第四章 戦姫救出作戦(2)
戦術計算機センターは、第五市の中央街からひと区画離れた西街区に位置する。半島の根元に近く、固い地盤が浅くまで出ている高台がその所在地だ。中央街と西街区は、せり出した山のため狭隘化した道路で隔てられている。
ウィザード部隊は散開した六隻の揚陸艇の内の一つに搭乗している。まっすぐに戦術計算機センターに最も近い上陸地点を目指している。
「地上部隊による迎撃があるぞ。顔を出すな」
シュウが、一中隊とウィザードたち、計十四人に命じる。
「いえ、先手を打つべきです」
アルフレッドが言いながらアユムに視線を送ると、彼女も深くうなずく。
「私たちが沿岸の迎撃部隊を先制攻撃できるわ。無用な攻撃に船をさらす必要はありません」
「……いいだろう、出ろ」
シュウはすぐに決断し、ウィザード部隊に甲板に出るよう命じた。
ウィザードの三人、そして、最後に巨大な狙撃銃を抱えたアルフレッドが続く。
冷たい夜風が暴風のように彼らの頬を吹き抜けていく。
ゴーグルで守っていなければ目を開けることもできなかっただろう。
ウィザード三人は、燃え盛る炎を背景に真っ黒にしか見えない海岸線に目を凝らす。
「……私たちの上陸地点には、敵兵は見当たらない。でもまずいわ、第三、第四揚陸艇の上陸地点に、敵兵が集まってる」
正規の地上軍に対して、ランダウ騎士団の揚陸部隊が二艇分。地上戦になってしまうと、勝負にならないだろう。
「……シュウ隊長! 第三、第四部隊の上陸地点に敵が!」
一番後ろにいたアルフレッドが艇内に向けて叫ぶ。
「……待ち伏せか、くそっ。準備が良すぎる、作戦が漏れたか……」
シュウが悔しそうにつぶやく。
「隊長、援護射撃しましょう!」
「かまうな! 俺たちの上陸成功が最優先だ!」
「でも!」
確かにあそこは第五市の中心、防衛庁を含む行政府も多く、陸軍の統括本部もある。新連盟がまずそこを守ろうとするのは、最初から分かっていることだったし、そうするだろうことを狙って、二部隊を上陸させるのだ。
「いいか、この艇以外はすべて囮だ。この艇が危険にさらされない限り、こちらから手を出すことは許さん」
いつになく冷酷に言い放ったシュウ。
上官命令であれば従うしかない。
――何より、その冷徹なアイデアを提供したのは、アルフレッド自身なのだから。
甲板に戻って、激しい風の中、隊長命令を三人に伝える。
目の前で仲間が、かなうはずのない相手に、それと知らずに突っ込もうとしている。
無線封鎖もしているから、その危険を教えることもできない。
待ち受けている敵部隊の姿は、アルフレッドにはまるで見えない。完全に明かりを消して潜んでいる。エクスニューロを着けたものにしかそれは見えないだろう。
「セシリア、何かあったら援護を――」
「だめよ、アル。目的をはき違えないで。私たちの目的は――私の目的は、ロッティを取り戻すこと。あなたの目的もそうだと思ってたけれど、違うのかしら」
「だけど、仲間が」
「じゃあ、今選びなさい。ロッティをあきらめて彼らを助け、撤退するか。彼らを危険にさらしてロッティ救出を続けるか」
アルフレッドは、シュウとアユムの冷静さに触れ、自分の土壇場での甘さを今さらながらに思い知る。
かつては考えていた。
いつかその日が来たら、ただ戦死するだけだ。
感情や欲望を抑えて、死に徹することができる自分は、この世で最も冷酷な兵士に違いない、そのように考えることさえあった。
そうではなかった。
救うべきものと救わないものを、自分の意志で決める。命の選別。
それが、本当に求められていることだったのだ。
最後は自分か敵のどちらかが死ねばいい、そう思っていたかつてのアルフレッドは、ただ決めることから逃げていただけだった。
