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貞潔は記憶  作者: monoplayer
1章(現代編)
8/13

七話 交差する感情

~Rin Side~


少し立て付けの悪いアパートの玄関の音が、高く、軋みながら閉まっていく


「あーあー…行っちゃった」


琳は凝り固まった空気を解すように、わざとらしい声でひとりごつ

ふらふらと床にへたりこみ、余ってる酒の缶を開け、一気に呷った


「やめておけ、このままじゃ吐いてしまうぞ」


そんな後ろ姿を眺めていた颯は、やや冷めた目で彼女見ていた

彼は理解していた

この直近2年間でどれほど琳に付き合わされたことか

彼女が何を思い、考えていたか共感はせずとも理解はしていた

それが、果たして彼女に伝わっているか不明ではあるが


「ふん…まずいね」


そんな颯の言葉を知ってか知らずか、持っている酒をシンクにぶちまける

その面影は、先程上機嫌でおしゃべりしていた姿はもはや無かった


「つめたっ…」

「あー…」


アルコールが回っているのか、服や床に酒がかかってしまう

そんな姿を見ていられず、颯は甲斐甲斐しくもハンカチを取り出し、丁寧に拭き取る

まるで、その光景は子供をあやしている父親と娘であった

そして、この歪んだ光景はまるで琳と颯の関係性を如実に表しているようであった

(これじゃあ、大和に偉そうなこと言えないじゃないか)

そんなニヒリズム的な感情を颯は感じた


「どうしてこんな事をする」

「こんなこと…?もっと詳しく言ってくれないとわからないね」


琳は賢い、こんな抽象的な表現でも彼女は意図を汲める人間だった

だが、彼女は核心的なことにはあえて答えない


「岡宮が大和に特殊な感情を抱いているのは知っている。だが、若木に見せつけるように…俺達の関係が悪くなるような行動をおくびにも出さなかったはずだ」

「…良く見てるじゃんね」


シンクから顔を上げ、颯を睨みつける


「…そんな怖い顔をするな」

「やっぱりさぁ…賢さ極まると何も出来なくなるんだよね」

「賢さ…そうだろうな。岡宮はそういうやつだろうな」


颯は、決して琳の造詣の深さを否定するつもりはない

だが、その深い配慮と思慮は遠慮という形で周囲との壁を形成してしまう

彼女は、そのパーソナリティ故に周囲が求めている『琳』という人格を演じているのだ


「もう静かにして」

「…ッ!」


たたらを踏んで、琳は颯に抱きつく

双方とも自覚していた

これは明らかに『代償行為』だ

何も伴わず、何も産まないその行為は、その無為さ故に非常に退廃的で…魅力的だ

(冷たい…)

