第三章 掃討作戦(4)
手入れの行き届いていない雑木林の中に、かろうじて人が通れる道がある。
これが、今回制圧予定の武装勢力の村へと続く道だ。
位置は、第一市北東部。
ウィザードであるセシリアともう一人の斥候が先に行き、この入り口を見張る歩哨がいないかを確認しながら進む。
武装勢力は、何度も、第一市、第二市の北部の農村に対する略奪行為を行ってきた、盗賊みたいな連中らしい。
全員逮捕が理想だが、銃で武装している以上、射殺もやむなしと通達されている。
武装勢力の村までのその細い道のちょうど中間点、ここが、最初の行軍目標だ。狙撃銃を肩に掛けて待っていたセシリアと斥候も合流する。
ここで二手に別れ、今度は道のない山中をゆっくりと進んで、村の両側から奇襲をかける作戦だ。
ウィザード部隊は、その他の中隊直属部隊とともに、中隊長の命令領域内をついて行く。
煙を出さずに摂れる糧食で休憩を取り、仮眠を取ってから、再び行軍を開始する。
夕刻、もう日は沈んでいる。
手入れのされてない山中の行軍は遅々として進まないが、この分なら、ちょうど夜半に村の見える位置に出ることができるだろう。
夜襲開始は、きっちり、一時と決めてある。
中隊総数約百五十、半分に分けてそれぞれ七十から八十だが、それが両側から攻めかかれば、非正規軍隊の山賊など、ひとたまりもあるまい。
そのとき、ウィザードがどのように手柄を立てるか。今後彼らの待遇を決める、重要な一戦となろう。実のところイバン中隊長ははっきりとこの戦いが最初の俸給を決めるだろうと口にさえした。
村の小さな明かりが見えてくる。
略奪で得られるわずかな燃料から得られる電力は微々たる物なのだろう、深夜に明かりがついているのは一箇所だけだ。
その一箇所は、村の入り口を照らしている。
不正な侵入者への対策だ。
暗くて見えなくなっているどこかに、歩哨がいるだろう。
作戦位置まで音を立てないように移動する。
零時五十一分。作戦開始まで九分。
ウィザード部隊は、手に持った銃のカートリッジとその予備を再確認する。可動部を一通り手動で動かし、引っ掛かりの無いことを確認する。
アルフレッドも真似をして確認するが、自分が撃つ銃弾が相手に命中するところを全く想像できない。
その音が止むと、村の脇の山中は再び完全な静穏となった。
この作戦では、あえてウィザード部隊を前面に出す、とのことだった。
ウィザードの性能評価の側面が強い。
彼らにとっては、ウィザードがそれだけの性能を持っているのなら、中隊に被害を出さずに制圧できるし、もしそうでなくウィザードが返り討ちに遭うようなら、もともと過大評価に過ぎなかった、そう結論するつもりなのだろう。
その意図をアルフレッドは正しく受け止めていたが、不思議と、あの四人が山賊ごときにかすり傷でも負うような気がしなかった。
五十九分。
あと一分で作戦開始だ。
村は相変わらず静かだ。
ゆっくりと時計の針が進む。
そして、その時刻を指した。
「作戦開始!」
イバン隊長が号令を下すと、ウィザード部隊は一斉に飛び出した。
そして、見えてもいないひどい足場をぴょんぴょんと華麗に駆け下りていく。
アルフレッドはそのあとについていくのが精一杯、どころか、何度も足場の無い草地に足を取られてどんどん置いていかれた。それは、後ろの一般兵も同じだった。
確かにこれだけ足場が悪ければ、周囲の斜面の警備はゆるいだろう、と納得する。
しかし、これではウィザードたちが極端に突出してしまう。
歩哨が音に気がつき、大声で叫んだ。
気付かれたと分かった四人は、一斉に銃に取り付けたサーチライトを点灯させ、敵地を光の中にあぶりだす。
いくつもの三角屋根の粗末な小屋が並んでいる。三十近くはあるだろうか。確かに、村と言っていい規模だ。
それぞれの小屋に一斉に明かりがつき、いくつかからはすぐに銃を持った男が飛び出してきた。
銃口がこちらを向いているのに気付いたアルフレッドは思わず頭を下げる。
とたんに、闇の中にオレンジの弾丸の飛跡が連続して飛ぶ。夜間戦闘用の曳光機能つき弾のようだ。
ウィザードたちは一旦立ち止まっている。
オレンジの光とその間に混じる見えない弾丸を、わずかな動きで避けながら、正確に銃を構えている。
「応戦許可を」
その声は、シャーロットのものだった。
ようやく地声で命令の届く位置にたどり着いていたイバンは、すぐに応えた。
「敵全員、火器で武装、抵抗の意思強しと判断、発砲を許可する! 徹底的に無力化せよ!」
その声が向こうに届いたとたん、合わせて四つの光が破裂音とともに生じ、その先に立っていた男をいとも容易く倒していた。
さらに、サーチライトで別の男を照らし、照準を合わせ、撃ち倒す。
彼らも馬鹿ではない、突っ立っていては的だと気付き、すぐに障害物に隠れる。
襲撃に備えたバリケードのようなものさえ用意している。
その影から伸びてくる無数のオレンジの弾筋をこれまた最小限の動きでひらひらとかわしながら、四人はさらに敵に肉薄していく。
駆けるアユムが、突撃銃で物陰の男が突き出していたサブマシンガンを見事に撃ち落とす。
シャーロットは正面から突っ込み、バリケードを跳躍で飛び越えて、背後から隠れていた三人を撃ち倒す。