今、それが味方と味方になり、目の前でどちらかが散ろうとしてる現実に直面したとき、彼は自分の甘さを知った。
シャーロットとの誓いさえ、どこか、浮ついた、ファンタジーに近いものであった、と突き付けられる。
……だからこそ、彼は決断する。
決断する、と決める。
そして、彼は、自棄からもっとも遠い決断をする。自らのエゴを貫くと。アユムがそう宣言したように。
「……行こう。僕はロッティを助ける。――だが、僕らが上陸に成功してまだ余力があったら、もちろん――」
「ええ、援護に行くわ。私からも隊長に言う。――ありがとう、アル」
彼は彼女の言葉に深くうなずいただけだったが、右手はセシリアが銃口の向きを変えようとしていた狙撃銃に添えられた。
その銃口の向きは、右側の危機にある仲間の前方から、アルフレッドの手で、自分たちの前方に、ゆっくりと向け変えられる。
前方には相変わらず敵兵の影は無い。
上陸地点まで三百メートルを切った。
突然、右の方に閃光が走る。
瞬時に、それがミサイルだと分かった。
新連盟も、遠隔からの攻撃を無駄撃ちと悟ってミサイルを温存し、上陸舟艇への攻撃の最後の手段としてあったのだ。
閃光は数秒。光の筋の先端に位置するであろうミサイルは、海上に火柱を作った。それに照らされて浮かび上がった第三揚陸部隊のホーバークラフトが明るく照らし出される。海面の動揺にも耐えて、速度を落とさない。
だがすぐに二発目、三発目のミサイルが飛び出す。
あれほどのミサイルを温存していたのか。
一発は再び海に落ちた。
しかしもう一発は、第三揚陸艇の舷側に突き刺さる。
思った瞬間に、揚陸艇の左半分が白い炎に包まれ、粉々になる。揚陸艇本体は海上を一度跳ね、そして裏返しになって海面に落ちると、固いコンクリートの上を転がるように回転し破片をばらまきながら、やがて止まって、没していった。
すぐに第四揚陸艇から、雨あられと銃弾の雨が沿岸に注ぎ始める。
沿岸の部隊も応戦をする。
ミサイルは尽きたか、いや、おそらく、銃弾の雨のために次弾の発射準備に手間取っているだけだろう。時間を与えれば、再び必殺の一撃を食う。
本来なら速度を落として海岸に乗り上げる予定だった第四艇だが、エンジンを全開にし、さらに速度を上げた。浮上力も最大にし、船を大きく浮かせる。上陸地点を敵の真っただ中、海面から1.5メートルはある護岸堤を選んだのだ。
そして、第四艇も堤に乗り上げ盛大に部品をばら撒きながら敵陣地に突入し、ホーバーの暴風で敵兵もろとも陣地を吹き飛ばす。
すぐに上陸部隊が舞い降り、陣地を制圧する。この辺りの行動は、さすがに歴戦を経た戦士たちだ。敵襲のない首都沿岸を警護していただけの経験浅き新連盟兵たちはあっという間に蹴散らされ、あるいは、降伏した。
***
はるか彼方での囮部隊の奮戦を感じ取りながら、ウィザード部隊の乗った第二艇は予定通りの地点、緩やかな砂浜に乗り上げ、エンジンを切る。
揚陸艇を捨て、防弾仕様の小型の運搬車二台に積めるだけの補給物資を持って暗闇を駆ける。
彼らはすぐに、第五市西部地域と、官庁街のある中央街を隔てる『アイレス橋』へと向かう。
「なあ、そっちの工作はいるのか」
シュウがいぶかるように言う。
それに、アルフレッドは毅然と答えた。
「増援が入って退路を断たれるわけにはいきません。帰りは、一個中隊を失うのと同じ損失を負って撤退するのと同じなのです」
「……そうだな。エクスニューロがどんなものか分からんが、電源を外しても動き続けるようなものじゃねえだろうからな。帰り道は、ウィザード部隊は、ただのお荷物だ」
作戦立案において、これが最大の障壁だった。
