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マリアナの女神と補給兵――硝煙の魔法と起源の魔人――  作者: 月立淳水
マリアナの女神と補給兵Ⅲ

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第一章 統治者(4)


 推進剤を吐き出しながら上昇した自走シャトルの中で、ゆったりした衝撃吸収シートに身を沈めたネイサンは、ゆっくりと小さくなっていく第五市を窓から眺めていた。

 隣には、シャトル内で待機していたセバスティアーノが座っている。

 水平飛行に移り、ようやく機内の轟音が低くなり始めたところで、ネイサンは口を開いた。


「案外、物分りの悪い連中だ」


「支援の話を蹴りましたか」


 一言で交渉の決裂を知り、セバスティアーノは返す。


「蹴ったどころか、我々をなにやら罠に掛けようと考えているようだ」


「それはどのような」


「あの男――フェリペ・ロドリゴ・デ・パルマは、正統政府もミネルヴァも、この惑星の全てを滅ぼすのが目的だと、な」


「それはまた、面白い男ですね」


 笑いをこらえるように言ったネイサンに迎合し、セバスティアーノは小さく笑いを漏らした。


「彼がこそこそと分断工作をしているミネルヴァ、そして敵である正統政府、彼がいずれも滅ぼすと言ったことは嘘ではないかもしれん。ウィザード兵を手の内に持つあの男になら、確かにそれもできるかもしれんな。そうして、ミネルヴァを支援し始めた我々の裏をかくつもりだ。我々が、国際社会に向けて『ミネルヴァがマリアナ統治の代行者でありこれを支援する』と宣言したタイミングで奴はミネルヴァを潰し、逆説的だが、国際的に承認された形で我々から切り離された勢力を興そうとでも考えておるのだろう。だが、そうはさせんよ」


 ネイサンの言葉に、セバスティアーノは、なるほど、そのような解釈も可能か、とうなずく。この地位に上り詰めるだけあって、老いが近くとも頭の回転は速い。


「僭越ながら、一つ考えがございます、閣下」


 言ってみろ、とネイサンは短く促す。


「彼はおそらく第五市に居を構え、我々の準備が整うまで間があると見て、ミネルヴァと正統政府とを一挙に叩き潰すと同時に新勢力を興す準備を整えておるのでしょう。その暇を奪いましょう。正統政府をそそのかし、ミネルヴァを攻撃させます。ミネルヴァは自衛のための戦争に巻き込まれ――正統政府を滅ぼしましょう」


「ほう」


「彼の策は、いずれにせよ単純な暴力ではありますまい。ミネルヴァの内乱という形をとれば、我々に宣言の取り消しの機会を与える。文句のない形でミネルヴァを滅ぼすには、正統政府による攻撃に頼らざるを得ません。であれば、あらゆる段階を跳躍し、正統政府との戦争を開始させるのです。ミネルヴァを滅ぼす準備が整わぬうちに全面戦争となれば、正統政府を滅ぼしてしまうよりほかありません」


 至宝を得るために地下に潜ろうとするのなら、外から引っぱたいて『やむなく』表舞台に立たざるを得ない状況に置いてしまうのだ。分析や動機は、セバスティアーノとネイサンでは異なるものの、フェリペを『ミネルヴァのフェリペ』として引きずり出さなければならないという思惑は一致する。


「……よろしい。それこそ私の考えていた策だ。一昼夜で新連盟を滅ぼしたミネルヴァのウィザード部隊があれば、正統政府を滅ぼすことなどわけもあるまい。言い訳のしようのない状況にミネルヴァとフェリペを追い込む必要がある。だから、このシャトルは、実のところ、軌道には向かっておらん。――第一市に向かわせておる」


「……さすが閣下。私の助言など役に立ちませんな」


「いやいや、信頼しておる。君が同じことを口にしなければ、第一市に向かうのはやめようと思っていたのだ」


 にんまりとうなずき、ネイサンは、すでに見えなくなった第五市の方に目線を向けた。

 フェリペが何を考えているにせよ、ともかく事態を動かしてしまえばよい。

 おそらくこれが、この惑星で最後の戦闘になるだろう。

 その結果、ミネルヴァが勝利する。

 間違いはないが、情報分析だけは完全に行う必要がある。

 正統政府敗色が濃厚になってからのミネルヴァ支援表明では、国際的な批判は免れない。

 一度か二度の衝突の後、ミネルヴァの正統たる理由をつけて宣言し、統治代行者を攻撃する『賊軍』を空爆する。

 空爆によってミネルヴァは『救われ』、統治者はマカウとして確定するのだ。

 あとわずかのことだ。

 干渉を始めてしまったネイサンは、もう立ち止まることは許されない。


***


 彼らにとって、その報告は寝耳に水の出来事だった。

 彼らと覇を競うはずだった、新マリアナ連盟の崩壊。

 それは、取るに足らぬと考えていた、弱小過激派、ミネルヴァの手によって為された。


 第三市を完全に掌握したという情報を得たときは全く脅威を感じなかった。もともと第三市は海からも遠く、第一市と第五市を結ぶ陸路の中継点に過ぎなかった地。旧政府がそこに学園都市を整備したことはほとんど気まぐれに近かった。だからこそ、第三市はそもそもが学徒の手に落ちるためにあるような都市だった。