エッツォは比較的弾幕の薄い左翼へと回り込み、障害物から体を不用意に出す敵を一人ずつ倒していく。
セシリアはシャーロットが突進で弾幕を引き付けているのを見て、手ごろな凹地に伏せ、狙撃銃を構える。何度か火線が銃口から伸び、大きなテーブルに隠れている敵を、テーブルのわずかな板の継ぎ目から狙い撃って倒す。
セシリアの横にいたアルフレッドは、全く見事なものだ、と、惚れ惚れとしてその様を見ている。
そして、敵の銃口のすべてをウィザードがひきつけているのに気付き、立ち上がって、自らも一気に間合いを詰める。
そのようなことをイバンは期待していないだろうが、なんと言うか、ウィザード部隊のマネージャーとしての見所くらいは見せておきたいところなのだ。
ついに敵方から、逃げろ、と叫ぶ声が出た。
もはやかなわぬと観念しただろう。
「絶対に逃がすな! 一人でも逃がせば次の次の犠牲者が出る!」
イバンは相手の声に対抗して叫ぶ。
ウィザードほどの機動力は無くとも、向こうの斜面からも中隊の半分が迫っているのだ、逃げ道はあるまい。
山賊の小屋のいくつかから、バタバタという音が聞こえる。
おそらく裏口から逃げようとしている。
「ロッティ、裏だ!」
アルフレッドは叫び、自らもシャーロットが切り開いた宇宙一安全な小道を駆ける。
小屋の裏では、予想通り、裏口から逃げようとする盗賊どもがいた。
先を行くシャーロットの姿を見るや拳銃を構えて発砲してくるが、その弾丸はシャーロットの体をどうしても捕らえられない。
シャーロットは躊躇せずに男に弾丸を叩き込み沈黙させる。
まだ人影が二つ見える。油断はならない。
同じことを考えただろうシャーロットのサーチライトがその人影を照らした。
そこに現れたのは、五歳くらいの男の子とその母と見られる女性だった。
シャーロットの銃が上がるのが見える。
まさか。
驚きで喉が詰まる前に、アルフレッドはありったけの声を振り絞った。
「やめ――」
その声が終わる前に、二つの銃声が重なり、母子は深い草の中に倒れ伏した。
アルフレッドはあわててそこに駆け寄ろうとする。
しかし、シャーロットの横を通過できなかった。
彼女が、最小限の力でアルフレッドの進むのを阻止したのだ。
「アル、まだ敵がいる。前に出ては危険」
「馬鹿な! あれは女性と子供だった!」
「敵は全員武装、一人も逃がすなとのオーダー」
別の扉が開き、再び、一人の女性。何かを抱えている。
シャーロットは、二度、引き金を引いた。
まさか。
そんな馬鹿な。
一人の女性に、二度?
違う。
抱えていたあれは、まさか。
後ろから他のウィザードが追いついたのに気付く。
知らず知らずのうちにひざまづいていたことにアルフレッドは気付く。
「アル、どうしたの」
「ロッティが、非戦闘員を――」
彼が言う間も、シャーロットは新たに二人を射殺した。若い、男と女。
アユムが、シャーロットの右腕に飛びつく。
「やめなさい、ロッティ。相手は武器を持っていない」
「イバン隊長は全員武装と言った。制圧の中止命令は無い」
言うと同時に、見事な体捌きでアユムを仰向けにした。
同じように飛びついたセシリアとエッツォも同じ運命をたどった。
アルフレッドは、すべてが終わるまで、指一つ動かせなかった。
===
作戦は、『最大限の効果』の評価で幕を閉じた。
掃討部隊の被害は、死者ゼロ、負傷者ゼロ。使用弾薬数は、通常の同等作戦における使用数の六分の一。
現地暫定作戦評価ミーティングをしている向こうで、村が燃えている。
結局、小屋に隠れた山賊をあぶりだすために、何発ものナパーム弾が撃ち込まれた。
たまらずに飛び出してきたものは、一人残らず、シャーロットが倒した。
ありていに言って、皆殺しだった。
「ウィザード部隊の尽力に感謝する。まずは、早々に帰投行軍を開始しよう。これから十分間の準備時間の後、行軍開始!」
イバンはアルフレッドを含めた五人の前で彼らをねぎらい、それから号令をかけた。
隊員たちは、たいして使いもしなかった銃弾薬を行軍サックに安全に収め、いそいそと帰り支度を始める。
笑顔で戦果と無事を喜び合う声も聞こえる。
木と、油と、……タンパク質が焼ける匂いの中、彼らは、帰ったらまずい糧食からしばし卒業だ、と笑い合っている。
そんな中、ウィザード部隊の誰もが、呆けていた。
東部でミネルヴァと新連盟の小競り合いばかりを経験してきた彼らにとって、非戦闘員が関わる戦闘は初めてだった。
そしてその初めての戦闘で、非戦闘員も含めて皆殺しにしてしまうという悪夢のような経験をしてしまったのだ。
笑ったり冗談を飛ばしあっている周りの兵士たちは、一体何者だ?
目の前で、抵抗するでもない人々が殺されたんだぞ?
僚友がそれをやったんだぞ?
彼らにとって、『武装勢力の掃討』とは、つまり、こういうことなのか?
様々な疑問がアルフレッドの心の内に湧いてくる。
まだ震える体を支える心には、シャーロットの無表情がむしろ頼もしかった。
やがて、準備のためのわずかな十分は過ぎ、兵士たちは立ち上がった。
前に進む心の準備の済んでないアルフレッドを残して。




