第六章 崩壊(1)
■第六章 崩壊
新連盟の最前線に武装解除の命令が届いたのは、ミネルヴァのウィザード部隊が首都第五市に攻め込んでから二日目のことだった。
前線は混乱をきたした。
ミネルヴァとの戦闘はほぼ停止状態だった。
少なくとも、戦略的に意味のある敗北は一切無かった。
だが、前日から、首都司令部と連絡が取れなくなっていたことは事実だ。
それは、ウィザード部隊が中継鉄塔を占拠し、戦術通信を断絶させたからだ。緊急事態とはいえ、いや、だからこそ、傍受の恐れのある汎惑星ネットワークを使うことは出来なかった。
その後、復旧した戦術回線が最初に伝えてきた命令が、武装解除だった。
誤報、あるいは偽計であると主張して戦闘態勢の維持を主張するものと、命令どおり武装解除すべきというものが、ほぼ半々に分かれた。
敵方からも共通回線経由で投降の要請が届いている。
情報は一致している。あとは、それが偽計か真実かを見極めなければならない。
その状態が半日も続いて、ようやく状況に進展が顕れた。
首都第五市から避難したものが、第四市に到着し、そこから前線に報告を入れたのだ。
曰く、第五市はランダウ騎士団の急襲を受けて壊滅状態にある、と。
沖合いに現れたランダウ騎士団はミサイルと艦砲で第五市に打撃を与え、さらに上陸攻撃を仕掛けようとしている、と。
その情報がすでに二日前のものであり、となれば、もはや首都は陥落したのかもしれない。
そのような観測が現場幹部の中に広がると、次いで、対峙しているミネルヴァのことが話題に上がる。
ランダウ騎士団の急襲と呼応してミネルヴァからの投降勧告。
ミネルヴァとランダウ騎士団が何らかの形で結びついたことをうかがわせた。
少し前から、ミネルヴァの強力な特殊歩兵に悩まされていた彼らにとって、海上最強のランダウ騎士団がそこに与したことは、もはや抵抗が無意味だと納得するに十分な理由となった。
まもなく、ミネルヴァに向けて、降伏の信号が送られた。
ミネルヴァ軍は悠々と渡河し、新連盟軍の司令部に踏み込んで、命令系統の引継ぎを宣言した。
一部がミネルヴァの命令のもと第三市へ向かい、残る一部が第四市へ向かった。
後に高速偵察車でミネルヴァ幹部が第四市へ向かう一団に合流したことを知るものは少なかった。
***
第五市では、新連盟の政治的、軍事的リーダーの多くが捕らえられ、投獄されていた。
ミネルヴァと新連盟の間に正式な戦争関係があったわけではない。ただ、領域を広げたミネルヴァと新連盟が偶然に接触しただけだった。
にもかかわらず、第五市に到着したミネルヴァ首脳は新連盟を敗戦国とみなすことを市中で宣言し、戦争犯罪者に対する裁判を開くことを公に示した。
ウィザード部隊の急襲により司令部で捕らえられた議長グレゴリー・マッカラムも当然その被告リストに名を連ねた。
彼の第五市における人気はさほど低くなく、彼を処断することに対する抗議活動も起こったが、ミネルヴァ首脳部はそれを無視した。
第五市に入った首脳部の中には、あのフェリペの姿もあった。占領政策委員の一席を彼は占めていた。
彼は用意してあったかのように、委員会の席で、第五市暫定自治政府の人事案を披露した。
それは、見るものが見れば分かることだったが、ミネルヴァ内の反戦一派、オモイカネのメンバーで占められていた。
オモイカネの存在を知らぬ委員はともかく、おぼろげながらその存在に確信を深めつつある委員からは、すぐに反対意見が出た。
「この人事は、第五市統治の私物化だ。いずれもフェリペ委員と近しいものではないか」
ミネルヴァ軍参謀長フェルナンドが叫ぶ。
彼はまさにオモイカネの存在を嗅ぎ取り、その危険性を危ぶんでいるものだ。
「これは異なことを申される。たとえばこのペリエ氏は、参謀長殿の直属の部下ではありませんか」
フェリペの反論は、本来は反論の体を為していない。なぜなら、ペリエ氏もオモイカネの一員だからだ。しかし、建前上彼はフェルナンドの部下であり、参謀長直属の幹部が占領統治に関わることを認めるというフェリペの言は、文民側の大幅な譲歩ととらえられねばならない。
一方、ペリエ大佐は、以前よりフェリペの手足として軍内部を攪乱し、内部情報をもたらした、懐刀とも言うべき傑物である。
単なる身内びいきではなく、この第五市をいっとき統制するのに必要不可欠ともいえる人物であり、いずれ、正統政府に席を得るときには、ペリエ大佐の功績は大きな勲章となってフェリペの立場を盤石なものとするだろう。
そのようなものだと、誰もが薄々感じているからこそ、仮にも自分の部下に当たるものに対する反対意見としてさえ噴出するのである。
「ペリエ大佐である必要もないのではありますまいか。例えば、ペリエ大佐と同格のロペス大佐がいる」
