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マリアナの女神と補給兵――硝煙の魔法と起源の魔人――  作者: 月立淳水
第一部 マリアナの女神と補給兵

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第五章 騎士団の戦姫(4)


 ランダウ騎士団第一遊撃隊の母船の入った母港は、第六市から隔たった複雑な海岸線にひっそりと造られていた。

 飛び出した小さな半島がいくつか連なる地形の間に、そうと言われなければ気づかないように隠されている。

 しかし岩陰から奥に入ると、大きくくぼんだ入江の中には、大型貨物船でさえ付けられそうな立派なふ頭が四つも並んでいる。


 第一遊撃隊の母船とは別に、もう一隻の中型母船も入っていた。


「ありゃ第三遊撃隊だ。あいつらが暇なんて珍しいな」


 シュウがそんなことを言う通り、ここに二軍団以上の母船が同時に入ることは珍しいことだった。


「ま、上がって一休みしな。――おい、おい! 俺はお客様をご案内だ! ()()を全部揚げとけ! くすねたやつはサメの餌だ!」


 サメなんてこの星にいねーよ! というヤジに何人かが笑い、シュウは振り向いてアルフレッドたちに降りるよう促した。


 母港は、一つの街を形成していた。

 一部のものは第六市で休むが、大半のメンバーはこの母港で過ごす。

 そのため、ここにはあらゆる物品やサービスが集まっている。


「男ばかりの所帯だ、女がいねえわけじゃねえが、女向けのもんはあまり期待しないでくれ。嬢ちゃんたち、化粧はするのか? 髪の手入れは? ほかは? 悪いがそういうもんはあまりねえ」


 シュウの説明にアユムが肩をすくめる。


「化粧なんてしたことないわ。髪も洗いっぱなし。――そうね、アレはあるかしら」


「アレ?」


「生理用品」


 船上の交流でなんとなくシュウと気が合ったアユムが、言いにくいことをあっけらかんと言うと、


「上がった婆さんばかりってわけでもないからな。そういうのはある。あとは薬か。不届きな奴がいないわけじゃねえ。女にはみんな配ってある」


「そう、ありがと。薬ももらっとくわ。まあ、私に手を出そうなんて奴は握りつぶしてやるけどね」


「はっは、怖い怖い。妙なことにならんようには頼むぜ。……アルフレッド、お前は?」


 突然の問いかけに、アルフレッドは首を傾げた。


「僕?」


「あと、エッツォだったか。男向けのものなら困らねえ。若いのがいいか年増がいいか、デカいの小さいの、いろいろあんだろ」


「あっ、ありません!」


 アルフレッドはシュウの言葉の意味を理解して顔を赤くして反論した。

 その横でなぜかシャーロットも顔を赤くしている。


「まあいい、女のいるとこで話すこっちゃねえな。ああ、身内で済ますんなら部屋の紹介も――おいそんなに睨むなよ、分かってるよ、てめえらはそんなんじゃねえって、待てって!」


 と、その言葉を最後にシュウはアユムにひねり倒された。


 結局アルフレッドたちは軽くぜいたく品を眺めただけですぐに船上に戻った。禁欲的なミネルヴァの生活習慣はまだ当分抜けそうにもない。


 補給品の積み込みが終わると、すぐに出撃となった。

 大陸南部の海賊は数百の勢力があると見られ、さらに、ある地域を掃討すると北部山岳の武装集団が南下して新たに海賊化するということを繰り返している。毎日のように出撃しても一向に被害は減らないのだと言う。


 出撃に当たって、第一遊撃隊に新規小隊が設立されたことが全隊にアナウンスされた。それは言うまでも無く、アユム・プレシアードを小隊長とする『ウィザード部隊』である。

 シュウを相手取った大立ち回りは一部ではうわさになっており、この新小隊に期待を寄せる声も上がったが、大半を占めたのは、女性を中心とした小隊の実力に対する懐疑と嘲笑の声だった。


