第一章 知の砦の硝煙の魔法使い(1)
マリアナの女神と補給兵 ― 硝煙の魔法と起源の魔人 ―
■???
それは、人知を超えた、新たなる力の産声。
あるいは、硝煙と血にまみれた、希望の孵化。
『やめ――!』
補給兵の悲痛な叫び声に、二発の銃声が重なる。
倒れる二つの影を一瞥もせず、その瞳に冷たい光をたたえた魔法使いは次の目標に銃口を向ける。
身を盾にしてでも――そう思う補給兵の体は、恐怖と絶望に、動かない。
それが、希望の誕生の瞬間だった。
しかし――。
彼女にあったのは、ありふれた物語だった。
どこにでもある悲劇だった。
奪われた空の下で地を這いずり、ただ生きるためだけに泥をすする者たち。
生きる意味を求め、死を思う、からっぽな生き物。
血にまみれながら、魔法使いは、道を拓いた。
人々の希望と絶望を虹色のカーテンに見ながら、未来の虚像へ向けて、そっと弾丸を乗せる。
彼女はそれだけで、自らの未来を切り開く。
いつか、全人類の未来を切り開く日に向けて。
それは、時を経て人類を導く神々がそこに宿り――神々自身が消去した記録。
だから私は、心に落とすことにした。歴史の証拠としてではなく、二人の心あるヒトの物語として。
……では語ろうか。まずは、彼らを地上に縫い付けている、空から見下ろす者たちの物語から――
■第一章 知の砦の硝煙の魔法使い
「閣下、報告がまとまりました」
この場所――地上百万キロメートルの軌道上の『総督府』で『閣下』と呼ばれるものは、一人しかいない。ネイサン・アスター総督。
宇宙帝国、大マカウ国から派遣された惑星マリアナの総督である。
「聞こうか」
短く答えるネイサン。
「新マリアナ連盟との戦線をにわかに押し返したミネルヴァ軍ですが、その――新型兵器を導入したと見られます」
「詳細」
「しょ、詳細は不明ながら、新兵器部隊は、『ウィザード』と呼ばれているとのうわさに近い情報が。その、まだうわさでございますが」
鋭い問いに、報告者は、不確実な情報を渋々口にするが、苦慮の表情がありありと浮かんでいる。
一方、それを聞いたネイサンは、テーブルの端に座っている、セバスティアーノ・ニコリーニにちらりと視線を送った。セバスティアーノも、意味ありげにうなずく。
「よい。正統政府は」
「周辺掃討に相当な軍を出しておりますが、マリアナ川を越えてミネルヴァ側に進撃するそぶりはなく」
「ご苦労。ウィザードの正体は探らなくともよい。戦線の動きだけ注目し、次回定例に報告したまえ」
ネイサンのその言葉に、報告者は心底ほっとした表情を浮かべ、一礼して退室した。
その出て行った無機質な扉をしばらく見つめていたネイサンは、セバスティアーノに目をやる。
「ニコリーニ君。君の勘は、冴えていたようだ」
「は。あの学者集団、ミネルヴァは、たびたび妙なことをしておりましたので」
セバスティアーノは、へりくだるでもなく、ただ、自身の慧眼を認めた。
「連盟が押し、いよいよ命運尽きるかというタイミングで、何かを持ち出しては戦線を押し返す。いずれ、連盟を圧し潰すほどの何かを持ち出してくるやもしれん、と君は言ったかな」
「はい、『ウィザード』がそれであるかは分かりませんが。何しろ目撃者がおりません。対峙したものは皆殺しにされます」
その言葉に、ネイサンはひきつけを起こしたような低い笑い声を漏らした。
「おるではないか。ニコリーニ君」
「は、はっ、その」
セバスティアーノは、ちょっと苦笑いして言葉を濁した。
「大胆なことをしたものだ。手のものに手術を受けさせ強化兵――ウィザードとして潜り込ませるとは。グッリェルミネッティ商会の尽力を疑ったことはないが、そこまでやるとはな」
