十一話 岡宮との逢瀬
どうしてこうなった
今の状況を端的に説明するなら、この言葉しか出てこない
『良いコンビとやらになれる根拠を出せ』…なんて、岡宮の関心を逸らすために適当に言った言葉が、こんな結果を産んでいた
「ほらほら!こっちこっち!」
岡宮が俺の手を掴みながら駆けていく
俺は、その手を頼りに彼女を追うのに必死だ
「ま、まて…岡宮…」
「もー…大和は貧弱なんだから…いつもお家に篭ってるからだよ?」
「偶にはこんな感じではっちゃけないとね?時間は有限!可能な限り楽しみたいじゃん?」
俺達はあの後、表に出て商店街に繰り出した
今日は、若木といつものように大学に行き、授業に出席して帰る予定だったために、そのギャップに少し動揺していた
それに…岡宮はバイタリティはとてつもない
商店街を一軒一軒回る勢いで、午前中は目が回るようだった
「あ、次はここ行こうよ!」
「え?あぁ、良かった…」
思わず本音が漏れてしまう
岡宮が指差したところは、この商店街で有名なイタリアンレストランだった
確かに…ローカルテレビで取り上げられるほど美味しいと大学でも話題になっていた
本当ならば、こういう場所は予約で席が埋まっているはずだが、皮肉というか何というか、大学をサボったお陰で平日の昼間という一番空いている時間帯で入店する事が出来た
まあとにかく、少し休みたい…
………
……
…
「あー疲れた…」
店員が注文を取る手前、そこまでは我慢できたが、注文を受け去っていた直後には疲れがどっと押し寄せ、机に突っ伏してしまう
少し品が無いのは分かっているが、木机がひんやりとしていて気持ちがいい
「そんなに疲れてたの?ごめんね、少しはしゃぎ過ぎてたみたい」
「いいや…大丈夫だ。馴れないことをして少しぐったりしてるだけだ」
「ふふ…」
「…何がおかしい」
「いや?まあ大和って、女の子のデート経験なさそうだなぁって」
「…当然の事を聞くな」
「唯ちゃんと二人で出かけたのは、デートじゃないんだ?良くちょくちょく遊びに出かけるけど」
「あれは、デートじゃないだろ…」
ゲームセンターに1日篭ってメダルゲームに興じたり、ラーメンを吐くまで食べ歩くなんて色気の欠片もない
「ふーん…どうかな。少なくとも向こうはデートなんて思ってそうだけど」
「それを今確認してどうする。今、俺は…岡宮とデートしてるんだから」
「えっ…」
岡宮が赤面して、下に俯いてしまう
(…岡宮でもこんな表情をするんだな)
いつも飄々としていて、感情があまり読めない彼女にも、こんな分かりやすい表情をするなんて
少しだけ…愛らしく感じた
「おまたせいたしました――」
ちょうどそんな時、料理が運ばれてくる
「あ、お冷をもう一杯貰えますか?」
「かしこまりました」
少し赤い顔をしながら、店員にそう注文する
そんな岡宮の姿を眺めながら、考える
さっきの若木に関しての発言も然り、路地裏での会話も然り、岡宮は若木とくっつけさせたいのか、別れさせたいのか不明瞭だ
だが、若木との関係が悪くなるような形で、彼女と関わることはお互いにとって不利益だと俺は思う
俺と岡宮が、『良いコンビ』と言うのなら、若木と岡宮の方が良いコンビではないかと強く思っているからだ
だから、岡宮がこのような行動を取る以上、もはや曖昧に躱して逃げ続けることは出来ない
今朝の行動は、若木に不義理なことをしてしまった
しかし、あそこで岡宮から逃げることもまた間違っていると思う
一刻も早く、若木と岡宮を取り持つには、岡宮の真意を引き出して、それに対して明確な回答を用意する他ない
そして、若木に対しても――
「どうしたの?私の顔をジロジロ見ちゃって」
「岡宮の姿に見惚れていたんだ」
そんなキザなセリフを言ってみる
「ふふ…ありがと」
しかし、さっきのとは打って変わって余裕そうな表情をしていた
やはり、岡宮は手強い
………
……
…
「いやー美味しかったね」
「ほんとにな。想像以上の美味しさだった」
少し遅めの昼食だったからだろうか、もう空が赤黒くなりつつあった
「次はどうするんだ?」
何故か確信めいたものがありながら、岡宮にそう問うてみる
「んーそうだね…」
「あれ、あれ行こう?」
