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マリアナの女神と補給兵――硝煙の魔法と起源の魔人――  作者: 月立淳水
第一部 マリアナの女神と補給兵

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第五章 騎士団の戦姫(3)


 ランダウ騎士団の起源は、マリアナ政府が崩壊してまもなく、各都市が独自の経済活動を模索するようになってから自然発生した自警団の一つのようなものだった。

 大陸に位置する第一市から第五市は、比較的肥沃な農地を領内に持ち、少なくとも飢えることは無かったが、南方のリゾート島に位置する第六市は十分な食糧生産が確保できなかった。


「食うに困った連中が、どうしたと思う?」


 その武骨な性質に反して案外に歴史に詳しいシュウに驚いていると、そんなことを問いかけられる。


「もちろん、食料の輸入です」


「だが、カネがねえ」


「……そもそも共通通貨がありませんね」


 シュウは頷く。


「だから、機械を売ったのさ。リゾート建設用に山ほどおいてあった機械、特にエンジンだな。それと、資材だ」


 政府崩壊初期に、遥か南方で戦乱を逃れていたことが、それらを安全に保存することにつながったのだという。

 大陸の戦乱は激化し、金属や燃料の需要は跳ね上がった。

 やがて、そうした資材の輸出と平行して工業化が進み、工業品の生産と輸出も始まった。


「――ものが作れるようになると、今度は、資源が必要になりますね。資材を輸出してる場合じゃない」


「その通り。そこも第六市はついてた。海路は輸送費も安く納期が安定してる。加工貿易都市ってやつだ」


「……少し分かってきました。つまり、出たんですね、その海路に、海賊が」


 大陸南部の有象無象の武装勢力のうちの一部は、内陸での山賊行為よりは第六市を中心とした貿易路での海賊行為の方が実入りが多いことに気づいたのだ。


「そういうこった。ってことで、私設の自警団なんてものができたわけだ。それが俺ら、ランダウ騎士団。どこにも所属しない義賊。海賊を狩る海賊」


 第六市の正規防衛軍ではなくあくまで私設の自警団――正義を守る騎士団――を名乗ったのは、第六市が非武装中立であることを取引先の全勢力に示すとともに、惑星を宇宙から領有するマカウ国に対する恭順を表すという一面もあった。第六市は戦乱に参加せず、いずれマカウによる平和的な統治を望んでいたのである。

 そして、ランダウ騎士団は、大陸南岸に巣くう海賊集団をひたすらに襲い、その略奪品で生計を立てる海賊専門の海賊となったのだ。

 略奪品の大半はランダウ騎士団の運営費用として消えていくが、一部は第六市にも届けられる。その中でもっとも多いのは、『捕虜』である。


「つまり、奴隷ですね」


 アルフレッドがうわさに聞いていたことを確認すると、


「人聞きわりーこと言うなよ。ちゃんと給金は払う。人並みに暮らせる権利もある。作ったものは端から売れるんだ。人手はいつも足りねえらしい」


「女はまた違う使い道があると言いましたが」


「……まあ、それは否定しねえ。何しろ値が付く。だが、安くは売らねえよ。女には――産んでもらわなきゃならねえ、ってのが第六市の意思だ」


「無理やり産ませるということですか」


 アルフレッドは、『生産工場』として扱われる女性たちへの非道を想像して、嫌悪感を露わにする。


「……まあ、そうだな、俺らの悪評を聞いてりゃ、な。だが誰とも分からねえ相手の子を産ませるなんてことにはしねーよ。ちゃんと、責任のとれる男をあてがう。本人がその気になるまでは無理強いはしない。人を増やすのは気の長い話だ、一年二年を惜しんで無茶を通すのは、結局は割が合わねえ」