「なにぶん、商会本部には無断のことにて、しばしご内密に」
ネイサンは、それに苦笑で応じた。
宇宙帝国による統治を補助する、再開発事業の委託先。あくまでその責任は、資源開発企業の破綻に伴い荒廃した惑星表面の産業再構築である。
だが、他の破綻資源惑星の例に漏れず、惑星マリアナの表面は、戦乱状態に陥っている。
崩壊した政府の後継者を決めるための内戦が複雑な化学反応を起こして、地上波数多の勢力が割拠する混乱に陥っていた。
「事実、どうなのだね、その強化兵とやらは」
ネイサンの鋭い問いに、
「決して狙いを外さず、敵の弾の当たらない兵士」
セバスティアーノは、短く答える。
「といって人間の能力には限界があろう」
「ゆえに分隊以上の単位で運用されているようで。無敵の軍団などではありませんが、戦況は変わりましょう」
それを聞いて、ネイサンは少し不機嫌そうにため息をついた。
「ではまだ長引くな。忌々しい。だが、ニコリーニ君、君が見つけたかった『商材』はこれで十分だろう?」
「閣下、お人が悪い。私どもは努めて、閣下のお役に立つことが第一でございます。たとえ役立ちそうな副産物があろうとも、惑星一つの再開発という当社の役割を違えることはございません」
「くっくっ、分かっておるよ、だが、まあ、本部に内密で、な」
そう言われると、見透かされていることを認めるしかない。
セバスティアーノは、本部から託されたネイサンの補佐と再開発の差配という目的とは別に、待ち続けているものがあった。
それは、しばしば、荒廃した惑星で不意に見つかる、思いもよらなかった宝物。
開拓期に持ち込まれた膨大なレアメタルの塊、手つかずの地下資源、そういったものが、稀に見つかる。
見つければ大手柄だ。
そしてセバスティアーノは、それらしきものを見つけた。
ミネルヴァ、第三市という大陸中央の都市の大学から発した、学術の自由を標榜する新勢力。
思いもよらぬ科学技術が生まれる、そう直感した。
その動向を注意深く見守り、大学に調査員も配置し――。
ようやく、ウィザードという宝物にたどり着いたのだ。
――しかし、彼には、これが終わりに思えなかった。
ウィザードには、まだその先がある――。
その直感を信じ、彼は、モニターから見える荒れ果てた地上、第三市、ディエゴ・デル・ソル大学のある辺りを、未来を見透かそうとするように見つめた。
***
アルフレッド・レムスは、ディエゴ・デル・ソル大学図書館の奥、大きな鉄製の本棚兼バリケードを力強く引き開ける。
いざというときのための篭城拠点であるこの場所は、普段から開放されているため、時折、物資を盗み出す不届き者がいる。
犯人は知れていて、大学の学生に決まっている。
学内での宴会でつまみが足りなくなると、ここに来て軍需物資を持ち出す馬鹿な学生が絶えないのだ。
だから、補給部隊所属のアルフレッドは、大学中のこうした篭城拠点を巡回しては、不足物資を補う手続きをしている。
馬鹿馬鹿しいことだが、犯人を特定して罰しても仕方が無い。
何より、彼の所属する軍事勢力『ミネルヴァ』は、この惑星における学術研究と教育の自由を旗印に結集した組織なのだから、学生たちはある意味で特権階級だ。
アルフレッドはかつて、自ら大学生となることを考えたこともあった。
物理学を研究したいと、高校生のときは思うこともあった。
だが、今のミネルヴァにもっとも必要なのは、純粋な学徒ではなく、兵士だった。
ミネルヴァが拠点を置く第三市周辺でも都市辺縁を狙う盗賊は絶えず、隣接する軍事勢力との衝突が始まって久しい。
このような状況で、とにかく若い兵士の需要が尽きることは無かった。