フェルナンドが反論すると、
「どちらが優秀かね」
「もちろんロペス大佐だ」
フェルナンドは唾を飛ばしながら即答する。ペリエ大佐の『裏の優秀さ』は誰もが知るところであるが、表で軍功を上げているのは間違いなくロペス大佐だ。フェルナンドにとっても、ロペス大佐は身内に等しく、今後、第五市占領政策において、彼をひき込んでおくことは死活問題に等しい。しかし――
「だからこそ、ロペス大佐には、今後開かれる西部戦線の指揮を執ってもらいたい」
フェリペが静かに言うと、フェルナンドはひるんで反論を失くした。
「西部……戦線、ですと?」
たっぷり数秒を挟んでフェルナンドが聞き返すと、
「参謀長殿もご存知の通り、これまでは、新連盟のかく乱戦術により正統政府は東への進出を阻まれてきた。が、正統政府の全軍が動けば第三市など瞬く間に落ちますからな。ミネルヴァを呑み込もうとしていた新連盟の野心は叩き潰したが、さて、そうなると、次にミネルヴァを呑み込もうとするのは正統政府、そうではないですかな」
実にその通りだ。
実のところ、ミネルヴァは、二面作戦を避けるために、ある意味で新連盟の正統政府かく乱を助けていた側面もある。彼らの送り込む工作集団の領内通過をあえて看過していたのだ。第三市中央ステーションの係官がわずかな賄賂で身分の不確かなものを容易に西に通すのも、その一面である。
すなわち、新連盟が正統政府との直接衝突を恐れていることと、ミネルヴァが背後を安堵したいこと、利害が一致したことで、新連盟による正統政府領内かく乱作戦は成功していた。
その一画、新連盟を図らずも降伏させてしまったからには、ミネルヴァは正統政府と正面衝突せざるを得ない。
「言っても仕方のないことだが……今回の作戦は戦略的には無意味ではなかったかね」
それは、第五市を急襲して一撃で陥落させる今回の作戦のことだ。
「いいや。これで我々は一正面作戦に移行できる。ついでに言えば、ランダウ騎士団とやらもほぼ共倒れで壊滅状態だ。彼らの攻勢の情報があったからこそ」
「だがフェリペ委員はその情報をどこで――」
「今は暫定政府人事についてです。関係のないご発言はご遠慮くださるよう」
敵意をむき出しにして食って掛かろうとしたフェルナンドを委員長がたしなめた。
フェルナンドにしては面白くない。どこからか、ランダウ騎士団と新連盟の衝突の情報を仕入れてきて、混乱に乗じて第五市を落とす作戦を立て、彼の子飼いとも言える特殊部隊たった二十名余で一国を滅ぼしてしまったのだから。軍人代表である彼にとっては、顔に泥を塗られたようなものだ。
「いずれにせよ、指揮能力の高いロペス大佐には西部戦線の指揮をお任せしたい。ペリエ氏の人事に関しては、異論はございませんな?」
優位な空気を味方につけてフェリペが言うと、誰も異論を唱えることは無かった。
このようにして、彼は十六名の人事案をことごとく承認させ、オモイカネ幹部でフェリペの周りを固めさせようとしていた。
それは、いずれ正統政府と衝突しミネルヴァが『滅亡する』とき、オモイカネの真髄がもっとも安全な場所にいるためなのだった。
反論無し、と見てフェリペが口の端をわずかにゆがめたとき、ズン……と、小さい地響きが会議室を襲う。
直前までの戦乱を知っているからこそ、もしかするとランダウ騎士団の再襲来かもしれない、と、腰を浮かすものが出る。
その可能性を否定しきれないフェリペも、わずかに顔に焦燥を浮かべる。まさかここで取って返してくる馬鹿者はいまいが――あの青年、少し頭の切れる補給兵ならやりかねない。
「何があった、すぐ報告を」
はっ、と言って、通信兵が部屋を飛び出していく。
誰もが言葉を失い、じっと連絡を待つ。
――十分と少し、息を切らせて通信兵が返ってきた。
「フェリペ……委員! 緊急です!」
その言葉に、フェリペも焦りを見せる。――しかし、いざとなればエレナがいる。ランダウ騎士団が再襲来したとしても、問題ない。
だが、その緊急事態は、フェリペの予想を上回った。
「ペリエ大佐を乗せた装甲車が、ア、アイレス橋を渡河中、橋が、崩落――」
その報は、まさに最悪の報だった。
今後の占領政策、そして、第五市脱出に向けた、要石となるべき人材が――
「大佐は!?」
「安否不明! しかし、装甲車は爆発炎上しており、絶望的かと……」
全てが彼の設計した盤上でうまく回っていた。だというのに、まさか、老朽化した橋の崩落などでケチをつけられようとは――。
フェリペは歯噛みする思いで、追加調査を命じた。
まさかそれが、取るに足らぬ補給兵の工作と、敗者として処断した連盟議長の素人意見の結果だとは、さすがの彼も知る由もなかった。
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