第六章 少女奴隷の行方(1)
■第六章 少女奴隷の行方
フェリペ・ロドリゴ・デ・パルマは、久しぶりに『友人』の家を訪れていた。
それは第三市の中ほどのとりわけ特徴のない住宅地にある。
その家の主は、リチャード・エンダーといい、ミネルヴァの秘密兵器、エクスニューロの開発者である。
そしてその関連でいうのであれば、フェリペは、エクスニューロ装着兵、ウィザード部隊の創設者でもあった。
芝生が手入れされた広い庭に白いフラットルーフの家がまぶしい。
ミネルヴァ幹部用車両を降りたフェリペには、普段と異なることが一つ、あった。
そのそばに、少女を連れていたのである。
体躯は小さく、見た目は十代後半か、黒いショートヘアと、どこを見ているのか分からない、アッシュグレイの瞳を持つ少女は、何の感情も見せず、フェリペに同道した。
エンダーはフェリペを少女を迎え入れ、リビングに案内する。
フェリペがソファに腰を下ろしたのに対して、少女は、その後ろに立ったままだ。
「なんだね、侍女かメイド扱いなのかね」
エンダーがおどけたように言う。
「座ると即応が出来ぬ――とは、まあ、こいつ自身の言葉ではあるがね、合理的だ」
「ずいぶんな不合理の末、生まれたのだろう?」
「そこは意見の相違だな。私にとってはこの上なく合理的に生まれたのだよ。この――エレナは」
エレナと呼ばれた少女は、相変わらず無表情に、二人の間の空気をじっと見つめている。
「第二のシャーロットか。ずいぶんとおぞましいものを作ったな」
「ふん、君にはそう見えるか」
苦笑いを浮かべ、フェリペは、出された紅茶に手を伸ばす。
「くっく、知ってるぞ。だいぶ、接合強度をいじったな?」
「そうだな、ともかく全部のツマミを回してみないと気が済まなかった」
「つくづく君はリアリストだ」
低く笑いながら、エンダーも紅茶を一口すすり、飲み込んだ。
「材料費も高かったろう」
「そうでもない。このエレナなどは、兄と妹付きで偶然ただで手に入った。まあ、兄と妹はダメにしてしまったが」
エレナ自身の家族の話にも、エレナは無反応でたたずんでいる。
エンダーはその様子を見ながら、カップをソーサーに優しく戻す。
「だからおぞましいというのだよ。まったく。気分が悪い。そんなものはとっとと持って帰ってくれ」
「君にデモンストレーションくらいはしていきたいのだがね」
「興味はない。何ができるかくらいは知っている。おそらくその様子であれば――まあ、純粋な戦闘であれば、シャーロット君くらいならひとひねりだろうな」
「さてそこだ。どうも、こいつは純粋な戦闘以外の部分ではいまいちなのだよ。それを見てもらうためにも連れてきたのだがね」
「知るものか。そういったものはもともと本人が備えていたものに大きく影響される。様子を見ればわかる。自律判断ができない。突発事象に弱い。創意工夫という言葉の意味さえ分からない。兄弟がいたといったな? ずっと依存していたのだろう」
エンダー博士は、デモを見もせず、エレナの弱点を指摘する。
それは、フェリペがまさに感じていたことだ。
フェリペがシャーロットを必要としていた理由――自律し夢想し創意すること――が、エレナには欠けている。
「接合強度をいじりまわした悪影響だ。フィードバックが強すぎて内発思考が抑圧されすぎている。そうなるに決まっておるのだ。だからおぞましいというのだ」
エンダーは、一目見たときからそれに気づいていた。彼にとって、脳とエクスニューロの接合強度は何百回と失敗した苦い思い出なのだ。素人がいじくりまわせば、そうなるに決まっている、という失敗を見事にやらかしているフェリペを、弟子のようにかわいらしくさえ思う。
とはいえ、結果として、第二のシャーロットであるエレナという作品を生んだことも事実だ。その手法もエンダーの想像をはるかに超えた『合理的』な方法であって、そこは素直に称賛してもよかろう、と思っている。
「まあ、根気強く育ててやるがいい。その状態からでも、いずれは使い物になる」
「私がそんな面倒なことをすると思うかね?」
「くっく、思わんね。エレナを使えば、シャーロットをとらえることも簡単であろうからな」
「そういうことだ。……邪魔をしたな。せっかくの作品を自慢しに来ただけだ」
フェリペはそう言って立ち上がり、挨拶も交わさず玄関に向かう。エレナがそっとそのあとを追っている。
「ふん、君が何になりたいかくらい、私にも分かるさ。――私もかつてそうだったからな」
つぶやいたエンダー博士は、フェリペが出ていった玄関を、自嘲の笑みを浮かべながら見つめ続けた。
***
ランダウ騎士団のその日の航海は、一度の略奪で終了となった。
予想以上の捕虜数に、捕虜船倉が満室になってしまったためだ。
糊口をしのぐため、純粋な海賊団でないものも襲う。ランダウ騎士団はそのようなことをあえて忌避しない。騎士団としての矜持を持たないことが彼らの矜持であり、それを笑い飛ばせるメンタルタフネスこそが彼らの強さの一つでもある。その日襲ったのは半海賊とも言える村で、備蓄も捕虜も狩り放題という様だった。
