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マリアナの女神と補給兵――硝煙の魔法と起源の魔人――  作者: 月立淳水
マリアナの女神と補給兵Ⅲ

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第一章 統治者(2)


 セバスティアーノも、元々は、ミネルヴァなど何の価値もない学者集団だと思っていた。


 状況が変わったのは、その学者集団の軍隊が、まともな正規兵ともいえる新連盟を押し始めたときだ。それが、おおよそ、二年前。

 何か目に見えるリソースバランスの変化があったわけではない。どちらの勢力も、それまで通りの生産力と人的資源を維持していた。そういったときに戦局の変化が起きる――それは間違いなく、技術革新の萌芽であろうと、セバスティアーノは確信した。

 ミネルヴァに調査員を送り込まなければならないと決心したのは、それからすぐだ。

 当初、その戦局変化は、最新の戦術支援コンピュータによるものと知れた。確かにそれは、惑星マリアナの表面にあってはオーバーテクノロジーであっただろうが、宇宙規模で見ればようやく幼児が言葉を話すようになった程度の革新だ。セバスティアーノは、失望した。


 ――彼は、商人である。

 グッリェルミネッティ商会の大番頭である。


 かつて、その商会は、山師であった。今山師と言われている開発型商社よりもさらに古い山師。

 地球以外の天体の上に主権が生じてからすぐに、あちこちの惑星上に主権を生じさせ、それを売り買いしようという純正の山師が発生した。

 主権を主張してから、開発型商社に売りつけるのである。

 グッリェルミネッティ商会はその先駆けとも言える山師で、何より、リスクをとった。惑星らしきものが発見されるや、調査員を送り込み、惑星の表面に立たせた。表面に人間が立てば、主権を生じさせることが、理論上可能だからだ。


 通常の惑星調査では、超光速投擲技術『カノン』の基地をしっかりと作り往還可能としてから行われる。しかし、この商会はそのセオリーを無視した。跳躍精度が極めて低い、小型の調査用カノンだけを準備するやすぐに有人での投擲に踏み切った。瞬く間に何百という惑星の取引権を得た。三桁以上の調査員の行方不明と引き換えに。

 そうして得た莫大な資産を元手に、今度は『惑星の再生事業』を始める。開発型商社が開発に失敗し破綻した惑星、それを新たな主に仲介し、そして、再開発を丸ごと請け負うのである。山師の時代に売りつけた惑星のうち、どの惑星が資源惑星として有望か、そうでないか、そんな情報を彼らは持っていた。だから、破綻の近い惑星にいち早く近づき、新たな主への橋渡しが出来たのだ。マリアナも、そうやって、多星系帝国・大マカウ国に仲介したものである。


 金はいくら稼いでもよい、いくらでも使ってやる、それが人類を前に進めるのだ、というのは、既に没した商会の創設者の言葉である。山師稼業で桁違いの富を築いた創設者は、戯れに惑星一つを自分の別荘とし、何百万という召使を抱えて豪遊して見せた。今でも当商会の稼ぎの数パーミルはその別荘惑星での王国ごっこに使われている。


 セバスティアーノもその薫陶を受けたものである。

 金はいくら稼いでもよい。

 稼いだ金の分、人類は前に進むのだ。


 そして今彼は、人類を前に進める可能性を見出していた。

 久しぶりに、地上の調査員――スパイ――からの、傍受の危険を押しても伝えねばならぬ時だけに許可した、長文の連絡。

 そこに含まれていた情報は、人類を前に進める可能性だった。

 その調査員は、青臭くも『守るべきものを見つけた』と報告してきた。ミネルヴァ上層部に狙われており、それを守らなければならないと。それは、『マリアナの女神』だと。


 セバスティアーノは、そうは思わなかった。


 それは、人類の至宝。


 報告内容では『圧倒的な戦闘力と予見力を持つ新型のエクスニューロ』とうやむやにされたが、おそらく彼、調査員自身も、分かっている。あれを失ってはならないと。この荒廃したマリアナでしか生まれようのなかった、人類最高の知恵と創造の泉になるかもしれないものだと。

 決して、どこかの愚か者の手に落としてはならぬもの。

 人類を一歩先に進める、人類が二度と得られぬであろう奇跡。

 それゆえに、彼は、考えをめぐらせる。


 例えばもし今マカウが正統政府を支持し、ミネルヴァを空爆すればどうなるか。

 もちろん、ミネルヴァは滅びるだろう。ミネルヴァの上層部にいる、至宝を追う者の思惑通りになるのだ。

 新連盟とランダウ騎士団を滅ぼしたその者は、いずれミネルヴァを滅ぼし正統政府も滅ぼし、地下の存在となって至宝を追おうとしている――調査員は、ある学者のインタビューで聞いた話をもとに、敵の思惑を推測して語ったが、おそらく、その通りだろう、とセバスティアーノも思う。

