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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十五章 人としての価値を決めるもの
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Ⅲ.延長戦③


「大変お待たせ致しました。これより特別延長戦、コンラート・フォン・ライヘンバッハ伯爵とカミル・フォン・ディステル男爵による決闘を執り行います」


 闘技会の会場にブロス中佐の声が響き渡る。


 急いで用意された舞台は、模擬戦場の中央に一〇〇メートル四方で土を盛られて簡易的に作られていた。

 観客は引き続き高台の上で観戦することになる。


 空中の巨大画像(ヴィジョン)に、対峙する対戦者二人の様子が映しだされていた。


「まったく。なんだって私がこんな茶番に付き合わされねばならないのか」


 不機嫌顔でコンラートが対戦相手を睨む。


「ユリウス様にいいように(もてあそ)ばれたからじゃないですかね?」


 浅葱(あさぎ)色の前髪をいじりながら不躾に言葉を返した男が、薄灰色の目を楽しそうに細めた。


「おかげで俺まで巻き込まれて、いい迷惑ですよ」


 愉快そうに文句をぶつけてくる成り上がり騎士が、酷薄な笑みでコンラートの神経を逆なでする。


「黙れ! 貴族とは名ばかりの下民(げみん)が……本来なら私が相手をしてやる価値もないのだ。少しはその立場を(わきま)えたらどうだ」


 カミルが大げさに肩を竦めて見せる。


「弁えていますよ。だから、ほら。ちゃんと武器を持ってお相手しようとしてるじゃないですか」


 そう言って剣を高々と掲げた。


「しかもこれ、ユリウス様からお借りしたものなんですよ」


「なんだと?」

「ユリウス様との決闘では必要とされず可哀想だったもので」


 コンラートの頬が痙攣(けいれん)する。


 お前に実力がなかったばかりに――そう揶揄する裏側の声が聞こえた気がした。


 それだけではない。これは「ふだん使い慣れた剣ではなく、借り物で相手をしてやる」という、いわば二重の侮辱だ。


「いい度胸だ! その思い上がりを後悔させてやる!」


 激昂しながらコンラートが抜剣する。

 直後に試合の開始が宣言された。


 コンラートが一気に間合いを詰めて剣を振り下ろす。

 カミルがそれを正面から受け止め、直後に相手の軸足を払った。

 しかしコンラートはそれをかわして後ろに下がる。


 逆上しているように見えても、その動きは冷静だ。カミルは小さく感心しながら剣を横に()いだ。

 刃をかわすようにコンラートがもう一歩後方へと下がる。


「ユリウス様が言っていた通りですね。きれいな剣術だ」

「うるさい! 嫌味のつもりか!?」


 (わずら)わしそうに怒鳴り返したコンラートが、顔を怒りに歪ませる。

 素手で自分を負かした相手からの褒め言葉など、嫌味にしか聞こえないのは当然だ。


 カミルが含み笑った。


「ヤダなぁ。褒めてるのに」

「黙れ!」


 コンラートが大きく踏み込んで逆袈裟に剣を斬り上げる。風属性の補助魔術で剣を一時的に軽くしているのだろう。速く鋭い剣先がカミルを襲う。

 それを剣で軽く弾いて防ぐと、コンラートは流れるような動きで突きを繰りだした。


「嬉しいねぇ」


 小さく呟いて、カミルは切っ先をかわしざま相手の刀身に自分の剣を下から押しつける。そのまま刀身同士を擦らせて間合いを詰めた。

 風魔術で軽くしたコンラートの剣は、片手で持った剣でも容易に押し上げることができた。


 補助魔術でスピードを上げるのは基本戦術のひとつで、コンラートはそれを得意としている。確かに手数は増えるが、体重が乗せづらい分、威力が落ちるという欠点もあった。


 そして上へと押し上げられた剣では反撃に転じるのが難しい。


 相手に肉薄したカミルは、空いた手でコンラートの利き手を捕まえた。


「動きが単純だと捕まえやすい」


 予想もしていなかった事態に驚いて、コンラートはほんの一瞬だけ動きを止める。わずかな隙があれば、カミルにはそれで十分だった。


 ひと呼吸の間に、魔術が展開される。

 ズシリと急に剣が重くなって、コンラートはよろめいた。


「おのれ!」


「怒らないでくださいよ。刃こぼれしないように、剣を頑丈にして差し上げただけですよ」


 飄々と笑うカミルは、底意地の悪い笑顔を浮かべてコンラートから離れた。


 言葉の通り、コンラートの剣に施したのは、物質の強度を上げる地属性の補助魔術である。強化と同時に重さが増すため、風で飛ばされやすい荷物などに使うと便利だ。


 しかしそれを武器にかければ、重すぎて馬鹿力の持ち主でもない限りまともに振るえなくなる。


「大尉の剣術は素晴らしいと俺も思いますよ」


 落ち着いて話せる状況を作り上げたカミルは、舌の回転速度を上げて薄く笑った。


()()()範疇(はんちゅう)でなら間違いなくトップクラスでしょうね」


 煽るような態度で、慇懃(いんぎん)無礼(ぶれい)な騎士はコンラートの剣術を侮辱する。

 相手を(さげす)む薄灰色の双眸(そうぼう)が、特権階級に甘える貴族の令息を冷たく見下ろしていた。

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