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マリアナの女神と補給兵――硝煙の魔法と起源の魔人――  作者: 月立淳水
第一部 マリアナの女神と補給兵

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第一章 知の砦の硝煙の魔法使い(2)


 現れた女性は、おそらく同年代くらい、身長は百六十センチメートルそこそこで、平均的な肉付きではあるが、何よりアルフレッドの目を奪ったのは、飾り気の無い白を基調とした上下そろいの船乗りのような出で立ちと、その左耳の上についた、厚さ一センチメートルほどで縦に長い台形の妙な機械であった。


「何かご用かな」


 様々な疑問は湧くものの、いったん事務的にアルフレッドは彼女に語りかけた。


「私はここに入る必要がある。許可を」


 彼女は最小限の単語を並べて応える。

 入る必要? まさか、敵軍が攻めてきたのか?

 そんなはずは無い。

 第三市東部ルーラルでは、河川東岸まで敵を追いやったばかりだと言うのに。


「ここは緊急時のシェルターだ。一般の人は入れない」


「私は軍属」


 またも短く、彼女は身分を明かす。

 上下そろいの出で立ちは、軍服の一種なのか?

 こんな制服を使う部隊があっただろうか。


「では、任務を教えてくれ。ここに入る任務」


 アルフレッドが問うと、一瞬、女性は考え込むそぶりを見せた。


「正当な任務の存在は否定。これは私個人の要求」


「では、だめだ」


「行かねばならない」


「だめだ」


 二度の押し問答の末、女性はかまわずに歩を進め始めた。

 アルフレッドは、その前に立ちはだかる。

 単なる未成年補給部隊とは言え、彼の体躯は身長百七十七、体重七十一。若くたくましい筋肉にとって、このような小娘を力づくで止めることなど造作ない。

 通ろうとする彼女を、右腕でふさいだ。

 気づくと、まるでそこに右腕が来ると分かっていたかのように、彼女がその右腕を取っていた。

 しかしアルフレッドも体技にはほどほどに自信があった。

 新兵適正試験では、体技テスト二位だった。

 取られた右腕をくるりと返して相手を逆手にし、そのまま組み倒す技がある。

 そう思った瞬間、彼が腕を返そうとした方向に女性は滑っていた。

 ならば、と思い、右腕をつかむ彼女の左腕に、さらに左手で掴みかかる。

 だが、そう思った瞬間、左手を出そうとする体重移動に合わせて右腕をひと押しされる。

 あっ、と思った直後、彼は、天井を見ていた。

 すぐに女性が馬乗りになって、いつの間にか左手に持っているナイフを彼の首筋に突きつけた。


「同僚兵士を殺害することは許されない。投降を」


 間近に見ると、はっとするような整った顔立ちだった。

 これだけの戦闘技術を持ち、おそらく多くの戦いを経験しているだろうに、その肌には傷一つなかった。

 アルフレッドはあまりのことに、恐怖を感じなかった。

 それよりも、彼女の左耳についた不思議な機械が気になって仕方がなかった。

 首筋に突きつけられたナイフよりも。

 無意識のうちに手が伸びていた。

 手を伸ばそうとも思っていなかった。

 自分の手が伸びていたことさえ気づかなかった。

 彼の右手は陽炎のようにふわりと浮かび上がる。

 不思議な機械は、すぐに彼の手の中に納まった。

 左右に軽く力をかけると、左に力をかけたときにカチャリと何かが外れた。

 それは無機質な外観とは裏腹に、不思議な熱感と、何か鼓動のようなものを吐き出しているように感じられ、それを持つ手に一瞬意識を奪われ――


 その瞬間、首筋のナイフが震えだした。


 そのとき、彼は初めて恐怖を感じた。


 冷徹な機械を相手にしていたような雰囲気が一変し、そこには、生々しい人間の感情のほとばしりがあり――そのわずかな震えが一瞬で彼の命を奪うように感じられたのだ。

 自分でも驚くほどの悲鳴を上げて、女性を突き飛ばしていた。

 彼女は二メートルも飛んで、床に転がる。

 ナイフはさらに三メートルも舞い、ちょうど先ほどの暴かれた補給ボックスのそばに落ちた。

 ようやく平静を取り戻して起き上がり、そして見たのは、両手両膝を突いて座り込み、ぽたぽたと涙を落としている女性の姿だった。


***

挿絵(By みてみん)




 息を整えて、半ば這うように女性のそばに近寄る。

 女性はすぐに気付き、顔を上げた。


「あっ……ごっ、ごめんなさい……本当に……」


 先ほどとはまるで別人のような表情で、彼女はまた二つぶ、涙を落とした。


「その、どうしてもこの奥に行かなくちゃって……そればかり考えてて、その……怖い思いさせて、本当にごめんなさい」


 これが、先ほど、何が起こったかも分からぬうちに自分を組み伏せた女だろうか?