 そして、至宝は地下に引きずり込まれ永遠に失われる――。


 そんなことは許されない。

 だから、セバスティアーノは、ミネルヴァ支持を、助言した。

 ミネルヴァを勝たせ、地下に潜ろうとしている愚か者を、光の当たる場所に引きずり出してやろうと。

 もちろんその胸の内を、彼は総督に語ったことはない。

 まだ至宝の存在は、ジョーカーなのだ。それを知らしめるための、しかるべきタイミングがある。最高のタイミングがある。

 その力を、総督に分かる言語で示してやらねばならない。それが可能になる時期は、近づいている、と、セバスティアーノは予感している。


 人類を一歩進めるために。

 至宝を守り、知り、知らしめなければならない。

 ――そしてそれは――人類を進めるものは、金を稼ぐ。初代が、そう言ったのだから。


***


 第五市に、ミネルヴァ内秘密組織『オモイカネ』の全幹部がそろった。

 その筆頭は言うまでもなくフェリペだ。

 旧新連盟領内の占領政策実施機関の主要メンバーとして彼らは呼び集められた。

 手を尽くしてそうしたのも、もちろんフェリペだ。

 もともと大学の自治組織に過ぎなかったミネルヴァが第三市を統治することさえ大きな負担だったのだが、さらに、旧新連盟領、第四市、第五市の統治となると、未知の事業である。

 成算は無い。

 もともとありようが無い。

 フェリペは正しくそのことを理解していたし、オモイカネのメンバーもすべてそうだった。それ以外のミネルヴァ幹部でさえ、この占領が上手くいくと考えるものは少ない。

 それを堂々と口にし、侵略を強行したフェリペを非難する声さえあるが、しかし、中層以下のミネルヴァ構成員は、むしろ彼らの虚栄心をひどく刺激した『新連盟に対する大勝利』という事実一つでフェリペを支持するものが多かった。結果として、フェリペを罵倒した幹部の発言力は弱まっていた。

 だから、結局彼ら反フェリペ派ができることは、無茶な占領事業をフェリペに一任し、彼が失敗するのを待つことだった。

 フェリペはそこまで分かって、オモイカネを呼び寄せる強引な人事をねじ込んだ。

 事実上、第五市はオモイカネの私物と言ってよかった。

 現市長をミネルヴァとして追認することを発表し、一方で、ミネルヴァ最高法に適合するよう市条例を速やかに改正することを彼に宣言させた。

 第五市の占領が始まって一週間の今日この時点までの、第五市占領政策の成果はこれだけだった。

 昼間は第五市役所での執務、そして、夜はこうして、戦術計算機センターの一室で、フェリペたちはこうして集まっていた。


「ランダウ騎士団の情報は入ったかね」


 いつものように最初に口を開いたのはフェリペ。


「ええ、本日ようやく。拠点を放棄した模様です」


 物腰の柔らかい男が応える。


「そうか、新連盟も最後に一矢報いて、満足だろう」


 その言葉に、くすくすと小さな笑いが起こる。


「どのような魔法を使ったので」


「何ということはない、ランダウ騎士団に紛れておった脱走ウィザードが、第五市に向かうように仕向けただけだ」


 それは実のところ偶然に近い奇跡だった。

 彼は準備不足でシャーロット・リリーを逃がしただけだったが、結果として、彼女を救おうとする彼らを第五市に向かわせ、その情報を得てすぐに適度に新連盟にリークすることで相打ちに持ち込むことができた。

