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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十四章 辛辣な見世物
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Ⅲ.思い込みの逆利用③


「ずいぶんと一方的な展開だな」

 特等席に座るアルフレートは、さして面白くもなさそうに試合を眺めていた。

「今のところはそうですね」

 短く応じたカミルが説明を補足する。

「ですが魔術の連続使用は精神力を大きく削られます。そろそろ引き時でしょう」

 ベルツ陣営の魔術部隊が映しだされている映像を見つめて、カミルは薄く笑う。

 ほどなくして、ユリウス軍の魔術部隊は攻撃をやめて自軍方向へと戻っていく。

 コンラート軍は未だ混乱の最中(さなか)にあり、敵魔術部隊が引き上げていくことすら把握できずにいた。

 霧で視界が遮られたせいで敵が使う魔術の種類が判別できなくなり、ライヘンバッハ陣営は魔術の攻撃を防ぎきれなくなっていた。

 悲鳴が断続的に響き、部隊は恐慌状態に陥った。そのせいで状況の把握が追いつかなかったのである。

 敵の攻撃がやんでいることに気づき、混乱が徐々に収まっていくなか、被害状況の確認が急がれていた。

「怪我人が部隊の四分の一にのぼるようです。特に近接第一小隊と弓部隊に甚大な被害が出ております」

 コンラートの元に深刻な報告が届けられる。

 極力死者を出さないよう配慮されたルールのなかで、怪我人はイコール離脱者を意味する。少しでも怪我をした兵は以降の戦いには参加できない。つまりコンラート軍は早々に部隊の四分の一を失ったことになる。

 さらに悪いことに、魔術部隊も敵の連続攻撃で疲弊してしまい、しばらくはまともな戦力になりそうもなかった。これに関しては相手の魔術部隊も同じ状態であることを祈るしかない。

 残った兵で部隊の再編成を急いでいた。

「再編が済み次第、進軍を開始する。全速をもって敵陣に攻め込むぞ」

 コンラートの言葉にフェルダー将軍の表情が曇る。

「進軍はよろしいですが、本格的に攻め込む前に敵の配置などを確認したほうがよろしいかと存じます」

 そう進言するが、若き指揮官は不快げに目を眇めた。

「慎重論は聞き飽きた。これ以上の奇襲を受ける前にこちらから攻め込むべきであろう。数的にはまだこちらが有利なのだからな」

 それ以上の問答は受けつけぬとばかりに鼻をならして、コンラートは進軍の準備に移ってしまう。

 将軍は深いため息を落とした。

「よろしいのですか?」

 気遣わしげに声をかけたのは彼の副官である。

 もっと食いさがってなんとしても止めるべきではないか――そう主張したい気持ちは将軍にも分かる。

 ベルツ陣営の魔術部隊が撤退していき、その後あちらには動く気配がない。こちらが攻め込むのを待っているように見える。つまり何かしらの罠が仕掛けられている可能性が高い。だからこそ敵部隊の配置を探っておかなければ危険だ。

 フェルダー将軍もそうは思う。しかし彼は諦めたように首を振る。

「もはや何を言っても無駄だろう。完全に頭に血がのぼっておられる」

 コンラート・フォン・ライヘンバッハは、沈着冷静とは言わないまでも、感情を抑えることを知らない男ではない。むしろ普段は理性的な人物として知られている。それが今は、繰り返される失態で積み重なったフラストレーションが、冷静さを失わせているようだった。

 思えば模擬戦が開始される前からどこかカリカリしていたように思う。

 昨日の決闘での惨敗が相当こたえているらしく、なんとかして名誉をとり戻そうとの焦りが見えるのだ。

 あの決闘からすでに布石が敷かれていたのだ――そう気づいて、フェルダー将軍は背筋が凍る思いだった。

「しかし、このままでは……」

 反論しようとした副官が以降の言葉を呑みこむ。それ以上は、兵を預かる指揮官が軽々しく口にしていい内容ではない。不吉な予感は兵を不安にさせて士気を下げるだけだ。

 だがフェルダー将軍は躊躇(ためら)うことなく、最悪の予想を口にする。

「一度、痛い目を見ることも必要だろう……幸い、模擬戦ならば負けても失うものは少なくて済む」

 ゲオルク・フェルダーは自分に言い聞かせるように、鬱々とした気分で呟いた。



「君の従兄は容赦がないな」

 そう感想をもらしたのは、ディステル隊の動きを注視していたウィリアムである。その隣では赤毛の少年が呆れたような表情を浮かべていた。

「このままライヘンバッハ大尉が猪突すれば、悲惨なことになりそうですね」

 その直後には、いい仕事するなぁ、と感心した口調で呟く。

 ジークベルトの感想は、よくあんな手を思いつくものだ、という意味合いのものでしかない。集団戦闘で敵に情けをかけるのは、味方の損害を増やすことになりかねず、かえって不誠実な行いであることくらいはジークベルトも知っている。容赦のない采配も戦場では必要なものだ。

 しかしウィリアムの見解は少し違う。いま行われているのはあくまで催し(イベント)の一環だ。見世物としての意味合いが強い模擬戦でとる策としては、あまりに容赦がなさすぎて辛辣だと感じたのである。

 観戦者たちに多種多様な感想を抱かせる一方で、フェルダー将軍の背筋に寒気を走らせ、今のところ相手を翻弄(ほんろう)し続けているベルツ陣営では、役目を終えた魔術部隊が指揮官に報告を届けていた。

「ここまで計画通りに進んでおります」

 報告するのは普段カミルの副官を務めている魔術士官ヨハン・フラシュ少尉だ。今回は小隊長として魔術部隊を統率している。

「ご苦労だった。あとは後ろに下がって見学でもしていてくれ」

 ユリウスは(ねぎら)いの言葉をかけてから、冗談めかした口調で相好(そうごう)を崩した。

「特等席ですな」

 フラシュ少尉も朗らかに笑う。きれいに切り揃えられた鶯色(オリーブ)の頭髪がさらりと揺れて、その隙間から悪戯めいた榛色(ヘーゼル)の瞳が覗いていた。

 すべての準備は整った。あとは敵を迎え撃つだけ。

 フェルダー将軍が予期した通り、コンラート軍を辛辣な罠に()めるため、ユリウス軍は悠然と敵の襲来を待っているのである。

 部隊の再編成を終えたコンラート軍は、敵陣のおよそ三〇〇メートル先まで進軍していた。一度足を止めて隊列を整える。

 前方に近接部隊を置き、弓兵が後方から支援できるよう隊列が組まれていた。

 整然と並んだ部隊に再度号令をかけるべく、コンラートは息を吸い込む。

「全軍突撃!」

 指揮官の号令を受けて、三六〇の騎兵が一斉に動きだす。全速力で馬を飛ばし、あっという間に距離を詰めた。

「弓の攻撃に備えよ!」

 フェルダー将軍から指示が飛ぶ。

 前列の騎兵が盾を構えると同時に、敵陣営から矢が飛んでくる。盾でそれを弾き返しながら一気に敵陣へと斬り込んだ――いや、斬り込もうとした。

 最前列の騎兵が敵のおよそ一〇〇メートルにまで迫った瞬間のことである。

 大地を蹴った馬の足が空転した。

 踏みしめるべき地面が、突如として消失したのである。

 前列にいた兵たちは成す術もなく、地面に口を開けた巨大な穴の中へとなだれ落ちていった。

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