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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十四章 辛辣な見世物
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Ⅱ.戦力差①


 闘技会の二日目。昨日に引き続き晴天に恵まれた演習場は、この日行われる試合に合わせて、前日からがらりと様相を変えていた。

 中隊規模の模擬戦を想定した広場は、北から南まで約一五〇〇メートル、東から西まで約四〇〇メートルの空間を巨大な土壁で覆われている。その範囲内で戦闘を行う予定だ。

 模擬戦を行うにはいささか狭い空間だが、観客向けに見学しやすくするためには仕方がない措置だった。

 土壁の高さは四メートルほどあり、西側のそれはさらに模擬戦場の外側に向かって延びている。その上に観戦席が設けられ、中央に主賓用の専用席、その両サイドに貴族用の観戦席、さらにその外側に平民用の観戦場所が設置されていた。

 模擬戦場から見れば、高台の上に観客がいる格好になる。

 観戦客が誤って落ちないよう立ち入り禁止区域が設けられ、警備兵が注意換気を促している。

 これだけ大胆な改造ができるのは、ここがもともと草木のない砂地だからだろう。

 皇宮から呼び寄せた魔術師たちの頑張りもある。昨日の試合が終わったあとに、地属性魔術でせっせとこの会場をこしらえたのだ。

 そして人々の目線の先には、二つの巨大画像(ヴィジョン)があった。何もない空間に浮かぶそれは、ライヘンバッハ陣営、ベルツ陣営、それぞれの様子を映しだしている。

「わざわざ宮廷の高位魔術師まで呼んだんですねぇ」

 カミルがそう感心するのは、映像投影を可能にする魔術が、最高位魔術師しか使えないと言われる四属性複合魔術にあたるからだ。

 地、火、風、水が基本となる魔術属性だが、この四つの属性を調和させて発動する魔術は光属性魔術とも呼ばれており、超高難度の技術である。

「こうした模擬戦を見世物として観戦させるのは初めての(こころ)みだからな。手探りの状態にしてはよく考えたものだ」

 これに関してはアルフレートも素直に感心していた。

 模擬戦で戦う当事者たちの目には触れないよう、映像を展開する位置には十分に気を遣っているようだ。あくまで公平性は保とうと()()()()()()()()()()ところは評価してもいい。

 どのみちユリウスは相手の不正も織り込み済みではあるのだろうが……。

 試合は中隊規模の部隊で行われる。部隊編成は、人員も含めて自分で用意することになっていた。

 隊を編成する戦略面も評価に含まれるべきである、というのがその理由として説明されたが、実態はアウエルンハイマー公爵麾下(きか)の精鋭部隊をコンラートが使えるようにするためだ。