 あまりの手際に、フェリペ自身さえ、実は最初からこれを狙ってシャーロット脱走を含めすべてを操ってきたのだ、という錯覚さえ覚え始めている。


「ウィザードに依存し始めていたランダウ騎士団は、ウィザードたちと行動を共にするのは自明であった」


 まだ本心ではそうは思っていないが、いずれ、本心からこう思い込むようになるかもしれぬ。

 彼は客観的に将来的な自分のうぬぼれを分析する。

 むしろ、そうすべきなのだ。

 リーダーに求められるのは、自信にあふれる態度と、自己陶酔。

 特に、このようなタイプの陰謀団においては、堂々とした立ち振る舞いを崩せば途端に立場を失う。

 だから、心の底からうぬぼれ、倒錯と錯覚を真実と信じ自己催眠をかけるのだ。


「ともかく、オモイカネがこうしてもっとも安全な位置を確保できた以上、第五市統治にほころびが出る前に次に進むべきでしょう?」


 若い金髪の男がフェリペに向けて言う。


「そうだな、早期に正統政府との衝突、そして、ミネルヴァの崩壊」


「第五市に正統政府の占領軍が入るまで数日はかかる、その間の混乱中に情報隠ぺい工作を済ませて、亡命、ですな」


「うむ。あとは正統政府内に我々全員のポストを準備する工作だが……そっちの報告は」


 フェリペが促すと、また別の男が顔を上げる。

 亡くなったペリエ大佐の後を継いで、正統政府との交渉を任された男だ。


「政府内に人事刷新を口にした男がいることまでは分かったが、伝手がない。誰か送り込もうにも交通が遮断されていてな……」


 ぶっきらぼうに答えたのを見て、フェリペは、ふん、と鼻を鳴らす。ペリエの策動を追うだけで四苦八苦か、と嘲る思いが湧いてくる。

 しかし、これはかえってよかったのだ。確かに、伝手も通信も交通も不通の正統政府と連絡を取り合う等という離れ業をやすやすとこなしていたペリエの優秀さは明るみになったが――優秀すぎる。誰も彼の足跡さえ追えぬとなれば、奴が本気で裏切ろうと思えばフェリペの首筋にナイフを突きつけることさえできたやもしれぬ。奴が消えたのは僥倖だ。――と、フェリペはこれも倒錯と錯覚を使って自らのうぬぼれに昇華していく。


「よろしい。いずれにせよ、あと半年もしないうちに状況は大きく動く。各自、身辺の整理を始めるように」


 毎晩の会合の締めくくりとして、いつもと同じように言って彼が立とうとした時だった。

 聞いたことも無いごうごうと唸る音が空から響いてくる。二階の簡易会議室は防音も乏しく、それは誰もがはっと見上げるほどの音となって届いた。

 書記官の身分の男に、何があったか調べてこい、と命じ、フェリペは浮かしかけた腰を再び落ち着ける。

 すぐに爆発音が聞こえないところを見るとミサイルではない。

 だが、あのような轟音を発するものと言えば、ミサイルか、ホバークラフトか。

 ランダウ騎士団の復讐か、と身構えた。


 あるいは。


 それは、マリアナの表面から消えて久しい『飛行物体』やもしれぬ。

 彼には、飛行物体がここに飛来するわずかな心当たりがあった。

 だから、いくつかの轟音事件犯人候補の中に、無意識に『飛行物体』を列していた。

 間もなく、書記官が息を切らせて帰ってくる。


「パルマ様っ、そっ、その、センター街中央通りに……ひ、飛行機の着陸です!」


 そして、その報告は、結果としてフェリペのかすかな予感を裏付けるものだった。

 彼はすでに手元で用意していた無線機を取り出し、スイッチを入れる。


「……エレナ、ウィザードを連れて中央通り、飛行物体着陸地点へ。相手が友好的であれば、この会議場にお連れするように」


『――了解。敵性の場合は』


「通信手段の破壊を優先。その後、捕縛を優先として戦闘で排除」


『了解しました』


 上階で待機させてあった、魔人エレナを動かす。

 本当なら他の部下でも良かった。だが、相手が相手だ。フェリペは、その予測した相手を過小評価しない。

 この惑星で飛行物体を扱えるのは、唯一、『大マカウ国』だけだ。この惑星の真の支配者。

 マリアナ表面とは一線を隔す宇宙級の技術や装備を持つ相手だ。

 ミネルヴァの大攻勢、新連盟とランダウ騎士団という二勢力の壊滅。この事態に対して、彼らがついに積極的な戦略を打ちはじめたということだ。


 そうなるであろう予感はほのかに感じていた。

 そして、その接触は、事態の中心に居続けたミネルヴァに対して、となるだろうことも。

 とは言え、建前上はミネルヴァの首脳は第三市にあるはずだ。第五市を彼らが訪ねてきたということは、彼らがこちらが思っているよりも深くミネルヴァの秘密を理解しているのやも知れぬ。

 このオモイカネという秘密集団のことも、彼らは知っている――?

 それは考えがたい。

 だが、その可能性はあるにはあるのだ。

 フェリペは、手短に彼の考えをオモイカネの面々に伝え、慎重に接するよう、ありていに言えば、フェリペ以外のものは口を開かぬよう、念を押して、『賓客』の到着を待った。


***


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