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マリアナの女神と補給兵――硝煙の魔法と起源の魔人――  作者: 月立淳水
第二部 マリアナの女神と補給兵 Ⅱ

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第一章 血塗れの部屋(2)


 アルフレッドたちが倒した五人の少女が、ランダウ騎士団の庇護を求めて、立ち去る。

 それを見送り、再び彼らは、続く行動について謀議を重ねていた。


「この奥にもう一度?」


 アルフレッドに、アユムが訊き返す。


「ああ、もう一度。あそこで何かが行われていることは確かで、まだ僕らはあそこをきちんと調べたわけじゃない」


 アルフレッドはあくまで、あの場所で行われている出来事を究明しなければ気が済まないと主張した。


「でも、もし警備のウィザードが消息を断ったっていう連絡が回ってて……問題の黒幕と鉢合わせなんて考えたくもないわね」


「セシリアも軽いトラウマだ」


 エッツォが再訪すべきでない理由を付け加える。


「だが、気にくわない。たくさんのウィザードがあそこで死んでいるのに」


「もちろん、僕だって気にはなるさ。あくまで好奇心の問題としてね。だが、それに命をかけるほどのことかということさ」


 と、エッツォは肩をすくめる。


「だが……たぶん、これからも、たくさん――」


 あそこで人が死ぬだろう。

 それを知って、看過してよいものか。

 だがそれを言えば、この惑星上では毎日たくさんの人が無為に死に続けている。

 ミネルヴァと新同盟の戦争。正統政府による辺境集落討伐。ランダウ騎士団による海賊狩り。

 数え上げればきりがない。

 それらと同じことが、あの小さな部屋で、ごくごく小規模に起こっているだけのことだ。

 そのことに思い至り、アルフレッドは続く言葉をついに舌に乗せなかった。


「――アルは、間違ってない」


 シャーロットが口を開いた。


「アルの考えてることは分かる。あたしたちがあの小さな部屋の犠牲者を救ったところで、もっともっとたくさんの人が、誰かを殺してるってこと……でも、あたしたちは、目の前の誰かを助けられるんなら、そうしたほうがいいと……思う。誰かを殺そうとしている人を、助けられるんなら」


 彼女は、救うべき対象を殺されている人とは言わなかった。殺す人を救わねばならないと言った。

 その言葉に、アルフレッドも、はっとする。

 そう、死の恐怖、死なないために殺すこと、それらから逃げ回ってきたシャーロット。一時は感情をエクスニューロに支配され、無痛の殺人を繰り返してきた彼女だからこそ、人を殺すことの痛さを知っているのだ。

 そうだった。

 もう、シャーロットのような少女を生まないこと。

 そう思ったから、この探索行を申し出た。

 殺されるかわいそうな少女を生まないためじゃない。

 殺す恐怖におびえながら殺さざるを得ないシャーロットたちをこれ以上生み出さないために。


「……ありがとう、ロッティ。もし君が――」


「うん、手伝う」


 彼女は、アルフレッドの言うことをすぐに理解し、儚い笑顔でうなずいた。


「ありがとう。……アユム、そういうわけだから。僕らでもう少し様子を見てくる。アユムの言った通り、多分、異常を知った黒幕か、それに近いやつがすぐに様子を見に来る。その正体だけでもつかんで帰るよ。アユムたちは、あの五人を連れて、一旦ランダウ騎士団に戻ってくれないか。ロッティがいれば、帰りの足は何とかなるから、あの斥候車両は持って行ってくれて構わない」


 その言葉に、アユムは大きなため息をつく。


「馬鹿ね。あなたたち二人じゃ五人のウィザードにもかなわないってことは分かってるでしょ。貴重な部下を失うわけにはいかないわ。エッツォ、セシリア、悪いけど、この偏屈の正義漢にもうしばらく付き合ってやって」


「はい、大丈夫です」


「いいとも、僕も興味があるしね」


 セシリアとエッツォは、そろって快諾の返事をした。


「でも、今度は気付け薬でも持った方がいいわね」


「だっ、大丈夫です、あの時は、ちょっとあんまりびっくりして気が遠くなっただけで……分かってれば平気ですよ!」


 馬鹿にされたような気がして、セシリアは顔を真っ赤にして反論した。その様がおかしくて、アユムはくすくすと笑った。


挿絵(By みてみん)


「……で? 参謀殿、どのような作戦で?」


 彼女はアルフレッドに振り返り、肩をすくめながら訊く。どうせ、作戦と呼べるものは無いだろう。そのしぐさの意味を理解したアルフレッドも、肩をすくめ返した。


「ともかく、長期戦の可能性も考えていつも補給物資を持ち歩いているから、あの部屋の奥で隠れて様子をうかがおう。二日程待って誰も来なければ、まあ敵もその程度の相手だと安心できる」


 アルフレッドは言いながら、先ほど床に放り出した大きなリュックを指差す。五人の中で一番の巨漢だから誰も気にしていなかったが、そのリュックには、十分な予備弾薬と、数日分の高カロリー糧食が詰まっている。