 と、あくまで損得勘定の上で、というていで、シュウは語る。

 そう聞けば、第三市周辺の小さな村で山賊により毎日起こされている悲劇に比べれば、よほどマシだとさえ思える。

 この星の上でまともに人権が保たれている場所など、もうどこにもないのだ。


 そう、それが守られていると思っていたディエゴ・デル・ソル大学でさえ、ついに過激派が暴力をかざして権利の制限を宣言したように。


***


 アルフレッドたちは、捕虜用の船倉ではなく兵員房に居をあてがわれていた。

 シュウとの会見を終わらせて戻ったアルフレッドは、彼の語ったランダウ騎士団のあらましを四人に話して聞かせた。

 義賊とは言えないまでも、市民の生活の防衛のための戦力というのなら、正統政府軍や新同盟軍となんら変わらない。ただ略奪と殺戮を楽しむ集団では無い、という事実は、彼らの良心を悩ませる問題を一つ解決した。

 会見の最後に、ランダウ騎士団がこのウィザードたちを戦力として受け入れ生活だけは保障する、とシュウが宣言したことをアルフレッドが伝えると、安堵の空気が広がった。

 ともかく、安住の地を得たのだ。

 もちろんそれは、惑星につながった地面の上ではなく水上に浮かぶ船の甲板の一画に過ぎないのであるが。


 第一遊撃隊の巨大な母船は大量の捕虜たちを第六市に運び込む航路を取ることになった。

 約二日の行程ではあるが、久しぶりに平穏な生活が戻ってきた。その一日目が終わる夕暮れごろ、アルフレッドとシャーロットは、二人で並んで船首の見える甲板上の荷箱に座っていた。

 夕方の船上格闘訓練を終えて一息つき、どちらからとも無く二人はそこに座っていた。


「……ありがとう、アル」


 シャーロットも久しぶりにエクスニューロを外している。


「ああ、えー、何が?」


「アルが交渉してくれなかったら……この船……乗れなかったから……」


「ああ、いや、それだったら僕のほうこそ礼を言うべきだ。君の能力が無ければ、僕は良くて奴隷か、あの場で隊長たちにリンチを受けていたかもしれない」


「うん、でも……あたしの力は……これ……」


 今は何も装着されていないエクスニューロのコネクタを左手でなでる。


「いや、怖がらずによくがんばってくれた」


「怖いけど……みんなを……アルを……助けられるなら……」


 伏目がちにそう言う彼女を、アルフレッドは、守ってやりたいな、と思う。実際には、エクスニューロを着けた彼女に守られてばかりなのだが。


「明日には第六市だ。君は船を下りるんだ。隊長には上手く説明する。君は特別だから、むやみに前線に出すべきじゃないとかなんとか、ね。君の未来予知に近い力は、むしろ後方支援になるだろうと思うし」


 アルフレッドの言葉に、シャーロットは首を横に振った。


「……そば……守りたい……だめ?」


 その少ない言葉に込められた彼女の想いを、アルフレッドはどのように受け取っただろうか。

 しばらく、小首を傾げた彼女の顔を見つめていた彼だが、小さなため息をついてうなずいた。


「……分かった。だけど、そしたら君はエクスニューロを着けることになる」


「後方支援もそう……でしょう? アルは優しい。あたしがあれを使わずに済む方法を考えてくれてる……でも、あれはあたし。みんなを守るために……受け入れるって決めた。……アルにも受け入れて欲しい」


「どうして……君はそんなことする必要は……」


 とアルフレッドが言いかけるのを遮るように、


「ごめんね、アル……ちょっと怖いこと、言う。あたし、怖いの。自分が死ぬのが怖い。自分が死ぬくらいなら、みんな死んじゃえって思えるくらい。みんな殺しちゃえばあたしは生きられる。だったら殺しちゃえ」


 アルフレッドの姿が、シャーロットの瞳の中で揺れている。


「……それが、ほんとの、あたし。機械のせいなんかじゃないの」


 シャーロットの告白は、しかし、アルフレッドにとっては全く意外でもなんでもなかった。

 臆病で怖がりで、逃げるために戦っていたのだから。

 そんな矛盾した存在だと、アルフレッドにはもうずっと前から分かっていた。


「なのに、撃った相手がいつもと違ったからって。あんな風に取り乱して。いい人のふりして。奪った命は同じなのに」


 そして彼女は、何かこみあげてくるものを飲み込むように、言葉を切った。

 数舜の沈黙が、二人の間を通り過ぎていく。

 やがて、シャーロットは息を吸い込み、言葉を連ねる。


「これからも、きっと、同じことをすると思う。でもこれからは、あたしの意思で。誰かの命令だったからだなんて、逃げないって決めたの。誰かの命令を、殺したい自分の言い訳にしない」