 彼らが新連盟の侵攻を何度か退けて見せたことは、多少の驚きはあったものの、危険を感じるほどの兆候ではなかった。仮にも一都市を領し、守勢に徹すると決め込めば、たとえ正統政府軍であってもひと呑みに呑み込めたものではなかっただろう。


 だが、その学徒集団が、正統政府とさえ渡り合えるだろうと考えていた新連盟に対し攻勢に出たかと思うと、瞬く間に滅ぼしてしまった。

 もちろん、付随情報として、ミネルヴァに呼応するようにランダウ騎士団が海上から熾烈な砲撃を浴びせたという報告もある。

 しかし、だからこそ、この二勢力は危惧すべきものとなった。

 不確定な情報ながら、ランダウ騎士団も大打撃を負ったという情報もあるが、これはまだはっきりとしない。

 判然している事実は、ミネルヴァが征服者として第五市までを支配下に置いた、ということだけだ。


 マリアナ共和党党首、正統政府大統領のクーロ・アラニスは、この新しい局面への対応を決断しなければならなかった。

 議会どころか臨時党大会さえ紛糾に紛糾を重ねた。

 まだ、第一、第二市を押さえている正統政府の方が国力は上だ。

 だが、ミネルヴァの持つ不気味な戦力の情報があった。

 どうやら、なぜ新連盟がミネルヴァを一押しに攻め滅ぼせなかったのか、その正体が分かりつつある。


 ミネルヴァは、改造兵を使っている。人体改造だ。

 学者集団のやりそうなことだ。

 これは、少し前のある偶発的な事件で発覚した。

 ミネルヴァからの脱走兵だ。

 彼らは初陣となる掃討戦で一兵の損失も許さず敵の一人も逃がさず、完璧な仕事をした。


 その後彼らは再び脱走してしまったようだが、あれももしかするとミネルヴァによる攪乱作戦だったかもしれない。

 総兵力で圧倒するはずの新連盟をあっという間に攻め落とした未知に対する幻想は、議論を重ねるごとに膨らんでいった。

 あれだけのものを作る学者集団の秘密兵器が、それだけで終わっているはずが無い。強力な兵士に加え、さらに何かを持っているかもしれない。

 あるものは、新型銃だと言い、別のものは、ロボット兵だと言った。もっとも過激なものは、マカウさえ出し抜く飛行兵器だと言った。

 そうした真偽不明の情報と憶測が、議論を発散させた。


 ――こうして議会を混乱させることが狙いだったと考えてみれば、あの脱走兵事件を演出した彼らの思惑通りなのだろうな、と、それを軽視した自分を嘲笑する。

 新兵器の数がそろわぬうちに叩き潰すべきだという意見と、まずは停戦協定を結んで情報収集をすべきというもの、果ては、今すぐマカウを飛び越えて宇宙国際社会に警報を発すべき、という意見まで。

 多数決ではなく、強力なリーダーシップをもって決定すべきだ、と誰かが言ったのを皮切りに、アラニス大統領にその決断をゆだねようという意見が大勢を占めるようになるのに時間はかからなかった。それは、誰もが重大な決断の責任を取りたくないと考えた結果であろう。

 責任の転嫁先であると自覚しつつも、この難局を指導者として乗り切ることは、将来的な加点となるであろうことも認識していた。

 だから、秘書さえ入れず、執務室で一人考えている。


 もう、二時間以上になるだろう。

 そして、彼の頭を占め始めたのは、『マカウ』という、この惑星の真の支配者の名義だった。

 拡大主義的ではなく取り巻きの海賊も壊滅したと見られる第六市を除けば、二勢力に統一されたマリアナ、おそらく、マカウは、動くだろう。

 あとは、どちらがマカウの支持を得るか、だ。


 情勢は不利だ。


 戦力に勝るミネルヴァ。正面切ってぶつかれば勝つのは難しく、戦争が長引けば第五市を中心として国力の潜在的ポテンシャルの高い彼らに押され始めることもあり得るだろう。拡大主義に陥った彼らが、この魅力に抗えるはずがない。

 冷静に考えれば、正統政府が惑星を統べなければならない理由はないかもしれない。

 だが、統治能力を欠いた征服主義者に変貌してしまったミネルヴァにそれが可能とも思えない。

 戦乱の中にあってもむやみに戦争を仕掛けず、制度を整備して国内統治のための準備を整えてきた。おそらく新連盟の仕掛けによるであろうテロリズムへの対処も、統治には必要な能力だ。瞬く間に第三市を押さえ第五市まで攻め落としてしまったミネルヴァは、その能力を軽視したか、あえて捨てたのだ。


 なにより、正統政府は、民主主義と官僚組織という、統治に必要な装置を備えた唯一の存在だ。

 この惑星上の民主主義の灯を唯一守れる、惑星市民の最後の希望だ。

 汚名を被る大統領となることを覚悟してでも、マカウの決断を促すために、あらゆる譲歩をすべきだろう。


 そしてその機会は、偶然にもそのときに訪れる。


***


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