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マリアナの女神と補給兵――硝煙の魔法と起源の魔人――  作者: 月立淳水
第二部 マリアナの女神と補給兵 Ⅱ

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第五章 混乱と混戦(4)


 フェリペの送り込んだウィザード部隊二十名余は、隠密行動で第四市領域を通過した後は、その圧倒的な戦闘力で第四市と第五市領域境界の守備陣地の新連盟軍を全滅させ、瞬く間に第五市西端に到達していた。

 それはちょうど、アルフレッドたちが第五市南岸を離れようとしていた頃であった。

 当然だが、傷ついた母船が逃げようとするところを追撃する構えを取っていた新連盟軍は、西部要塞が突然火を噴いたことで大混乱した。

 海上戦闘態勢にシフトしていた主力部隊は再び陸上防衛戦に向かうために再シフトが必要となり、出撃に一時間近くの間隙を生じた。

 その間に、西部域内にある四ヶ所の駐屯地は瞬く間に攻略され、駐屯部隊は全滅の憂き目を見た。

 また、西部にあった戦術計算機センター、第二通信タワー、鉄道の操車場など軍事関係施設も襲われ、占拠されていた。

 西部要塞からと中央街に向かうルートは、小さな橋を一つ渡ると山せり出していて天然の狭窄地となっている。

 西部からの連絡途絶の報を受け、既に橋は確保されているものと見て、新連盟の主力部隊はこの狭窄部に展開された。

 一方、ミネルヴァ兵は西部の防備を無力化したことを確認すると、堂々とその正面に当たる。

 太陽が完全に水平線を離れた時間に、ミネルヴァ軍からの一発の弾丸がはるか四百メートルの距離の新連盟兵を撃ち倒したことから戦端が開かれた。

 新連盟軍が百発の弾丸を放ち敵を一人も倒せぬ間に三人の兵が倒れる。相手の姿さえ見えぬうちからこの状態では、戦いにならない。といって斥候の兵を出すと瞬く間に息絶える。

 すぐに作戦が変更され、ただ動かず、一発の弾も撃たず、ひたすら敵が近寄ってくるのを待つ戦術に切り替えられる。普通の戦争ではありえない戦術だが、敵の姿が見えず狙撃だけを受けているのであれば、まずは狙撃という手段を封じれば、相手はなすすべはないはずなのだ。

 南東が開けた海側から強い日光が差し込んで視界が開ける。

 バリケードから目視可能なぎりぎりのところに、人影が見える。総勢は、二十に足らぬ。

 攻撃を、という部下の進言を抑え、司令官は待つことを決断した。

 侵入してきた敵兵と守るだけの僚軍では、此方のほうが有利なのは目に見えている。時間が立てばたつほど有利なのだ。敵は必ず短期決戦に出る。いつまでもあの彼方で突っ立っているはずが無い。