 しかしアルフレッドは、その言葉を、受け入れなかった。


「僕を死なせないために引き金を引いてくれるのなら、僕は受け入れる。君が一人で背負うというのなら、許さない」


「……え?」


 彼女の顔に浮かんだ決意のような表情は、ただの困惑の表情で上塗りされる。


「僕にとって、君の命は他の誰よりも重い。君の命を助けるためなら、たとえアユムだって殺して見せる」


 いつかの自問自答を思い出しながら。

 セシリアとの約束を思い出しながら。


「だから、君にも、僕の命を守るために」


 それはあまりに惨い願いだった。

 だが、アルフレッドは、それを背負って、進むと決めたのだ。

 あの殺戮を、共に背負うと。

 右手の傷が、ズキリと、痛む。


「君の命の天秤の片側に、いつも僕が乗ってる。そうしてほしいんだ。……いいだろう?」


 いつの間にか、シャーロットの双眸からぽたぽたと涙がこぼれている。


「結果としてはうまくいかなかったけれど。あれは、君が、僕らを守るためにやったことだ。完璧に、完全に、どんな任務でも実行できることを、示さなきゃならない初戦だった。どんな非道な命令にも従う従順な兵士だと思われなきゃならなかった。事実あのあと、君は彼らの英雄だった。完全に受け入れられた瞬間だった。そうしなきゃ、無能の烙印を押された僕はきっと捨てられただろうし、アユムたちは生きたまま解剖されていただろう。いいんだ、僕らを、言い訳にしても。命の重さは、同じじゃ、ない。だから――」


 論理は得意だ。

 あの殺戮を正当化することはたやすい。

 そんな言葉であれば、いくらでも出てくる。

 けれど、次の一言を――感情に任せた一言を口にするのは、大きな試練だった。


「――僕を、守ってくれ」


 言い終わったときには口の中がカラカラになっていた。


「でもあたしは死なないためならきっとアルも殺しちゃう」


 こぼれる涙を拭おうともせず、シャーロットはきっぱりと言う。


「いいとも。……いや、それは困るな。困るけど、それならそれで、しょうがない」


 アルフレッドは、緊張の反動で、少し頬を緩めた。

 それを見たシャーロットも、袖で乱暴に目元をぬぐって、頬を上げた。


「……ごめんね、嘘、言った。きっと、アルは殺せない。アユムもセシリアもエッツォも。なんでだろ……」


「……僕も嘘を言った。きっと、アユムは、殺せない。理由は、分からない。分からなくても、僕にとって、他の命より大切な命がある。同じだ。だから僕もきっと、君たちのために、いくらでも銃弾を準備する。それが誰かの命を奪うことを知ってても」


 自分が送り込んだ弾薬や、自分がきれいにそろえた書類が、最前線で誰かの命を奪っている。考えもしなかった。でも、それが現実だった。なぜ、彼女たちにそんなものを全部押し付けていたんだろう。

 だからそれも含めて、自分が背負わなきゃならない、と思った。


「僕がもし嫌になったら、弾薬を止めるよ。そしたら、君の弾倉はからっぽになって、全部終わる。それまでは、僕の意思で、君がトリガーを引いてほしい」


 しばらくアルフレッドの瞳を見つめていたシャーロットは、ぽつりと、つぶやくように。


「からっぽになるまで」


「ああ、からっぽになるまで」


 アルフレッドもつぶやくように返した。


「……あたしはもう、からっぽじゃない」


「……僕もだ」


 アルフレッドが言うと、シャーロットは儚げに微笑み、首を縦に振った。

 夕日が反射する彼女の栗色の髪が黄金に輝いたように見えた。


挿絵(By みてみん)


***


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