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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十五章 人としての価値を決めるもの
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Ⅱ.計画的な反撃③


「ライヘンバッハ大尉は見事にハメられたみたいですね」


 意地悪く評価を下したのは、ジークベルトたちから遠く離れた特等席で皇子とともに試合を見守っていたカミルだった。


 ユリウスのことを毛嫌いしているコンラートは、ユリウスが自分より目立つのを何より嫌がる。その心理を利用された形だから「ハメられた」とするカミルの言い分は尤もなものだ。


 ひねくれ者の騎士が状況を楽しむ一方で、アルフレートは別のことを気にしていた。


「確か、少しでも怪我をすれば戦闘不能とみなして戦線離脱、というルールだったと記憶しているんだがな」


 鼻を鳴らしてアルフレートが見据えるのは、上官に目配せするヘルマン・ブロスの姿だった。

 司会進行役のブロス中佐は、困り顔でブルンクホルスト公爵に視線を合わせるが、公爵は首を横に振るだけ。

 なんとか誤魔化せ、ということだろうが、「無茶を言うものだ」と、うっかりブロス中佐に同情しそうになる。


 滑稽なやりとりに含み笑いながら、カミルは皇子に応えた。


「今そのルールを()()()()()()()と、ライヘンバッハ大尉の活躍の機会を奪ってしまいますからねぇ」


「なるほど。都合よく忘れたふりをしておけば難局を乗りきれると思っているわけか。とんだ浅知恵だな」


「いやいや。誰かさんの役者不足ぶりが予想以上だったんでしょう。おかわいそうに。ブロス中佐が冷や汗をかいていらっしゃる。お助けして差し上げては?」


 嫌味ばしった口調でカミルが提案すると、「そうだな」とアルフレートは立ち上がった。


「そろそろ、この茶番にも飽きてきた。これだけ状況が揃えば十分だろう」


 一歩前へと歩みでた皇子の口元に、魔術の円陣が浮かび上がる。カミルが展開した、声を増幅する風属性魔術だ。


「どうやらブロス中佐はルールを失念しているようだから、私が代わりに判定しよう」


 アルフレートの声に、会場中の視線が集まる。模擬戦場でも戦いの手が止まり、兵たちは一様に皇子がいる方向へと顔を向けた。

 これに慌てたのは憐れなブロス中佐である。


「殿下、この場は第三者たる我々にお任せを――」

「第三者とは公平性を担保する存在だ。都合よくルールを忘れてもらっては困る」


 ブロス中佐がとっさに反論しようとするも、容赦なく反撃されて言葉を詰まらせる。


「心配せずとも、状況を整理するだけだ。会場にいる(みな)も混乱していよう」


 そう言われてしまうと、椅子から腰を浮かせかけた両公爵も押し黙るしかなかった。


「使用する部隊は中隊規模。兵員は軍馬も含めて自分で用意する。少しでも怪我をすれば戦闘不能とみなして戦線離脱――模擬戦で明確化されていたのは以上の三点だ」


 (すみれ)色の双眸(そうぼう)がひたりとコンラートの姿を捉える。


「このルールに従えば、コンラート・フォン・ライヘンバッハは怪我により戦線離脱となる。さて、そこで問うが――」


 皇子の視線が蒼白な顔で呆然とするコンラートから、諦めたように吐息するゲオルク・フェルダーへと移動する。


「仮にこのあと、フェルダー将軍に指揮権を移行してライヘンバッハ陣営が勝ったとする――その場合の勝者は誰になる?」


「それは、もちろん……」と口を挟んできたのはブルンクホルスト公爵だった。


「部隊の人員を揃えることも実力のうちである、とするルールの定義に従えば、指揮官であるライヘンバッハ大尉の勝利となりましょう」


 こういう時のために考え出したルールなのだから、公爵がここぞとばかりに活用するのは当然だろう。

 だがアルフレートは公爵を見据えて口の()をつり上げる。


「なるほど。その定義に従うのだとすれば、仮にユリウスが離脱した場合にも、ベルツ陣営は戦い続けることができるわけだな……それでは、何をもってこの戦いの勝利を決めると言うのだ?」