 母港を離れて二日後、第四市南部の集落の襲撃で、その評価は一方に統一された。


 その前夜、ウィザード部隊はわずかな補給物資だけを携行した上陸を敢行し、これを難なく成功させる。

 そして、襲撃当日、ウィザードによる後方かく乱と正面揚陸の作戦がとられたが、揚陸部隊は一兵の負傷も無く上陸完了し、村への突入と同時に武装集団は降伏した。

 後方かく乱の主目標として武器庫などが設定されていたが、ウィザード部隊は二ヶ所の武器庫を作戦開始時間と同時に完全制圧し、開戦前に敵勢力を弾薬切れ状態に追い込んでいたのである。


 あまりに瞬時に戦闘が終わったために村からの逃亡者も無く、非戦闘員も含めた村民すべてを捕虜として獲得した。

 この鮮やか過ぎる手際に、ウィザード部隊は一躍第一遊撃隊のアイドル的存在となった。


 中でも、いくらかの負傷をのぞけば敵方に一人の死者も出さずに拠点占拠、防衛をこなしたアユム・シャーロット組の話はいくらでもうわさに尾びれを付けさせた。

 実のところ、確保した捕虜も大切な収奪物であるから再起不能な大怪我や殺害は避けろと厳命したシュウと、そう伝えるよう助言したアルフレッド、この二人がシャーロットにそうさせたのであったが、それは枝葉の問題である。命令されたからと言って、重武装した集団を相手にそれができるかどうかはまた別の問題であり、それをやってのけた彼女らの人気は否応無く上がった。

 ウィザード部隊の初出撃の戦闘は敵味方を合計した損率においてランダウ騎士団第一遊撃隊の最低記録を更新した。


 第一遊撃隊はさらにその近隣の小集団を無被害で制圧し、帰還航行中に救援要請のあった貨物船団の元へ駆けつけて海賊を追い払い、捕虜と戦利品を満載にして八日ぶりに母港に凱旋した。


***


 第一市南部。

 マリアナ正統政府の首都であり、第六市の機械製品取引先としては最大の『お得意様』である第一市への貨物航路は、それだけに多くの海賊がはびこる危険地域でもある。

 ウィザード部隊にとって二度目の遠征は、多いときには月に二度は行われるという、この第一市南部沿岸の掃討戦である。


 漁船を装った騎士団の斥候船が常に何隻も沿岸を巡回し、発見した集落を監視する。その中で、海賊と思しきものをリスト化しているが、新たにリストに加わる集団の数と掃討でリストから姿を消す集団の数は拮抗して久しい。

 特に第一市南西部は入り組んだ地形の海岸が多く、そこに潜む海賊団が後を絶たない。一度全滅させた拠点に新たな勢力がいつの間にか根付いていることも珍しくない。

 捕らえてみると、たいていは第一市周辺の武装勢力が海賊化したものである。特に、新同盟が対正統政府工作に送り込んだらしい武装集団は正規軍に近い装備を持ち、手を焼くのだと言う。

 新同盟の本拠地、大陸東端の大半島は地下資源に富み、その地下資源を売っては第六市から武器弾薬を含む機械製品を買い、その武装でミネルヴァと戦い、一部はランダウ騎士団の敵となる。ランダウ騎士団が掃討しクリアになった貿易航路を通して正統政府に運び込まれた機械製品も、独立武装集団を擬した新同盟の工作部隊の殲滅の用となる。正統政府と新同盟が対立しバランスしている限りは、大陸の資源が尽きるまでこの戦乱は続く、そういうことなのだろう。


 そのバランスを崩すのが、ミネルヴァか、ランダウ騎士団か? そんな思いが湧くこともあったが、アルフレッドは、根本的にそこまで大それた夢想を持つタイプではない。ただ、武力を大陸南海に提供し続けるものがいるのならそれを潰し続ける、それを続けていれば、いずれランダウ騎士団の存在価値も無くなるだろう、とは思う。