大量に冷たいものを摂取したからか、琳の身体は冷えており、震えていた

だからだろうか。哀れみ?同情?駄目だと分かっていながらも琳の身体を振り払うことが出来ない

それは、颯の弱さ

遥か昔から、彼に根の張ったこの感情は容易には取り払う事はできない


「俺は…何が出来る?岡宮のために何をしてあげれられる?」

「…」


ピリピリと心を蝕む不快感に底をして、至って冷静に問う

もしかしたら、颯の少し乱れた心臓の音を琳は感じ取っているかもしれない

颯はそれを一番に恐れていた


「…私、私は――」


~Rin Side End~

………

……


「ちょ…若木…!若木っ…!」

「なに!」


夜道を二人で歩く

いつもならば、車一つも通らないこの時間には多少の風情も感じるようなものだが、いまそこには情緒の欠片も感じられない

というのも、若木が想像以上に機嫌を損ねていた

若木は俺の腕を掴んで離さない

そのくせ速歩きするものだから、こちらとしては非常にやりづらかった


「一旦止まれ!痛いぞ…」

「あ、ごめん…」


漸く若木が手を離す


「どうした…若木。岡宮の悪ふざけなんて今に始まったことじゃないだろ?」

「それはそうだけど…」


若木はしきりに目を反らして気まずそうにしている

少し、いや…とても挙動不審だ

どうも、若木は何かに焦っているように見える


「何か、岡宮に言われたのか?」

「…え?そんなこと、ないけどなぁ」


…バレバレだ

そんな態度では何かあったのが目に見えて分かる

今日の夕方の西川の件といい、夜の岡宮の立ち振る舞いといい、最近周りで何かが蠢いている気がしてならない

…岡宮、お前は何を考えている

まさかとは思うが…そうとは考えたくはなかった


「ねぇ」

「な、なんだ?」

「…琳ちゃんのこと考えてるでしょ」

「あ、あぁ…」


特に隠す理由もないので素直に答える


「ふーん」


若木は何か考えるような仕草をする


「…琳ちゃんってかわいいよね?」

「…そうだな」


岡宮の姿を想像する

若木よりも少し背が高いくらいだろうか

体格は華奢で、長い髪を結いてる

まるで、若木の正反対の容姿をしていた

だが、二人が横に並ぶ時、姉妹のように仲睦まじい

俺はその姿が本当に好きだ


「琳ちゃん、学部内でもサークルでも人気者でね。男の子からご飯の誘いとかいっぱい来るんだって」

「ああ…岡宮の席には良く人が来るよな」

「琳ちゃんは、私から見てもとっても可愛いと思う」

「…そうだな」

「もしも、もしもね…いや、なんでもない…」


若木は何かを言いさしても、しきりに口を閉じる


「…そうか」


若木は俺にどんな感情を抱いてるのか分からない

だが、岡宮に対してある程度の結論をつける時、関係は悪くなることはあっても、良くなることは決してありえない

こんなにも移ろいゆく時間が止まってほしいと思ったことは無かった


「とりあえず今日は遅い。送っていくから帰ろう」

「岡宮も今日は酔って調子に乗りすぎたんだ。明日には元通りになる」

「そ、そうだね…そうだよね」


不承不承と行った感じで、若木はゆっくりと歩き始める

これは確信ではなく願望


「琳ちゃんってさ」

「え?」

「たまに大和に見間違えることがあるんだよね」

「…というと?岡宮と俺が似てたら全人類見間違えるだろ」

「んーなんだろ。雰囲気?」

「二人とも、たまになんだか悲しそうな表情をするの」

「はは…なんだそれ」


外面はそう笑っても、内心はすこし焦っていた

…岡宮は彼女に似ていた

その空元気の向こう側にある、冷めた心を俺は知っている

だから、ある種のシンパシーを岡宮からは感じ取っている

でも、それは果たして愛情なのだろうか?

ただ、彼女の影を岡宮に押し付けがましくも投影しているだけではないか?


………

……


「そろそろ家だから。ここでいいよ」

「こんなところでいいのか?」

「いつもなら、もうちょっと先まで行くのに」


結局あのままお互い無言で、ここまで来てしまった

いつもなら、俺達が会話に困ることなんてなかったのに…


「ううん、大丈夫。今日は遅いでしょ?大和に迷惑かけたくないの」

「迷惑だなんて…」

「…それよりさ」

「ん…?」

「明日は早いよね?」

「ああ、大学の授業だろ?若木も取ってる」

「明日も、朝来ていいかな?」

「ああ、別に構わないが」

「…良かった」

「ばいばい、また明日ね」


………

……


「ただいま」


何も居ないのは知っているが、一応そうひとりごつ


「はぁ、今日は疲れた」


手早くシャワーや寝間着の着替えを終わらせるとそそくさとベッドに潜りこむ

何ということはない、早く目を瞑って寝るだけだ

明日は早い、若木も来ると言うし

でも、なんだか目が冴えている


「…そうだ」


携帯を見やる

『彼女』に連絡していなかった


「少し、相談してみるか」


『夜分遅くにすまない、ちょっといいか?』


……

(ピローン♪)

ものの数秒で返信が帰ってくる

こんなに遅いというのに、何をしてるんだか


『今晩は遅い返信ですね。どうかされたのですか?』

『大したことでは無いんだが、もしコミュニティが自分のせいで壊れそうな時、お前ならどうする?』

『随分と抽象的な質問ですね。状況がよく分からないので、踏み込んだことは申すことはできませんが…』

『それは仕方の無いことです。無常という言葉があるくらいですから』

『永遠普遍なんてものは、有り得ないものなのです』


「はぁ~」


携帯を投げ捨てる

知っていた。俺は、現実から目を反らし続けているだけだ

変わらないものなんて…無いんだ

俺は考えるのをやめ、目を閉じた










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