 その予想通り、人影はじりじりとバリケードに近づいてくる。

 距離さえ縮まれば、迫撃砲を連続発射して逃げ道と視界を塞ぎつつ、掃射を加えて簡単に片が付くはず。

 さあ、近づいて来い。

 ウィザードたちは、まさにその距離に踏み込もうとしている。

 だが、彼らの研ぎ澄まされた勘は、敵の戦術はもとより、彼らを狙う迫撃弾の弾筋さえその視界に映していた。

 新連盟陣地に、ひらめく光が四つ。それは、迫撃砲の砲口から。即座に、四名のウィザードが反応し、迫撃弾の放物線の頂点付近に向けて数発のライフル弾を発射する。

 空中に四つの光と白い煙がはじけ、迫撃弾は無力化された。

 焦った新連盟軍迫撃砲兵がさらに何発かを発射するも、全て無力化される。

 迫撃砲弾の着弾を合図に飛び出そうとしていた歩兵部隊はその機を失い、バリケードの裏で足止めされている。

 ウィザード部隊は前進速度を増しながら、突撃銃を構え、わずかにバリケードからはみ出た敵の偵察兵や機材を正確に撃ち抜いていく。

 迫撃砲が無効化されたことに気付き、驚きとともに一斉射撃の命令を下す司令官の決定は、結果として拙攻となった。

 銃口を並べ一斉に射撃した結果は全く無残なもので、弾丸は唯の一つもミネルヴァ兵に命中しないばかりか、そのわずかな瞬間に十八名の兵士が撃ち倒されてしまったのだ。

 後方にいた一人の兵士が、恐慌状態を起こして逃げ出したのを皮切りに、逃亡兵の土石流が起こった。

 抵抗を続ける兵士を倒し、ウィザード二十名足らずは堂々と拠点占拠を果たした。

 弾丸一発で敵兵を確実に倒すウィザードには、兵站というものは全く不要なものだった。

 防衛拠点を一つ攻め落とせば、必要なものは全て手に入った。

 夕刻には、総司令部のある国防省庁舎に程近い駐屯基地が全滅し、ミネルヴァ軍の橋頭堡となっていた。


***


 総員退避の命令を下したのは、アルフレッドだった。

 第五市南岸を離れて一日、だましだまし航行していた第一遊撃隊母船は、ついに力尽きた。

 重要な隔壁の損傷を補っていた部材に亀裂が入り、海水がシャワーのように船内に吹き込み始めた。

 その報を聞くや、彼はすぐに退避を命じた。

 船を守ることは重要だったが、これ以上の犠牲を出さないことの方が重要だった。

 構造技師は最後まで退避を拒否し続けたが、腰まで水に浸かるほど浸水した防水区画から引きずるようにして連れ出し、高速艇に乗せた。

 ジェットモーターと水切りの轟音の中、母船が遠ざかる。

 本来の軍隊なら機密漏えい防止の観点から爆破処分するのだろうが、ランダウ騎士団にそんな決まりごとはない。

 ゆっくり沈むに任せることにした。

 脱出者を乗せた二艘の高速艇はそれぞれ別々の護衛艇に接舷し、乗務員を掃き出すと、エンジンを止める。

 高速艇に曳航索をつける。

 追撃の恐れがあるため、高速艇の曳航に反対する声もあったが、追撃があるならとっくに襲撃を受けているだろう、それよりも高速艇による遊撃作戦の可能性を残しておくほうが重要だ、という意見が大勢を占め、引っ張りながらゆっくりと帰還することとなった。

 そして、数々の指揮業務を終わらせてアルフレッドがようやく一息つけたのは、第五市を離れて二日目の夕刻だった。

 狭い護衛艇の中ではあったが多くの仲間が協力して『提督室』が用意されていた。指揮官は時に周囲から遮断されて考えねばならないこともあるからだ、というのは、どうやらシュウの口癖みたいなものだったらしい。

 母船の危機、退避、そして放棄の決断、というめくるめく状況変化に追われていたアルフレッドは、実らなかった努力の結果を受け入れ、ようやく、もっとも気になっていることに手をつけることにした。

 提督室に呼ばれた四人のウィザード。

 彼自身が死守したエクスニューロ本体は、すでに提督室で電源を繋いである。

 電源を入れたとき、全て、ステータスランプが緑の点滅を示していた。


「ロッティのデバイスは」


「ここに」


 アユムがポケットからエクスニューロデバイスを取り出す。同時に、自分のデバイスも取り出し、自然な動作で頭に取り付けた。


「ようやく目が覚めた気分。さ、ロッティの分も、済ませちゃいましょう」


 言ってから、エンダー教授から教わったペアリングの手順を踏んでいく。

 ごく小さな埋没形状のボタンをペン先で押すことでモールス信号のような簡単なコマンドを打ち込む。それを、通信デバイスとエクスニューロ本体双方に施す。

 ほんの数ステップで、それは終わった。

 ペアリングの終わったそれを、恐る恐る、簡易椅子に脱力して座っているシャーロットのコネクタにねじつける。

 やがて、シャーロットはゆっくりと顔を上げた。


「……アル、アユム。ありがとう」


 そして彼女は、か細い、が、しっかりした口調で言った。


「今、どうなってるか、分かるか」


 アルフレッドの問いに、シャーロットは首を縦に振る。


「うん、分かってる。全部、知ってる。……隊長が、みんなが、死んじゃったことも。あたしのために」


 悲しそうな顔をしながらも、彼女は涙をこぼすことができなかった。


「みんな、君のことが好きだったからだ」


「……うん。でも、ごめんね、今は、なんと言えばいいのか……分からない」


 小さく、そうか、とつぶやいて、アルフレッドもうなずいた。


「アユム、エッツォ、……セシリア。ありがとう。無事でいてくれて」


「今度ばかりはダメかと思ったよ。シュウ隊長には、感謝しなくちゃね」


「ああ。……海賊のくせに、格好を付けすぎだけれどね」


 見るとまたセシリアがぽろぽろと涙をこぼしている。


「僕はたった一日と少しだけどこの大所帯を率いて……人の命を預かることの重さを理解した。だから、僕が彼でも、きっとああしたと思う。もちろん、自分が生き残る努力を精一杯した上で。彼もきっと精一杯努力したはずだ。だから、彼が守ってくれた人たちを守るためにも、僕は後悔しないと決めた」