岡宮がそう言って指差したのは、観覧車だった
この街の観覧車は、建物の上に設置されているという奇抜なもので、その上、繁華街の中心地に置かれているためか、煌々と輝く夜景で有名であった
………
……
…
「「…」」
空へと上がっていく
観覧車のモータの少し軋んだ音を聞きながら、そんな光景を静かに眺める
何故だが、お互いに黙りこくってしまう
さっきまで、あんなにも話題に事欠くことなんて無かったのに…
しかし、不思議と気まずい感覚はしなかった
『それが当然』なんて言うべきか、ここに流れている空気は心地の良いものだ
「そういえば…どうして私達が似た者同士か、理由を言ってなかったね」
「え…?」
不意に岡宮が言葉を発する
「『本音を隠して生きている』…だったか」
「そうだね」
「…私の身の上話になるんだけど」
「私はね、そこそこお金持ちの家系で生まれたんだ」
「そうなのか…?」
正直、普段の岡宮の所作からしてそんなのは想像出来なかった
「ふふ、あんまり信じてないでしょ」
「…すまん」
「いいのいいの、それでね?マナーとか教養とかいわゆる『金持ち』がやってそうなことは全部教えられた」
「バレエもやったし、ピアノもバイオリンも、華道も茶道もやったかな」
「勉強も厳しくってさ…週7で家庭教師もつけられたよ。それに、少しでも勉強をサボると父親から定規が飛んできてさぁ、結構痛かったのを覚える」
「…」
何を言っていいのか、分からない
岡宮は、ここで数言で済ましているが、壮絶な生活だったのは間違いない
これを安易に慰めたりするのは、岡宮に対する侮辱だ
「でもね、ママ…母親は優しかった」
「一般家庭から嫁いだ人だからさ、まあいわゆる世間一般の感覚を持っていたんだよ」
「それで大学受験になってね、父親は地元の公立大学に行きなさいって言ってきたんだけど、母親が隠れて願書をここの大学にしてくれたの」
「ここだったら、実家を離れて独り暮らし出来るでしょって」
「父親は忙しい人だったからさ、母親に家のことは全部任せてたのもあって、合格までバレなかったよ」
「笑えるよね、娘にあれこれさせるくせにこういうところでツメが甘いんだから」
岡宮はニヒルな表情を作って、顔を俯かせる
「でもさ、学費を出すのは結局父親だから全部バレるじゃん?その時はまぁ凄かったね」
「顔の形が分からないほどボコボコにされたよ」
「母親は縋って止めたけど、母親も父親に蹴られたりして、可哀想だった」
「でも、結局受かったのは仕方ないってことで、めでたく入学を認められたってわけ」
「…」
自分でも自覚がないほどに、自分の手を強く握っていた
爪が食い込んで少し鬱血していた
これは…あの時と同じ、『彼女』にそっくりだ
「…母親はどうしたんだ?」
「母親は勘当されたよ。離婚した」
どうして…どうして大人は自分の子供をそんなに恣に出来るのだろう
誰もが自分の意思を持っている
それを、『親だから』なんて理由で犯してはいけないのだ
そうしないと、どうして彼女が生まれたのか、理由を見失ってしまう
「だからね、思ったんだ。これをきっかけに好きなことをしよう。父親に教えられたことじゃなくて、自分のしたいことをしようって」
「でも…うまく行かなかった。小さい頃から教えられたものはどうしても身体から染み付いて離れない」
「自分がしたいことってなんだろうって、分からなくなっちゃった」
岡宮のアパートの何もない殺風景な部屋を思い出す
『部屋は自分の性格を良く表す』なんて言ったものだが、岡宮の心象風景をあれは如実に表していた
「それに、表面的なことは置いておくとしても、性格はもっと直せない」
「周囲に期待されることは何でも応えたくなっちゃう。それが、自分のしたくないことでもね」
幼少期の岡宮には、相当なプレッシャーがあったことだろう
父親に、周囲の人間に、将来を嘱望される重圧は、俺如きが想像するよりもずっと深刻なものだろう
「『本音を隠して生きている』…か」
「…あ、そろそろ出ないとだよ」
岡宮の話を聞いている内に、観覧車はとうに天辺を超え、元いた場所に戻ろうとしていた
岡宮の表情は他のボックスのせいか、暗くて伺えなかった