 そしてイベント開催を急いだ最大の理由もここにある。

「あちらは、シルヴァーベルヒ子爵の介入を相当恐れているみたいですね」

 ステファン不在のうちに急いで開催されたことをカミルはそう揶揄する。

「百戦錬磨、と言えば聞こえはいいが、一部では悪魔の部隊とも囁かれているらしいな」

 アルフレートはステファン・フォン・シルヴァーベルヒのことはよく知らない。それでも流れてくる軍部の噂をたまたま耳にしたことがあった。

「あくまで『一部』ではありますけどね」

 カミルは酷薄な笑みを貼りつけて、薄灰色の瞳を輝かせる。

「的確に弱点を突いたあげく、その傷口を(えぐ)って敵部隊の戦意を(くじ)くのが得意な方ですからねぇ……見倣いたいものです」

「見倣うな、そんなもの……」

 これ以上鬼畜はいらん――その本音がうっかりこぼれ落ちる。

 アルフレートは知らなかった。傍らにいる騎士が軍部でひそかに『第二の悪魔』などと呼ばれているとは、夢にも思わなかったのである。

 カミルは皇子の言葉を聞き流して、視線だけをアウエルンハイマー公に向けた。

「ユリウス様は端から子爵の威を借りるつもりなどなかったでしょうけど、あちらがどう考えるかは、また別の話ですからね」

 自分たちがしようとしていることは相手もするに違いない。アウエルンハイマー公爵はごく自然とそう考えただけなのだろう。

 その事実を鼻で笑ったカミルには、他にも興味津々なものがあった。

「一口に中隊と言っても、その規模は様々ですけど……」

 カミルは両軍の部隊編成が記された手元の紙に目を落とす。

 コンラートが騎兵一個中隊四七八名を用意したのに対して、ユリウスは歩兵一個中隊二二三名の編成でコンラートの半分以下の兵員数であった。

 中隊は二つ以上五個未満の小隊で編成される部隊を指す。

 皇軍や国軍ではこれに特別編成隊として魔術一個小隊を加えるのが基本の編成だ。

 中隊を編成する場合、各小隊は五分隊(ぶんたい)から十分隊(ぶんたい)、一分隊(ぶんたい)は八人から十二人で編成、という具合に、人員数には幅がある。そのため中隊同士でもこうした兵員数の差異は存在し得るのだ。

 ユリウスは皇軍大佐として連隊を率いる身であるから、人員確保は難しくないはずだが、用意したのは二五〇にも満たない兵だった。

「やっぱり、模擬戦のほうでも相手をコケにするつもりのようですね、ユリウス様は」

 呆れた口調とは裏腹に、カミルの唇は楽しげに弧を描いている。

「全ての文句を封じるため、徹底的に相手の自信を粉砕する気なんでしょう。噛ませ犬に抜擢されたライヘンバッハ大尉が、明日から大手を振って歩けなくなるんじゃないかと心配ですが」

 思ってもいないくせに同情的な言葉を吐きだしながら、薄灰色の双眸(そうぼう)は反比例するように冷たく映像越しのコンラートを映しだす。貴族への憎悪に満ちたカミルの内心が、わずかに(にじ)み出ているように見えた。

 アルフレートはあえて気づかないふりをして、試合の開始を待っていた。



「この(たび)の模擬戦は試合形式で行います」

 昨日に引き続き司会進行を務めるヘルマン・ブロス中佐の声が響き渡った。

 いよいよ第三試合の模擬戦が始まる。この試合の結果で、第一皇子アルフレート・ハイムの近衛騎士が変わるかもしれないのだ。

 好奇に満ちた視線が、観戦者の大半を占めていた。

「両軍の詳細は、配布されている『部隊編成表』に記載されていますが、試合開始の前に私からも説明をいたします」

 ブロス中佐が第三試合のルール説明を行う。

 模擬戦とはいえ、実戦形式で行えば死者が出ることもある。今回は訓練ではなく、あくまでイベント開催における見世物としての側面が強い。なるべく死者が出ないよう配慮されたルールになっていることが説明された。

「軍事にはあまり詳しくないんだが……」

 この日もジークベルトと見学に来ていたウィリアムが、ルール説明を聞きながら呟く。

「あれだけの兵力差でも勝てるものなのか?」

 特に答えを求めてのものではなかったが、ジークベルトからは返答があった。

「少なくとも、奇策が必要にはなるでしょうね」

 ジークベルトも軍人を(こころざ)しているわけではないから詳しいとは言えない。だが父や従兄から時おりその手の話を聞くことはあった。

 しかしウィリアムは納得のいかない様子で目を眇める。

「奇策と言っても、こんな(ひら)けた平地では奇襲をかけることすら難しそうだが」

 見晴らしの良い平地には身を隠す場所すらない。アウエルンハイマー公爵が奇策を封じるために用意した舞台だから当然ではある。

「環境が伴わないならば、自分で作ってやればいい……」

 ぽつりと独り言のようにジークベルトが呟く。

 ウィリアムは物問いたげに首を傾けた。

 赤毛の少年が内緒話でもするように口元に指を当てる。

「父が以前、そう言っていたことがあります」

 あの腹黒子爵が言いそうだな、とウィリアムの瞳に好奇の色が宿る。

「では、ベルツ伯爵がどう有利な環境を作るのか、お手並み拝見といこうか」

 クイズの答え合わせを求めるように、錬金術師は模擬戦場を見つめて薄く笑った。

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