 アルフレッドは、わずかに瞳を潤ませながら、誰にともなく言う。


「そっか……強いんだね、アルは」


 シャーロットは儚げに笑う。


「どうだろう。目をそむけているだけかもしれない」


「もしそうなら、独りのときにでも思い切り泣くことね。あの小さな島に戻ったら」


 アユムの言葉に、アルフレッドはうなずいた。

 たぶん、そうするだろう、と思って。

 だから、誰はばかることなく涙を流せるセシリアこそ、実はこの現実に正面から向き合うことができる最も強い女性なのに違いない。


「――それで。これからどうするつもり? ランダウ騎士団を立て直して、海賊業を続ける?」


「少なくとも、僕らは彼らに報いなきゃならないだろうね。彼らは命を懸けて、僕らの友達を救ってくれた。僕らが彼らに返せるものが、海賊業での戦いなのだというのなら、僕はそうするつもりだよ」


 意見したエッツォを、意外そうな目で見るアユム。

 それに気づいた彼は、小さく笑いをもらした。


「僕は自分の命が一番大切だよ、白状するけどね。ランダウ騎士団に属していれば食べるものと寝る場所には困らない。僕らは彼らに恩があるから、そうするのが当然だと彼らが受け入れることも分かりきってる。計算だよ、僕はそんな男さ」


「だが彼らに迷惑もかけたくない」


 そう言ったのはアルフレッドだ。続けて、


「――フェリペがいる。彼は、ロッティをいずれ手に入れようとする。完全な魔人としてだ。彼はエクスニューロの製造者だ。もしかすると、ロッティの居場所を突き止める秘密の方法を知っているかもしれない」


「だったらすぐにでも襲ってくるはずよ」


 アユムが反論する。


「でも。もし彼がその方法を知らないのだとすると、この前の遭遇戦は千載一遇のチャンスだったはずなんだ。そこで彼女を見逃したのはなぜか。――彼はその気になればいつでも彼女の居場所を突き止められる。そう考えると、すっきりするんだ」


「なるほど、僕らは泳がされているわけか」


「もしかすると、ロッティにはまだ成長の可能性があるのかもしれない。僕らを泳がせて、それを待っているのかもしれない」


 アルフレッドはそう言いながらも、確かにそうかもしれない、と考える。

 仲間と困難を乗り切るたびに、彼女は変化していった。

 エンダー教授の言葉を借りるなら『同化』を深めていったように思う。

 それは、エクスニューロそのものがシャーロットの可能性を吸収するのと同時に、シャーロットもエクスニューロに適応しつつあるということを意味するのかもしれない。

 ただ訓練をするよりも、ただ命令を受けて戦闘をするよりも、より彼女の感情の発露で行動をすることで。

 考えてみれば、正統政府に属して虐殺戦を行ってから、彼女はすさまじい感情の嵐を強引にエクスニューロで覆い隠してきた。その実、吹き荒れていた感情はエクスニューロを確実に教育していたということもあり得る。