 我がことながら、相変わらず感化されやすい性格だな、とも思う。

 学究のために死ねと言われればそうすることを不思議と思っていなかった。

 戦いを終わらせ平和を取り戻さねばならないと言われれば容易くなびいた。

 守られる側になっても良いではないかという思いに捕らわれればそれを不思議と思わなかった。

 同じように、平和な経済航路を秘密裏に守るというランダウ騎士団の精神にもすっかり染まっている。


 結局やっていることは、沿岸の村落の略奪だということは分かっていても、それが今生きる術なのだと自分に言い聞かせて、余計な雑念を追い出す。

 それは、彼が知らずに身につけた処世術、なのだろう。

 無感情なのではなく、むしろ情に甘いと言われるべき性格である。


 そんな彼は、第一遊撃隊の補給担当官の身分を得て、事実上はウィザード部隊の副官として、ウィザード部隊の作戦立案に携わる立場になっている。

 三段ベッドが二台、向かい合わせに置かれただけの兵員船室一つがウィザード部隊の専用船室となっていて、入って左側が下からアユム、シャーロット、セシリア、右側が下からアルフレッド、エッツォ、という割り振りである。

 目的地に着くまでの船内は訓練時間を除けばひどく退屈ではあったが、もともと軍属だった五人にとっては、むしろ規律の乱れた刺激的な職場に思えた。


 そんなある日。

 アルフレッドは、自分のベッドに腰掛けて持ち込んだ古い戦記物の本を読んでいた。もちろんそれは略奪品のひとつで、あまたの人の手の間を転々としたらしくぼろぼろになっていた。

 彼が読み終えたページをめくろうと右手を動かしたとき、轟音があった。

 反射的に立ち上がって甲板へ向かう廊下を走る。同じように行動する同僚たちとぶつからないよう表に出たところで見たのは、母船を囲む護衛艇の一隻が炎を上げて沈みゆくところだった。

 敵襲だ、ということはすぐに理解した。しかし、海上のどこを見ても敵影が無い。

 護衛艇は一瞬の混乱ののち、すぐに母船を守るべく密集隊形へと移動を始めた。

 だが、アルフレッドを追って甲板に出てきたシャーロットが叫ぶ。


「散開を! 攻撃は護衛艇から!」


 いつにない力強い宣言、いつ襲撃があっても良いようにエクスニューロを装着していたからこそ、彼女の直感が何かを知ったのだろう。

 すぐにそう判断したアルフレッドは、甲板の専用有線電話機に飛びつく。

 受話器を上げると呼び出し音が聞こえ、すぐに、シュウが応答した。


「隊長、襲撃者は護衛艇に紛れ込んでいます、散開命令を」


『……ウィザードの勘か』


「はい」


『分かった』


 すぐさま回線は切れる。

 その時にはシュウは別の回線で命令を伝え始めていただろう。

 ややためらうような動きを見せたが、護衛艇は一斉に母船との距離を広げ始めた。


「ロッティ、分かるか、敵は」


「分かります。……あの護衛艇。乗っ取られている。艇内に高性能爆薬。この母船に体当たりするつもりだった」


 シャーロットは、ある護衛艇を、まっすぐに指さした。

 今は、平然と母艦と並走している。

 見たところ、なんの異常も見えない。

 気が付くと、いつの間にか、残り三人のウィザードも並んでいる。


「ロッティはあれが敵だと言っている」


「ええ、間違いなさそうね。さっき撃沈された護衛艇を背後からロケット砲で狙える位置。密集隊形への移行もあの船が真っ先に動き始めた。この船団の作戦行動を熟知しているスパイが乗っ取ったようね」


 アユムは状況判断も交えてシャーロットの指摘を肯定した。


「どうする、隊長の命令を――」


「時間が無いわ。ウィザード部隊、出撃準備」


 アルフレッドが逡巡する間もなく、アユムが命令を下す。さすが、ミネルヴァ時代に激戦区にいただけのことはある、とアルフレッドは感心する。


「エッツォ、セシリアは、狙撃で援護。私とロッティが突っ込むわ。アル、小型舟艇の準備と、シュウ隊長への言い訳を」


 すぐに最寄の電話機に駆け寄り、アルフレッドは奇襲用の小型高速艇の着水準備を命じる。今やスター部隊となったウィザードの副官の命令は隊長承認を待たずに実行に移される。こういう点が、単純な軍閥組織とは異なり、彼らを変幻自在の柔軟な組織としているのだ。

