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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十四章 辛辣な見世物
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Ⅰ.お手本のような剣術②


 基本の動きがしっかりしている――裏を返せばそれは、構えや前振りを見れば次にどんな攻撃がくるのか予測しやすいということだ。

 だからユリウスは攻撃のことごとくを難なくかわすことができる。

 ユリウスが武器も持たずに舞台に上がったのは、そうした客観的事実から、攻撃をかわしきる自信があったからなのだろう。

 とはいえ、そんな理論は絵に描いた餅のようにも思える。

「理屈の上ではそうだとしても、実際に武器なしで対抗できるものなのか?」

「少なくとも、俺には無理ですねえ。攻撃魔術が使えるなら別ですけど」

 魔術と一口にいっても様々だ。

 水を生みだす、火をおこす、などの生活を助ける簡単なものもあれば、戦いで使用する高度なものもあり、さらに戦闘用の魔術にも、人を殺傷する攻撃魔術と戦いをサポートするための補助魔術がある。

 試合形式の対戦では、攻撃魔術が禁止されていることが多い。周囲への被害が甚大になる可能性が高く、それを防ぐためには相応の人員が必要になるからだ。

 カミルの答え方は魔術剣士らしいものではあるが、彼自身は剣術が苦手というわけではなく、むしろユリウスが手放しで褒めるほどの実力を持っている。それでも素手でコンラートの相手をするのは無謀だと主張しているのだ。

 だがカミルは同時に笑う。

「こと戦闘能力において、ユリウス様は人並み外れていますからね。普通の物差しでは測れません」

 二人が会話を交わす間も、ユリウスはひたすらコンラートの攻撃をかわし続けていた。

 一方コンラートのほうには焦りが(にじ)み、徐々に動きの精彩がなくなっていく。

 コンラートのようなタイプは変則的な動きに弱い。だからユリウスはそこにつけ込んだ。

 予想を外す動きで翻弄(ほんろう)して、相手の足をもつれさせる。体勢が大きく崩れた瞬間を狙って相手の剣を奪いとり、それをコンラートの喉元にぴたりと押しつけた。

 勝敗はあっけなく決した。

 素手の相手に敗北を味わったコンラートは、顔を青ざめさせて悄然(しょうぜん)と肩を落としたのである。



 武器を持っていたはずのコンラートが自分の剣に喉元を抑えられる様を目にして、会場の人々は呆気にとられた。場内からは音が消え、しんと静まり返る。観戦者たちは一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

 やがてはっと我に返った司会が第二試合の勝敗を告げる。それを合図として、時をとり戻した会場に歓声が弾けた。

「意外という気もするが……」

 興奮する人々とは対照的に表情を崩さないままのウィリアムが、興味深そうにぽつりと感想をこぼした。

「君の従兄は思っていたより型破りで非常識だな」

 と、辛辣な意見を口にする。

 従兄を敬愛する少年が反論してくるかと思っていたが、その予想は外れた。

「日ごろ常識的な態度を見せているから余計に性質(たち)が悪いんですよね」

 にっこりと満面の笑顔で返されてしまった。悪口なのか褒め言葉なのか、微妙なところである。

「非常識な強さは今さらのことですが……」

 しかし少年はすぐに笑顔を消して、従兄の青年を見つめた。

「相手を煽って怒らせるようなやり方は初めて見ました」

 疑問を投げかけるような口調で、ジークベルトは首を傾げていた。



 少年たちから遠く離れた専用席では、アルフレートとカミルがそろって呆れ顔を浮かべ、ユリウスの様子を眺めている。


 がんっ!


 唐突に右隣から激しい音が響いた。

 二人が視線を移すと、怒りに震えるアウエルンハイマー公爵の姿がそこにはあった。(いきどお)りに任せて肘掛けに拳を叩きつけたようである。

「相当ご立腹のようですね」

「当然だろうな。あれだけコケにされれば」

 半ば呆れ、半ば同情的な口調でアルフレートたちは囁く。

「ユリウス様の狙いは理解できましたけど……」

 カミルが訝しげに眉根を寄せ、その直後には状況を楽しむように口の()をつり上げた。

「あの方らしくもない、ずいぶんと意地の悪いやり方ですね。誰が知恵を貸したのやら」

 より大勢の目の前で圧倒的な実力差を知らしめる。そうすることで、アウエルンハイマー公爵だけではなく、他の貴族たちにも、つけ入る隙などないのだと教えてやりたい。

 ユリウスはそのためにこのイベントを希望したのだ。

 だがこの徹底したやり方は、本来のユリウスの気性とは真逆のものだった。具体的内容の提案者が別にいると予想するのは難しくない。

 カミルが興味を示したように、アルフレートもその『誰か』の正体が気になっていた。

 一人だけ、思い当たる人物はいる。

「シルヴァーベルヒ子爵の入れ知恵ではないのか?」

「説得力がありますねえ……でも、あの方は領地視察のために数日前から王都にはいませんよ。時期的に無理があるように思えますけど」

 ユリウスがこんな決断をしたのは、彼がアルフレートの部屋に泊まっていったあの日以降だろう。詳細までは知らずとも、ユリウスと友人づき合いのあるカミルがそれを察するのは難しくなかった。

 そしてユリウスが朝帰りしたあの日、シルヴァーベルヒ子爵が領地に向けて王都を発っていることをカミルは知っていた。

 それを聞いてアルフレートは嘆息する。

「どうやら、ユリウスの側にもう一人、鬼畜な性格のキツネがいるようだな」

 その事実に、安心していいのか懸念すべきなのか、判断に迷うところである。

 観客に熱狂と戸惑いと驚嘆を与え、身内を唖然とさせ、対戦相手には強い怒りの感情を植えつけて、イベントの一日目は終わった。

 しかしユリウスが用意した辛辣なシナリオは、ここからが本番であった。

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