圧倒的な戦闘力を持ったウィザードなくしては、たとえ奇襲とは言え戦術計算機センターの攻略はままならぬだろう。
しかし、その最奥でエクスニューロ本体を見つけたとき。
それをそこから持ち去ろうと電源コードを取り外した瞬間、エクスニューロに支援されていたウィザードたちは、ただの兵士以下の人間に落ちぶれてしまうのだ。
もちろん、当面の目的、シャーロットのエクスニューロだけを持ち出すという選択肢もある。敵の防備が苛烈であれば、その選択肢も除外はしない。
だが、参加している多くの兵士が、エクスニューロという戦利品に興味を持っている。ミネルヴァに強力な影響力を行使できるかもしれないエクスニューロ、それを一台でも多く持ち出し、対ミネルヴァの『人質』とすることは、抗いがたい魅力なのだった。
ミネルヴァを屈服させ、なおかつその圧倒的な地上戦力で全土を制圧させ、自分たちは無敵の海上戦力で海を制する。それがもう、夢物語ではないのだ。
だから、騎士団全体の士気の問題として、ここでアユムたち自身のエクスニューロを含めて可能な限り多くを奪取することは必須だった。
こうした作戦上の要請から、往路は可能な限り無敵の兵士ウィザードの力を使い、通常兵力を温存する。なおかつ、敵の増援が入って退路を断たれることだけは避けなければならない。ウィザードの圧倒的な武力で突貫するという作戦が取れなくなるからだ。
まもなくアイレス橋に到着する。四十年前に建設された橋は、当時の盛んな鉱工業需要を支えるために極めて堅固に作られている。重装備の戦闘車両の行き来にも耐えられるのだ。西部と中部を結ぶ橋は、ここを含めて三つだが、大規模な兵力の移動に耐えられるのはここしかない。ここを何とか封鎖できれば、増援には入れるのはせいぜい小隊規模の歩兵隊になることが期待できる。それなら、ランダウ騎士団の荒くれものたちで十分対処できるだろう。
アルフレッドは、アユムたちウィザードを警戒に当たらせ、工兵二人を連れて、橋の脇を通り、生い茂った藪を鉈で切り開きながら、橋げたの見える位置にまで到達する。
――長年海風に晒された橋が、寒波の冬に落ちる。
そんな話を聞いたことがあった。
単に橋の上の路面が凍結して追突するからという理由だけでなく、気温の低いときは橋を通過する輸送車は一台ずつだと口を酸っぱくして言われた理由の一つが、それだった。海風で老朽化したボルトが寒冷で折れてしまうのだという。
アルフレッドはボロボロに錆の浮いた親指ほどもあるボルトがびっしりと並ぶ接合部を前に、2人の工兵にボトルを出させた。噴霧機構付きの断熱ボンベだ。中にはドライアイス粉末を溶剤に混ぜたものが入っている。第六市の熱処理工場で使われる強力な冷却剤。
合図とともに、バルブが開けられ、激しい噴射音を伴って白い霧のようなものが噴き出した。それは橋げたに吹き付けられるとシャーベット状になって張り付く。それをボンベが空になるまで続けているうちに、あちこちから甲高い、パキンという音が響き始めた。ボルトと接合板にクラックが走り始めている。何度か、一際大きく、銃声のような音が橋の断末魔のように迸った。
これ以上ここにいると崩落に巻き込まれるかもしれないと考えたアルフレッドは、すぐに撤収を命じた。
橋のたもとに戻ったアルフレッドは、
「セシリア、どうだろう、気づくかな」
と尋ねる。
「ここからじゃ全く分からないですね」
そう言いながらアルフレッドを連れて移動し、橋桁の根元をじっと観察する。
「……ボルトの七割……八割は、たぶん折れてます。この橋、渡っちゃだめですね」
いたずらっぽく笑い、アルフレッドの工作の成功を担保した。
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