 ほんの一分で着水準備の整った高速舟艇を吊るすクレーンに赤色等が灯る。アユムとシャーロットが駆け寄り、飛び乗る。そのときにはすでにシュウも駆けつけていて、彼らの作戦を追承認していた。


「アル、あれが裏切りものの船か?」


「彼女らが言うのなら間違いありません。爆薬を積んで体当たりをもくろんでいます。時間がありません。他の部隊の行動は?」


「そうか。だったらまだ気付かれていないと思わせておきたい。無線命令を飛ばすとやけを起こして突っ込んでくるかもしれない」


「分かりました。隠密作戦はお任せください」


 シュウの説明を聞いて、アユムが単独突入の決断を下した意味を改めて理解する。


 ウィザード二人の乗った船が、しぶきを上げて海面に落ちる。同時にウォータージェットモーターが唸りを上げ、水面浮上艇を水面から持ち上げつつ噴流で押し出し始める。着水後展開された小さな水中翼が揚力を生み、噴流の尾を引きながらほとんど飛ぶように高速艇は突っ走り始めた。

 初めはターゲットとは無関係の方向、最初に撃沈された護衛艇の海域に向けて。

 護衛艇沈没の原因調査と思わせると同時に、万一、裏切り艇からロケットが発射されても母船方向に飛んでこないように、という配慮からだ。巨大な母船はロケット砲の数発くらいではびくともしないが、それでも被害を小さくできるのならそうすべきだ。


 やがて高速艇は大きく右に舵を取り、被疑艇に船首を向けた。

 左右に大きく頭を振りながらの接近は完全に戦闘行動だ。ここまでくれば、敵方も高速艇の目的に気付くだろう。


 敵は、護衛艇の甲板にわずかに姿を現した。おそらく斥候。そして、そのすぐ脇に、いくつかの筒状の影。

 細い筒がオレンジの炎を連続して吐いた。

 その銃口の射線を発射前から『見て』いたアユムは、船体に当たって跳ね返る弾道が自分の右肩に近いことを知ってわずかに体をひねる。その直後に、ひしゃげた跳弾が塗装膜の破片とともにその場所を通り過ぎていく。

 いかにウィザードといえど、揺れる船上で完全に狙い通りに銃を支えることは難しい。アユムが小さな窓からのぞいている小銃を狙って撃った数発の機銃弾は狙いをそれてその周辺に金属の火花を作った。


 すぐに、太い射線が船体を貫いていることを知る。

 それは、直前に一隻を海に屠ったロケット砲の射線だ。

 積極的防御のために砲口を狙ったアユムの弾はすべて外れる。

 アユムの中枢神経はオーバーロード状態となり、砲口から飛び出してくるロケット弾頭の動きがスローモーションで見える。

 しかし、彼女の撃つ弾は、もどかしくもその脇をすり抜けて行って無為な火花を散らす。


 船の揺れと銃の重さに完全に抗しきれない筋力。

 いかにエクスニューロが完璧な予測と筋肉操作を行おうとも、高速艇の激しい揺れを完全にキャンセルする筋力までは生み出せないことを、アユムは歯がゆく思う。


 一方、シャーロットは、まだ発砲していない。

 揺れる船上で悲鳴を上げる彼女の筋肉のために、彼女自身には、彼女の持つ銃から延びる射線はブレて見えている。

 ここというタイミングが掴めない。余りに完全に見えるがゆえに、撃つ意思を込めた瞬間に、自らの筋肉が裏切ることさえ、知ってしまう。


 ロケット弾が彼我の半ばを突破し、いよいよ退船などの行動をとるべきかもしれない、とシャーロットとアユムが考え始めるまさにその時、彼女らの視界に別の射線が飛び込んでくる。