 エクスニューロの開発の一端を担ったフェリペの心中には、もしかするとそんな仮説があるのかもしれない。


「だったら、どうしたいの?」


「まだ分からない。……エッツォの言うことももっともだと思う。僕らはまだ騎士団に恩返しをしていない」


「……そうね。現実的に考えましょう。フェリペが私たちを追えるというのはただの想像。私たちがランダウ騎士団に大きな借りを作ったってのは事実。そうでしょう?」


「あたしも、そう思う。みんなは、あたしが絶対に守るから。だから、ね、アル」


 シャーロットにそう言われて、アルフレッドも心を決める。

 彼にとってとても大切な友達を救ってくれた、そしてそのために命さえ落としたものもいる騎士団のために、まず恩返しをしなければならない。

 それは、ただの恐れだったのだろう。

 自分とシャーロットが、いつかフェリペの追っ手に見付かってしまうことに対する、恐れ。

 黙って騎士団を辞し、小さな世界中を逃げ回る生活をする言い訳を探していたのかもしれない。

 だが、計算など入れる余地は、本来無かった。

 自分のために命をかけた者たちのために命を懸けねばならない。

 彼の情は、そう訴えていた。


「そうだ。そうだった。恩返しというよりは、彼らを守るために僕らの力を使うべきだった。――この僕だけが頼りないけどね」


「アルは強いよ。すごく強い。この――」


 シャーロットは左耳の上の真新しい機械に触れ、


「――こんなお守りが無くても、誰かのために戦えるんだもの。あたしにはできないことだから」


 素直な彼女の言葉に、アルフレッドは少しだけ顔を赤く染め、ただうなずいて何も返さなかった。


「セシリア、そんなわけだから、いいわね、隊長のためにも」


「うん、はっ、はい、あの……私も手伝います!」


 ようやく顔を上げてセシリアは大きな声を声帯から発した。

 第六市島まで残り一日に足らぬ距離に彼らはいた。


***



 太陽が正中の位置に達するまで標準時間で一時間を切ったころだった。

 航行ナビゲーターによれば、もう第六市島の全景が前方に見えるはずの位置だ。

 そして、確かに、黄色っぽい霞の向こうにほのかに島影が見え始めていた。


 だが、そこに予想しなかったものも見えていた。

 向かって左側、つまり島の東岸側に第六市があり、向かって右側の山がちな地域の中央に、ランダウ騎士団の最大の根拠地がある。

 その根拠地から立ち上っている黒煙。


 すぐに船団内の関係者の間を結んだ連絡会が開かれた。

 もともと、遊撃隊間の連絡は疎だったし、根拠地との連絡も一方的な電文が主だった。彼らが利用可能な通信帯域は制圧した海賊が持っていたものをくすねて使っているようなもので、元の権利者(たぶん新連盟だろう)が奪われたと知って帯域をクローズすればすぐに使えなくなってしまうようなもの。だから奪った通信帯域はできるだけ温存しなければならなかった。

 密に連絡を取り合っていれば異常を知ることもあっただろうが、今は、それさえできない状況だ。旧提督室から持ち出した貴重な通信帯域チップを使って呼びかけても、拠点は無反応だった。


 おおよそ一時間、船団は拠点が目視で確認できる位置にまで到達した。

 良く見れば大きな物体が半没しているのが見える。

 考えるまでも無く、第二、第三遊撃隊の母船だ。

 陸にある補給拠点にはオレンジに光るものと真っ黒な煙があるのが見える。

 潮風の代わりに、重油の燃える臭いが漂ってくる。


「……襲撃を受けた、な」


 フランクル中隊長がつぶやく。


「襲撃? そんなことが?」


「これだけ派手な基地だ、過去に無かったわけじゃない」


 そうならないように、ある程度の期間以上は同じ拠点を使わないようにしている。


「だがそれにしては、第二、第三遊撃隊の精鋭も出払ったこのタイミングでの襲撃は……タイミングが良すぎる」


「――僕らの作戦は漏れていた、そういうことですね」


「そうだ」


 フランクルはアルフレッドの言葉を肯定し、それから、顔を彼に向けた。


「漏らしたのは、君なのか」


 その言葉に、アルフレッドは絶句する。

 まさか。

 どうして。

 理由が無い。

 ――だが。

 彼らの疑いももっともだ。

 そう、アルフレッドたちが来てから、ランダウ騎士団は大きなうねりに飲まれ始めた。

 アルフレッドたちこそが元凶だと考える心理作用を、誰が否定できよう。


「僕らは、その……違います」


「君の人柄を見ていれば……そうだろうとは思う。……だが……俺たちの全てを奪われて……そうか、と納得できるほど俺は……」


 フランクルの言いたいことは、アルフレッドにも痛いほどよく分かった。

 とてつもない不幸に見舞われると、一個の首謀者を求める。超越的な力を持った首謀者を。

 自然な反応なのだろう。

 かつて、文明以前の人々は、それを神や悪魔の仕業とした。

 そして、アルフレッドは、神か悪魔としか思えない力を振るうウィザードたちを連れてきた。

 理性が否定しようとも、感情はこの単純な関係に目を瞑ることなどできないだろう。


「すみません、フランクルさん、僕らは違う、としか言えません。……でも」


 ふと、昨晩のひらめきを思い出す。

 そう、彼らの行動を知ることができるかもしれない立場の男が。


「心当たりが、あります」


「何者だ」


 間髪を入れずにフランクルが聞き返す。


「……ミネルヴァの幹部です。僕らの行動を知ることができるかもしれない」


「ミネルヴァか……」


 つぶやいて、フランクルは再び、燃える拠点を凝視した。


「話は後で聞こう、まずは、上陸して状況を」


「ええ、確認しましょう」


 簡易無線で全船団に上陸命令を伝えると、アルフレッドは再び舳に立って、何かを考え込んだ。


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