捕虜たちが落ち着きを取り戻すまで一日ほど海岸キャンプで過ごし、揚陸ホバークラフトを往復させて捕虜を母船に運んだ。
家族のあるものはなるべく同じ区画に収容するよう配慮し、その他の独身男女はそれぞれ独立した区画に分けられる。それは、それぞれの役割の違いでもある。家族のあるものは、家族ごと第六市に移住し労働力とされる。独身男性は住み込み労働力として多少の金銭の見返りに工場などに送り込まれる。独身女性の多くは、妻や妾を求める男に指名買いで大金で買われる。第六市にとってもっとも価値があるのが労働力たる男と次代を産む家族とするならば、騎士団にとってもっとも価値のある戦利品が、即金を得られる身寄りのない独身女性だ。だから、航海中に傷つけられたりしないよう特に厳重に隔離される。
それでもちょっかいを出して海に放り出される団員もいるらしいが、ひそかに恋仲になって次に上陸したときにちゃっかり結婚までしてしまうものもあるらしいので、その辺りをあまり締め付けすぎることもしないのがシュウの流儀だった。
この航海でも、女を連れ出してちょっかいを出そうとした団員がいたが、相手の女が将来を約束した男がいると泣いて許しを請うたことに端を発して相手の男性探しが行われ、独身男性房にいた相手とその場で簡易の結婚式を挙げさせて家族房に放り込まれるという珍事さえ見られた。
そんな中、あるとき何も無い海上で船団が突然方向を変えた。
第六市に向かっていたのだが、その方向は再び大陸を向いていた。
アユムとアルフレッドは、そのことに気付くと、すぐにシュウの元を訪れていた。
雑な造りの『提督室』を訪れると、彼らはすぐに通された。ここまで気軽にこの部屋の入り口をまたげるものは他にそうはいない。
座りたまえ、というシュウの言葉。最初の頃は座る場所を見つけられずに戸惑っていた二人も、その辺に転がっている収納ボックスを椅子にして座るということを覚えていた。
「船団が向きを変えていますね、また別の村へ?」
アルフレッドが口を開く。
シュウは、小さなデスクの上で紙にペンを走らせている。
「いや、取引、だな」
「取引?」
「ああ。たっぷり仕入れた商材を、な」
商材、と言われて、アルフレッドが真っ先に思い浮かべたのは、あの小さな町で大量に奪ったメタンハイブリッド燃料だ。驚くほどの備蓄で、おそらく、どこかの軍事施設から奪って逃げてきたか、あるいはもともと備蓄基地だった場所を奪ってあの町を作ったのだろう、と考えられていた。
「第六市に売りつけるんではないんですか」
「買い手がつくとは限らん、しかも、今度の相手は相場の倍をつけると言っている」
「燃料なら需要は尽きませんが、と言って相場の倍額ってのもいくらなんでも――」
「――ああ、そうか、言ってなかったかな。今度の商材は『女』だよ。身寄りのない若い人間を何ダースか、という発注でな、幸い一ダースほどの在庫がある。上得意様でね、最近発注が多い。男女問わず高値を付けてくれるんだが、男は貴重な労働力でそもそも金に変えるなと厳命されてるからな」
「人身売買ですか」
アルフレッドが顔を曇らせる。
「はっはあっ、なんだ、この船の上にこの程度のことを気が咎める人間がまだいたとはな、純粋でいいやつだな、お前は、相変わらず」
シュウが大笑いする。アユムは、一瞬嫌悪感を見せたものの、口を出すことでもあるまい、と小さくため息をついて黙っている。
「……ふん、それに、おめえらもまるっきり無関係ってわけでもないかもしれんぞ。お得意様は、身分を隠してはいるが、どうもミネルヴァに関係があるらしい」
今度は声を出さずに、アルフレッドは最大限の困惑の表情を作った。
あのミネルヴァが?
幼稚ではあったかもしれないが、理想とプライドの高いあのミネルヴァが人身売買に加担しているのか?
少し首を回すと、視界に入ってくるアユムの姿。
若い女性。身寄りどころか、過去どこで何をしていたのかさえ思い出せない身の上。
――まさか。
アルフレッドの思考を読んだのか、アユムは軽く肩をすくめて見せた。
「……さて? そういうことかもよ? 私も一度はこの船の乗客だったのかも」
二人の間の目配せとアユムの言葉で、どうやらシュウも合点がいったらしい。
「なーるほどな、強化兵に改造するために後腐れのない若者を買ってきて、と。良くぞお戻りを、我らが姫君」
シュウはおどけて一礼する。
「その……いつからこんなことが?」
「俺が知ってるだけでもう二年だな。ここ半年は特に増えた。商売繁盛、おまけにおめえらのおかげで弾薬も節約、運が向いてきたよ」
とすると、エクスニューロ手術がさほど時間がかからないものだとすれば、アユムがウィザードに参加した時期ともおおむね符合する。
これこそが本当に彼女たち、ウィザードのルーツなのか?
――おそらくそうなのだろうな。
そう思うアルフレッドだが、胸のうちにわずかに引っかかるものがあることに気付いていた。
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