特に学業成績の優れたものだけが学生となることが許され、アルフレッドのような凡庸なものは、大学を守る兵士となるしかなかったのだ。
高校の短縮課程を終え、十七歳でミネルヴァ軍に入隊。すぐに補給部隊に配備されたが、前線への補給ではなく、後方の物資補充の任についた。二十にもならぬ若者は、まずはこうした任務で軍隊組織に慣れていくことになる。
暗い図書館の通路をバリケードの奥に進んでいくと、すぐに両側に山のように積まれた補給物資が見えてくる。
有事には何百人が何ヶ月も篭城するための拠点。
果たして、そうして篭城した末に何があるのだろう、と、アルフレッドは時折考える。
いずれ物資は尽き、投降するしかない。
大学内まで敵兵が入ってきた時点で、戦争は終わりだ。
だが。
興奮した敵兵の略奪や暴力から、弱いものを守るためでもあるのだ、と考える。
勝利で興奮した兵士は危険だと、入隊後の座学で何度も念を押された。素直に白旗を揚げても殺される危険はあるし、女はそれだけでは済まないだろうと。だから、負けを悟ったらともかく敵の興奮が収まるまでどこかに逃げ込め、と。
そうした訓示があったからこそ、後方拠点の物資補充という任務であっても、アルフレッドは誇りを失わずに全うできる。
物資の梱包を一つ一つ確認する。
案の定、このたった三日のうちに、一つの梱包が破られている。
中身は三分の一ほど持ち去られていた。
篭城用の高カロリー糧食など、よく酒のつまみにするものだ。
そう思うが、その糧食を日常の糧としている前線の兵士のことを思えば、学生がこれで我慢しているのはある意味で好ましいことなのかもしれない、などと考える。
惑星中の学生組織がこの第三市のディエゴ・デル・ソル大学に結集し、ようやく一つの都市とその周辺のルーラルを得て、自治が可能になったばかりの未熟な勢力、それがミネルヴァ。惑星統一を旗印に掲げる正統マリアナ政府とそれに対抗する新マリアナ連盟に挟まれ、その命運は火を見るより明らかだ。
――今のうちに楽しめるだけ楽しむことだ。
死ぬのは、前線の老練な兵士、それから、自分のような若い兵士、最後に学生たち、という順番になろう。
いつまで、この学究の砦を守れるだろうか。
一つでも多くの真実を見つけ、一篇でも多くの論文を残して、いずれミネルヴァは滅亡する。
人が生まれ、戦い、死んでいくのと同じだ。
彼の両親もそうして死んでいった。
意味も無く生まれ意味も無く死ぬのであれば、その二つにはさまれた時間に何を残すかの問題だ。
ミネルヴァの戦いは、すなわち、一日でも長く生き残り、学問を究めることだ。
だから、学生たちは自由であらねばならないのだ。
アルフレッドは、小さい頃から教わってきたこのミネルヴァの信念を、自らの信念と疑うことがなかった。
だから、良いのだ。
糧食の一部を暴いて享楽にふける学生がいようとも。
それが、彼らの生の一助にでもなるのであれば。
合成樹脂の箱を棚から下ろし、スキャナつき端末でコードを読み取り、『一部欠損』の符号を付け加える。
これで、明日には新しい物資が大学正門に届き、それとこの古い箱を入れ替える作業は自分が行うことになろう。
他の箱の無事を確かめようと歩き出したとき、背後に人の駆ける足音が響いてきた。
補充作業中の札を無視して入ってきた学生か。
そう思いながら振り返ると、そこには、栗毛の髪をなびかせ、軽く息を切らせている女性の姿があった。
二重のまぶたの下からグリーンの瞳でアルフレッドを見つめる彼女の姿には、彼が過去に見たどんな女性よりも、冷たさをたたえた、奇妙な美しさがあった。
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