 二本の射線の一つは過たずにロケット弾の射線と交差していた。

 その出元を確認するより早く、その射線に沿ってスローモーションの弾丸が視界に飛び込んできて、ロケット弾に命中した。

 ロケット弾は破裂して海に落ちる。


挿絵(By みてみん)


 射線の元は、セシリアの狙撃銃から伸びていた。

 そのことを確認したのと、シャーロットの射線がロケット砲口を捕らえたのが同時だった。


 それは、シャーロットにとっても不思議な光景だった。

 彼女の視界の中で、自らの射線と砲口の位置が、ブレている。

 どちらもブレながら、徐々に、色が濃くなり、しかし、現実の射線と砲口とは、まるで違う位置に像を結びつつあった。


 その虚像をみたシャーロットは、それが『弾丸が乗せるべき像である』と()()する。


 従来より明らかに強く異質な確信にシャーロットは若干戸惑いながらも、傍目からは狙いを外しているとしか思えない射線に、弾丸を、そっと乗せた。

 ――次の瞬間には、装填されようとしていた砲口内の次弾に彼女の銃弾が命中し、携行用ロケット砲は暴発して使用者もろとも粉々に吹き飛んだ。


 おそらくその隣にいたであろう小銃兵も巻き込んだのだろう、小銃による攻撃も止む。

 まもなく高速艇は敵舟艇に肉薄する。タイミングを合わせて操縦者のアユムが強襲上陸用ロケットモーターを点火すると、数メートルの岸壁を乗り越えるための跳躍機能が働き、高速艇は護衛艇の前部甲板に乗り上げ、キャビンに衝突する形で止まった。

 もちろん、シャーロットとアユムは怪我をしないように直前で飛び降り、甲板で受け身を取る。

 視線で会話すると、二人はすばやく二手に分かれる。シャーロットは後部甲板へ、アユムはキャビンへ。

 キャビンに突入したアユムは、まだ動いていた数名の兵士にホールドアップを命じ、応じなかった二名の膝を打ち抜いて屈服させた。

 後部甲板から下部船倉に潜ったシャーロットは、すぐに巨大な爆弾を発見した。防備に当たっていた敵兵を火花を飛ばさぬよう正確に打ち倒し、起爆装置をエクスニューロの直感で探し出す。

 全部で四つあった起爆装置を、再び直感で正しく解体し、自粛していた無線をオンにして、作戦完了をアユムと母船に伝えた。


 この事件で、ウィザード、特にシャーロットの人気はさらに上がり、『戦姫』と呼んで崇拝するものまで現れる騒ぎとなった。

 当然、彼女を戦いから引き離したいと思っているアルフレッドには面白くない事態だったが、少なくとも、正統政府軍にいたときのように直接害されるような状況からは遠く離れたことにはひとまず胸をなでおろす。

 実際、彼は、多くの戦果を上げながらも、まだ彼女たちを異物扱いするメンバーが多いことを気に掛けていた。

 だが、今回の活躍で、彼女たちは文字通りの『アイドル』となった。


 そんな様子を見ながら、アルフレッドには、葛藤があった。

 ウィザードたちがその立場を固めるまでは、彼の力が必要だったかもしれないが、もう、その役割も必要ないのではないだろうか。

 優秀なウィザード小隊長アユムがいるし、現地略奪が基本のランダウ騎士団に大仰な兵站は必要ない。


 ふいに、『平和な暮らし』の可能性が、見えてしまう。今、彼一人が引退することを止めるものはいないだろう。第六市の一般労働力として働くほうが、彼にとってまともな暮らしなのではないか、と。

 それでも彼は、騎士団に残る。彼の合理的な葛藤とは別の理由が伴っていることを、彼自身も知っていた。

 彼自身の命より大切なものが、彼の中に宿っていたから。

 それは、彼を、平和な生活から引き離し続けた。


 そして、ランダウ騎士団加入から、二ヶ月がたった。


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