表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十四章 辛辣な見世物
147/154

Ⅳ.原始的な罠①


 プレスブルク皇国における第一皇子アルフレート・ハイムの首席近衛騎士。現状でそれは、出世を約束された地位である。多くの貴族たちはそう信じて疑わない。


 いまだ皇太子として擁立されていないことを懸念する声も当然あるが、それは第二皇子レオンハルト・マルクも同様であるし、母親の地位を考えれば、やはりアルフレートのほうが有利であるという見方が強い。


「皇后陛下は公爵家の出身でもあるし、何よりご長男だからな。やはり一位殿下が有力だろう」

「しかし、皇后の()()お人柄ではな……即位後に混乱を呼びこむ元ではないのか?」


「やはり二位殿下を推すべきか……第二皇妃様は聡明で優しいお人だというし」

「いや、それも早計だろう。侯爵家とはいえ、皇妃様の父君は一介の文官にすぎない。後ろ楯が弱すぎる」


「せめて第一皇妃殿下に男児がいればな……」


 貴族たちの囁きはだいたいこんなところだ。

 どちらを選んでも一長一短。条件が五分五分なのであればやはり長男を、という風潮が今はまだ強い。


 それゆえアウエルンハイマー公爵のように、アルフレートの側近の座を欲しがる貴族は少なくないのである。


 しかし彼らは知らない。その実態が、栄華か破滅か、両極端な天秤皿の微妙なバランスの上にあることを。


 だからユリウスは憤りを感じるのだ。

 アルフレートの抱える懸念と、だからこその苛烈で悲痛な決断を知りもしない輩が、首席近衛として皇子を支えることなどできるものか!


 正直なところ、己れの立身出世にしか興味がなく、そのために皇族を利用したがる貴族たちに、ユリウスは腹を立てていた。

 アウエルンハイマー公のような存在に、(あるじ)の貴重な時間が無駄遣いされることにうんざりしていたのである。


 だから、彼らを黙らせるにはどうすればいいか、朝帰りをしたあの日に、兄同然であるハインリヒ・ジークヴァルトに相談した。


 彼が出した答えは明瞭だった。


「実力差を見せつけて、完膚なきまでに叩きのめしてやればいいんだよ――それも、衆人環視の中で」


 ハインリヒの黒い瞳が悪魔めいた輝きを放って、ぞっとしたものだ。


 ともあれ、二人で具体的な内容を詰めていき、それをアルフレートに打診したという次第である。


 この闘技会で肝となるのは、最後に行われる模擬戦だった。

 武官として、また一軍の将として力量を見せるにはちょうど良いだろう。

 ユリウスはそこに照準を定めて、一日目の弓術勝負から少しずつ布石を打ってきた。


 コンラートが絶対の自信を持っていた弓の的当てで互角の勝負を展開し、まず相手の焦りを引きだす。


 実のところ、的に当てるだけなら、さほど難しくはない。戦場や狩り場では、動く標的を相手に外したことがないユリウスである。もともとの才能に加えて、実践で磨いた戦士としての勘が、対戦相手との大きな差を生んでいた。


 大事なのは最後の一射。

 僅差であれば、自分の矢がコンラートの矢より内側に(あた)っていても構わないと思った。ブルンクホルスト公爵の息がかかった判定役たちは、はた目に見分けのつかない結果であれば、コンラート有利の判定をくだすに違いない。その確信があったからだ。


 しかしそれ故にこそ、コンラートは勝った気がしなかったろう。


 そこで生まれた小さな苛立ちを、大きく膨らませたのが二戦目の決闘だ。


 コンラートを挑発して怒りを煽ったあげく、素手で相手を圧倒してプライドを砕く。その時点でコンラートは相当腹に据えかねていたはずだ。


 そうして積み重なった苛立ちと焦燥感が、三試合目の模擬戦に結果として表れた。


 普段通りのコンラートであれば、もっと素直にフェルダー将軍の意見を聞いて、慎重に対応していたかもしれない。しかしこの日の彼にはその余裕がなかった。


 ライヘンバッハ陣営にとって頼みの綱となるフェルダー将軍と、名目上の指揮官であるコンラートを仲違いさせる。この戦力差で相手を圧倒するためには、それがどうしても必要だった。

 もはや辛辣を通り越して悪辣ともいえる手段をとったのはそのためだ。


 カミルから借りた魔術部隊は重要な役割を担っていた。ユリウスが彼らに任せたのは、模擬戦の勝敗を決定づける――その下準備であった。


「あれはなかなかに骨が折れましたね」


 魔術小隊を率いていたヨハン・フラシュ少尉が後日、上官であるカミルにこぼした言葉がそれである。


 試合開始後、すぐに魔術小隊は敵軍三〇〇メートル先の地点まで移動した。

 気づかれずに接近した方法はごく単純なものだ。地面と同じ色の布を被り、身を低くして距離を詰めた。それだけである。

 雑な対策のようでも、遠目では案外気づきづらいものだ。身を隠す場所がないという思い込みが、敵軍の警戒を緩めた側面もある。

 護衛を伴っていなかったのは、少人数のほうが接近を気取(けど)られにくいからだ。


 特別編成の魔術部隊は、一分隊(ぶんたい)が五人前後、一小隊は二から四分隊(ぶんたい)、と少人数での編成となる。今回ユリウスが組み込んだのは四人ごとで構成された三分隊(ぶんたい)。小隊長のフラシュ少尉を合わせて十三人である。


 第一分隊(ぶんたい)が敵陣への攻撃を担当。残る二分隊(ぶんたい)はというと、その後ろで巨大な落とし穴を作成していた。


 縦横ともに幅一〇〇メートルにもなろうかという広範囲の落とし穴は、地面の下をすっぽりくりぬけば作れるといった単純なものではない。

 大きさが大きさだけに、ただ空洞を作るだけでは、すぐに地面は崩れ落ちてしまい、落とし穴の意味がなくなってしまう。そのため、地面の下を細かく網目状にくりぬく、非常に繊細で面倒くさい作業が必要となるのだ。


 ディステル隊の動きを観察していたジークベルトが、半ば呆れた反応を示したのはそれが理由だった。


 かくして、絶妙なバランスで保たれていた地面は、コンラート軍の騎馬隊が生みだす衝撃と重みに耐えきれず、一気に崩れ落ちていったのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