Ⅲ.延長戦②
ざわざわ、どよどよ――と、会場の空気は落ち着かず、困惑の色を深めていく。
クスクスと笑いあう貴族たち。
ヒソヒソと耳打ちしあう平民たち。
彼らの視線は、アルフレート皇子に仕えるもう一人の近衛騎士――カミル・フォン・ディステルへと向けられていた。
「この者は私がその実力を認めて近衛騎士に任命した男だ。血筋だけを理由に否定されるのは納得がいかない、というのが正直なところだな」
アルフレートが白元帥の主張をそれとなく牽制する。
だがアウエルンハイマー公爵は鈍感に言い返した。
「血筋こそが真の貴族たることを保証するのです」
根気が必要になりそうだな、と胸中で嘆息しながらも、アルフレートは問答を続けた。
「では、その『真の貴族』とやらは、何を保証してくれるのだ?」
「なんですと?」
「『真の貴族』であることが、実力や実績まで保証してくれるものなのかと訊いているんだ」
「当然です」と答える公爵の口調には迷いがない。
「より皇家に近しい血筋が優れているのは、言うまでもないことではありませんか」
そう語る焦茶色の瞳は曇りなく皇子を正視している。彼自身が純粋にそう信じているからだろう。
「それに」と公爵がつけ足す。
「正当なる血筋にかけて、我ら貴族が皇家に絶対の忠誠心を持っていることは、ご理解いただきたく存じます」
それこそが誇りであるように、アウエルンハイマー公爵は恭しく頭を下げた。
しかし応じるアルフレートの表情は素っ気ない。
「忠誠心などというものに、さしたる価値はない。人の心は流動的なものだからな」
公爵が不納得顔を浮かべるが、皇子は頓着せずにカミルを一瞥する。
「実際、私はこの男にそれを期待したことはない。必要なのは、私の命令を過不足なく実行できる実力と判断能力だ。卿の息子は、それを証明できるか?」
再び視線を公爵に戻してアルフレートが問うと、「もちろんです」と反射のような返答があった。
「機会さえ頂ければ、必ずやコンラートはご期待に添えることでしょう。貴族もどきの近衛などには負けますまい」
「その言葉、確かに聞いたぞ」
アルフレート皇子が口角を持ち上げて笑う傍ら、「やってくれたな」という表情を浮かべたカミルが、内心で頭を抱えていた。
「豪語するからには、血筋の力というものを見せてもらおうではないか……延長戦だ」
「延長戦、でございますか?」
「そうだ。仮にもディステルは私が認めた私の騎士だ。それに勝てるという大言壮語を、まずは証明してみせろ」
「つまり、ディステル男爵とコンラートで決闘を行う、ということでしょうか?」
「そういうことだな。自信はあるのだろう?」
アルフレートが挑戦的に尋ねると、アウエルンハイマー公爵は不敵に笑った。
「もちろんに御座います」
こうしてライヘンバッハ伯爵とディステル男爵による予定外の延長戦が決定したのである。
男爵ごときが皇子と公爵の会話に割り込めるはずもなく、当事者のカミルはその決定をただ黙って受け入れるしかなかった。
「この展開はさすがに予想外だったな」
急きょ決定した決闘のために準備が進められるなか、アルフレートの元に合流したユリウスが申し訳なさそうな表情で、巻き添えを食った格好のカミルを見る。
「ホント……なんだってこんなことになったんですかねえ」
ひきつった笑顔で、カミルは皇子を見下ろした。
あまりの無礼な態度に、ユリウスについてきたハールマン中尉がぎょっとする。
しかし当のアルフレートは気にせずニヤリと笑った。
「何を怒っている? 日頃の憂さを晴らせる絶好の機会ではないか」
「相手は上位貴族さまですよ。面倒ごとはゴメン被ります」
「これは驚いたな。数ある貴族令嬢たちを泣かせてきたそなたらしくもない、弱気な発言ではないか」
「ちゃんとケンカを売る相手は選んでますよ。勇気と無謀を履き違える趣味は持ち合わせておりませんのでね」
「計算ができるなら分かっているはずだ。今回の決闘には私の体面がかかっている」
「だからこそ気に食いませんねえ。皇子殿下の威を借りろなどと、よくも俺に向かって言えるものです」
皇子と睨みあう元上司を青ざめた顔でハラハラと見守るハールマン中尉が、救いを求めるように長身の上官を仰ぎ見る。
しかしユリウスは静かに首を振るだけだった。その表情に焦りの色はない。
戸惑いつつもカミルに視線を戻したハールマンは気づいた。
「まあ、命令には逆らえませんから、勝てと言われればその通りにしますけどね」
そう答えるカミルの双眸には怪しい輝きが宿っていた。
それを見た皇子が満足げに口の端をつり上げる。
「ああ。これは命令だ。相手の体面など気にせず、有無を言わせぬ戦果をあげてこい」
「その言葉、お忘れなきよう」
言質はとった、と言わんばかりにカミルは笑う。
ハールマン中尉は呆れた。
(あんなことを言っておいて、殿下の威を借りる気満々じゃないですか……)
ちらりとユリウスを見ると、彼は苦笑ぎみに肩を竦めた。
アルフレートが言う通り、これはカミルにとってもまたとない機会だ。でも本人の意思を無視して勝手に決められたことに納得がいかない。
ひねくれ者の騎士は素直に従うのが癪だった。だからせめて責任くらいは負ってくれ、と主に物申したのだ。
皇族相手になんと不遜なことだろうか……。
だが皇子も皇子だ。
後ろ楯になってやるから遠慮せずに相手を叩きのめしてこいと言えばいいだけのことを、わざと煽るような言い方をしていた。
要はアルフレートもカミルも、素直じゃないだけなのだ。
「相変わらず面倒くさい奴だ」
意気揚々と決闘場に向かう近衛騎士の後ろ姿を見送りながら、アルフレートは無自覚に愚痴る。
漫才みたいなやりとりはやめてほしいなぁ、とバジリウス・ハールマンは吐息した。
「大丈夫でしょうか?」
ぽつりと懸念を口にしたのはユリウスだった。
「何がだ?」と皇子が尋ねる。
ハールマンも不思議そうに首をひねった。
カミルの実力を誰よりも知っているユリウスが、今さら勝敗の行方を気にするとも思えなかったからだ。
事実、ユリウスが気にかけたのは、そんな次元の話ではなかった。
「カミルはコンラート卿のような選民意識の強い人間を嫌っています。加減を忘れないか、少し心配ですね」
先ほどカミルの瞳に見えた怪しい輝きを思いだして、ハールマンはぞくりとする。
だがアルフレートは気にした素振りもなく言葉を返した。
「さすがに杞憂ではないのか? あいつにも最低限の分別はある。殺しはすまい」
さらりと物騒なことを言う皇子に、ユリウスは苦笑を洩らした。
「そういう意味ではないのですが」
どこか言いづらそうな雰囲気で笑うユリウスの様子に、アルフレートとハールマンは揃って首を傾げていた。