 アルフレッドは信じられないでいた。

 だが、その栗色の髪と緑の瞳は、間違いなく彼女本人であることを示している。

 そう、今、自分が右手に持っている不思議な機械の有無を除けば。

 だが今の彼女は――当初感じた冷たささえ感じる美しさとは対照的に、あまりに脆く、目を離せば消えてしまいそうな、儚い美しさがあった。


「僕はアルフレッド・レムス。君は?」


 一瞬、意識を奪われていたアルフレッドは、すぐに気を取り直して、敵意が無いのなら、まずは名乗ろう、と思った。


「……シャーロット・リリーです」


 彼女、シャーロットは、そう言ってから、袖口で涙をぬぐった。


「軍属と言ったね、どこの部隊に?」


「私は……あの、その、……言えません」


「だけど、曲がりなりにも正規兵士の僕をひねり倒したんだ、報告する義務がある」


「そっ、それだけはどうか……本当に謝ります、なんでもします、だから、お願い……」


「だったら、まず本当のことを話してもらおう。たとえばね、君が実は学生だって言うのなら、むしろいくらでも目をこぼせると思う」


 おびえて震えているシャーロットを怖がらせないよう、アルフレッドはむしろ微笑を浮かべて彼女に再度問うた。


「軍属……というのは、本当です。でもその……」


 言いよどんでいる彼女を見て、アルフレッドにひらめくものがあった。

 そうか。

 確かに、こんなに若い女の子だ。


「……逃亡兵、か」


 凄惨な戦場から逃げ出したくもなるだろう。


「あの……は、はい」


 彼女は小さくうなずいた。


「あたしたち……皆殺しにされるんです」


「前線に出ればみんないつかそうなる」


「怖くて、怖くて……」


「未成年なら後方に配置換えしてもらえるだろう」


「……十九……」


 そうか、その歳では、一旦前線に配置されてしまえば、よほど適正が無いなどの理由がなければ後方には戻されないだろうな。

 何より、この僕を一瞬で組み伏せた戦闘能力、最精鋭としての活躍を期待されているだろうな。

 その精神の弱さと技量の高さのアンバランスを、アルフレッドは不憫に思った。


「あたしたちを殺すのは、ミネルヴァの誰かなんです」


 思索の合間に聞こえてきたその言葉に、アルフレッドは息を詰まらせた。

 ミネルヴァの兵士を、ミネルヴァの誰かが皆殺しにしようとしている、だって?

 さすがに聞き捨てならない。


「誰が誰を殺すだって? ミネルヴァの誰かが? 前線の兵士を皆殺しにするんだって?」


 敵国のスパイか。

 気付かれぬよう潜入したスパイが、前線崩壊をたくらんでいるのか。


「ううん、殺されるのは、私と、……『ウィザード部隊』のみんな、なんです」


 アルフレッドは、その聞きなれぬ部隊名に、首を傾げる。

 ウィザード部隊とは、何のことだ?

 彼女の戦闘能力を見ればわかる。

 おそらく、潜入戦闘に特化した特殊部隊だろう。

 軍属の僕も知らぬ秘密部隊か。

 ――ウィザード。魔法使い。

 まさにその名の通り、魔法のような戦闘技量。

 そんなものが前線に出ていては、確かに敵も苦しかろう。

 では、敵のスパイはそのウィザード部隊を壊滅させることで戦況をひっくり返そうとしているのか。

 ふと、シャーロットの視線が、自分の右手に注がれているのに気がついた。

 先ほど、彼女の左側頭部からもぎ取った、謎の機械が握られている。


「本当のことを言うから、お願い、あたしが漏らしたって言わないで。ウィザード部隊は、その機械……『エクスニューロ』をつけてるの。それがあるから、相手の体幹バランスのわずかなブレとか、隠れて撃ってくる敵兵の正確な位置とか、そういうのが分かるの……」


「そんなものが?」


「大学が開発したの、実戦投入は、あたしの入隊の少し前らしくて」


 言われてみれば、一時は第三市境界にまで新連盟に押し込まれたミネルヴァは、この一年ほどで数的劣勢を押し返して、東のルーラルをほぼ占領する勢いだ。

 陰で、そのウィザード部隊とやらが活躍していたのだとすれば、この突然の反攻は、説明がつくかもしれない。


「それが無いとあたしは本当に無力で……死ぬのは嫌で……もう逃げるしかなくて……」


 アルフレッドの目の前にいるのは、本当に、ただ死を恐れる小さな少女にしか見えなかった。

 僕はどうすべきだろう、と考える。

 模範的軍人としては、逃亡者を逮捕し、突き出さねばならない。

 裁判になるだろう。情状は認められるだろうか。

 でも、ウィザード部隊を潰そうとしているスパイだかなんだかは、その裁判にも影響を及ぼせるかもしれない。

 ただ死を恐れて部隊を飛び出した少女は、見せしめも兼ねて無残にも銃殺刑にされてしまうかもしれない。

 そうなったら後味が悪いな、とも思う。

 特殊部隊だかなんだか知らないが、隊員の一人くらい行方不明になってもいいんじゃないだろうか。

 戦争では良くあることだ。

 彼自身の父も、遺体さえ発見されなかった。

 もしかすると、同じように死を恐れて前線から逃亡したのかもしれない。

 そう思うと、シャーロットのしようとしていることが、突然、許されることのように思えてきた。

 端末を取り出し、先ほどの補給ボックス補充レポートの『一部欠損』の符号を、『全損』に書き換える。


「さっきのナイフと、このエクス……なんだっけ、これと、あと、銃を持ってるかい? ああ、それを渡して。一旦僕が預かる」


 アルフレッドは震える手で差し出された銃を受け取り、立ち上がって、補給ボックスのそばのナイフを拾う。

 そして、エクスニューロと銃とナイフを、まとめて暴かれた補給ボックスに放り込んだ。


「この場所は目立つ。……そうだな、旧校舎に行こう。あっちは補給や警備の見回りも少ない。食べ物や必需品はこの補給ボックスの中のものでしばらくは大丈夫だが、足りなくなったらくすねてきてやる。さ、行こう。身を隠すなら早いほうがいい」


 アルフレッドは右手を差し出した。

 シャーロットは再び涙を落とし、何度もありがとうと言いながらその手を取った。


***


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