先事項は。
「迫撃砲の砲手が視認できません、後方援護を優先します」
『いいえだめ、アルの援護を優先しなさい』
あたしの言葉に、すぐにアユムの言葉が返ってきた。
アルの援護を優先?
どうして?
でも。
戦術リーダーユニットのアユムのオーダーだから、従うしかない。
どこか遠くに、ほっとしたあたしがいたような気がする。
急いで障害物を駆け上がり、東方への視界を確保する。はるか彼方にいくつもの白煙が上がっているのが見える。
全力で走るアルが見える。
そう、走って。もっと、もっと速く。
あたしも走る。
障害物の上を飛ぶ。
四つ目の頂上を飛び越えたとき、ようやく迫撃砲の陣地が見えた。砲手は三人。
突撃銃を構える。銃口から伸びる一本の射線がオレンジ色に輝いている。
――ただ、そう思うだけ。
三つの弾が三人の砲手を一度に倒すと思うだけ。
あたしの銃先にさらに輝きを増した三つの虹色の予測射線が現れた。どれも過たず三人の砲手の未来の虚像を貫いている。
体中いくつもの筋肉が勝手に収縮を始めて、予測射線上に三つの弾丸を乗せる。
三人がほぼ同時に倒れたのと、彼方でアルが背後に着弾を受けてブッシュに弾かれるように倒れこんだのが、同時だった。
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