「準備がいいこと。さすが補給参謀さん。そうね、あの部屋をくまなく調査して、それから、どこかに身を潜めて待ちましょう。かならず、今回の騒ぎで敵も動くはずだし。補給品と作戦期限についてはおまかせするわね」


 アユムはウインクでアルフレッドに期待を伝えた。


「それと、念のため、図書館周囲の状況を把握しておきたい。撤退時に敵の陣地でもあると面倒かもしれない」


「じゃあ、僕が行って来よう。この情勢で女性が外をうろついているのは不自然だ」


 エッツォが言いながら立ち上がる。


「……そうしてくれると助かる」


 実際、凡人のアルフレッドが行くより、エクスニューロの目があるエッツォが行くのが安全だろうと思っていたので、エッツォの申し出はありがたかった。


「いきなり戦闘にはならないだろうが、万一あれば、エッツォが戻るまで僕らでこのシェルターを死守。何事もなければ、エッツォが戻り次第、またあの部屋に潜んで敵の動きを待つ。いいかな」


「ええ、分かったわ。エッツォ、無理しないで、違和感あったらすぐ逃げ込んでね」


「もちろん。無理をしないというのは僕の座右の銘だ」


 彼がにやりと笑って見せると、アユムも安心したように頷き返した。


***


 セバスティアーノには、実のところ、いくつもの『コネクション』があった。

 軌道百万キロメートルと、地上を結ぶ『接続』だ。

 彼の放った調査員は、ミネルヴァだけでなく、各勢力に根を張っている。

 ネイサンへの報告の場は、ある意味で答え合わせの場でもある。

 もしネイサンの諜報員が誤った情報にとらわれているなら、さりげなくそれを修正する、そのようにして信頼を積み上げていくためのステージ。


 が、彼は、徐々に、『答え合わせのできない深淵』に近づきつつある。

 ミネルヴァのウィザードなど、その最たるものだ。

 もはやネイサンの諜報員では手に負えない。

 たまたま、本人にその意向があった。

 ゆえに、ウィザードの一人でありながらセバスティアーノの手駒となっている。

 手駒と言っても、具体的に何か工作をするでもない。

 連絡すべきことがあれば連絡すればよい、という程度の、薄い関係だ。


 もちろん、ミネルヴァにしてみればそれはまごうことなく『スパイ』であり、実態の希薄さを差し置いて重大な背信行為との誹りを免れないだろう。

 セバスティアーノは、だから、調査員の身の安全を最優先させている。

 万一にも周囲に漏れるようなことは避けるよう伝えてあるし、必要ならセバスティアーノにさえ情報を隠してよい、としてある。


 ミネルヴァで内乱が起きたとき、連絡が途絶えたのは自明と言えた。

 ただでさえお互いに疑心暗鬼となっている状況で、疑いを生む通信をする必要はない。

 しかし。


「なんだ、これは……」


 セバスティアーノは、圧縮メッセージで届いた情報を読み解いて、ため息をついた。


 圧縮メッセージは、ネットワークの管理パケットに偽装している。

 だから、せいぜい、百文字前後の情報を詰め込むのが精一杯だ。

 そんな中で訴えられていることは。


『ミネルヴァ分裂、さらにもう一層の暗部の兆候。調査継続中』


 まさに、混乱だ。

 ただでさえ内乱が起き、一部技術がランダウ騎士団に漏れたかもしれない、というときに。


『強化兵のさらなる強化の兆候。調査継続中』


「おいおい、それ以上強くなってどうする……」


 独りごとのように突っ込みを入れてしまう。

 以前の報告で、装甲車さえ無力化し、相手に戦車が出てきても対応してしまうだろうということは聞いていたが。


「宇宙でも支配するつもりか。……さすがに閣下にうかつに言えんなこれでは」


 再びのため息をつきながらも、強化兵=ウィザードにはさらに先がありそうだという直感が正しかったことを、改めて噛みしめている。

 と同時に、気になるのが『さらなる暗部』である。

 さらなる強化を目論んでいるのがその暗部なのか? あるいは、別の勢力下なのか?

 今回の報告ではそこまで読み取れなかった。


『通信可能エリア制限解除請う』


 さらに不気味なのが、最後に添えられたこの要請だった。


「第三市エリアから第四市エリアまではたっぷり許可エリアとしてあったが……それよりも外でウィザードの戦いが起こるというのか……」


 調査員自身が、これまでのミネルヴァの主戦場だったそれらのエリアの外に送り込まれる兆候を感じ取っているということを示していた。


「案外、内乱が起きたときにエリア外に避難していて連絡が絶えたのかも知れんな。『さらなる強化兵』とやらが敵にいるのかもしれん。……通信認可を惑星上全部に拡大しておいてやるか。ふ、閣下にばれたら大目玉だな」


 苦笑しながら、秘密の協力者に、調査員の通信帯域チップで通信できる範囲の拡大を依頼する文書の作成を始める。


 見下ろすマリアナのブルールビーは、彼の眼にはもはや血に染まった真っ赤なルビーに見え始めていた。


***


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