「は?」


 皇子に問いかけられて、ブルンクホルスト公爵は間抜けな声を響かせた。

 アルフレートが呆れたように吐息する。


「このまま互いに負けを認めなかった場合、最後の一兵になるまで見ているつもりか、と訊いているんだ」


「いや、それは……」


 ブルンクホルスト公爵がしどろもどろに何か言おうとするも、うまく言葉が出てこないようで、黒い両眼を落ち着きなくさ迷わせるだけだった。


(まさに浅知恵……いや、楽観主義者というべきか)


 カミルが心の中で厚顔無恥な特権階級者たちを嘲笑う。

 しかし今回は仕方ない面もあるだろう。


(まさか殿下が『敵側』とは思ってもいなかったんだろうからな……)


 思わず洩れ出そうになる失笑を呑み込んで、カミルは事態を見守った。


「勝敗の判定方を明確にしておかなかったのは、主催者たるそなたの失態だな」


 皇子からイベント運営の過失を咎められて、ブルンクホルスト公爵の唇がぴくりと震える。


「とはいえ、模擬戦を試合形式で行うのは初めての(こころ)みだ。多少の想定外は仕方あるまい」


 しかしすぐに温情が下って、ほっと肩を撫で下ろした。

 そんな公爵にアルフレートは友好的に笑いかける。


()()()()黒元帥はこの状況をどう判断すべきだと思っているか、意見を聞きたいところだな」


 すぐさま公爵の顔面が硬直した。


 黒元帥殿の百面相めいた反応に、カミルは「勘弁してくれ」と胸中で独りごちる。笑いを堪えるのが大変で仕方ない。


 アルフレートは純粋にブルンクホルスト公爵の意見を聞きたがっているわけではない。これは「この期に及んでアウエルンハイマー卿の肩をもつなら容赦しない」という脅しなのだ。

 ブルンクホルスト公グスタフもそれが分かっているから動揺を隠せずにいる。


 一見やんわりとした皇子の質問に言葉を詰まらせて、ちらりとこの場にいるもう一人の元帥を(うかが)い見るも、黒元帥はすぐに降参した。


此度(こたび)の催しが、ライヘンバッハ大尉とベルツ伯爵の競いあいを主旨とする以上、どちらかが戦闘不能となった時点で、模擬戦を続行する意味はないかと存じます」


 アウエルンハイマー公爵が、がたりと椅子を揺らして立ち上がる。焦茶色(ダークブラウン)双眸(そうぼう)が「裏切るつもりか!」と言いたげにぎらりと輝いた。


 だがブルンクホルスト公としても、他人の息子のために皇子に睨まれるのでは割に合わない。


「現時点をもって模擬戦を終了することには私も賛成だ」


 幸いにもアルフレートが口を挟んだおかげで、ブルンクホルスト公爵は白元帥の相手を(まぬか)れた。

 皇子が言葉を続ける。


「さて、問題は勝敗の判定だが……」


 アウエルンハイマー公には目もくれず、アルフレートは黒元帥に問いかけた。


如何(いか)なる理由をもってどちらを勝者とすべきか、(けい)の意見を聞きたいところだ」


 それは、()()()判定を下せ、という皇子からの圧力(プレッシャー)に他ならなかった。

 ブルンクホルスト公爵がそれに逆らう理由はもはやない。


「部隊の損耗(そんもう)率で判断するのが妥当でございましょう。であれば、状況を整理するまでもなくベルツ伯爵の勝利であると考えます」


 アルフレートが満足げに笑う。


「道理であるな。では、此度の催しの勝者を告げるがいい」


 ブルンクホルスト公爵は皇子に一礼してから、補佐官を一瞥(いちべつ)する。

 ブロス中佐が心なしかホッとした表情で頷いた。


 しかし彼が口を開くより早く、別の声が響き渡る。


「こんなものは無効だ!」


 高らかに声を張り上げたアウエルンハイマー公ホルストは、焦茶色(ダークブラウン)の瞳をギラつかせて怒りに全身を震わせていた。

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