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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十三章 近衛騎士の矜持
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Ⅳ.弓の的当て③


 闘技場では勝負が終盤へと差し掛かっている。

 コンラートはすでに十射目を射ち終わり、全射的中を達成していた。

 だがユリウスも譲ることなく、ここまで的中を続けている。

 最後の一射。特に気負う様子も見せずに、構えてからひと呼吸の間で矢を放つ。

「的中!」

 旗が大きく振られ、会場から歓声がわき起こった。

 両者の譲らぬ熱戦に、観客の興奮は最高潮へと高まっていく。

「双方十射命中につき、これより延長五射に入ります。これ以降は先に的を外したほうが敗北となります」

 延長戦について改めて説明が入り、的が新しいものに取り換えられる。

 最初のうちは余裕の素振りで観戦していたアウエルンハイマー公爵も、いまは緊迫を帯びた表情に変わっていた。

 それを見たカミルが楽しげに鼻をならす。

「公爵様はご機嫌ナナメのご様子ですね」

「弓でなら圧倒できるとでも思っていたのだろう。随分とめでたい思考能力の持ち主だ」

 軍部でユリウスは剣術の天才として知られている。

『軍部一の剣術家』という御大層な触れ込みはその印象だけを大きく際立たせた。そのせいで、それ以外の武術に関しては情報が薄くなってしまっている。

 アウエルンハイマー公爵も『剣術の天才』という情報に踊らされ、他の技術は人並みでしかないと思い込んでいた節がある。だから想定外の展開に焦りを感じているのだろう。

 公爵の焦りを逆なでするように、弓術勝負は互角のまま進んでいった。

 歓声と拍手の大きさに差をつけてコンラートを目立たせよう――ライヘンバッハ(サイド)が用意したこすっからい目論見も、今や無意味なものと化している。

 ユリウスが矢継ぎ早に矢を放ち、テンポの良さで他の観客たちを乗せてしまったせいだ。

 そんな空気のなか、延長戦は四射目まで終わった。

 両者外すことなく的中を続けているため、勝負の行方は最後の一射に託される。

「次が最後の一射になります。双方が的中した場合、より中心に近いほうが勝利となります」

 ブロス中佐が説明する間に、的がまた新しいものに取り換えられる。

 これで最後とあって、会場全体が緊張に包まれていた。

 観客が固唾(かたず)を呑んで見守るなか、先攻のコンラートがゆっくりと弓を構える。慎重に狙いを定め、気合いとともに放たれた矢がドスっと低い音を立てて的に命中した。

 アウエルンハイマー公爵の頬がぴくりと痙攣(けいれん)する。

 矢は的の中心から数センチ右下にずれていた。

 考えたくもないことだが、仮に、万が一、ベルツ伯爵がど真ん中を射ぬいた場合、息子が一敗を喫することになる。

 大きな計算外になってしまうではないか――公爵の背に冷や汗が伝う。

 最後の一射にむけて弓を引き絞ったユリウスは、これまでになく時間を使って慎重に狙いを定めた。弓の軋む音を聞きながら静かに息を吐きだす。

 集中力を研ぎ澄ませ、矢の道筋が見えたと思った瞬間に、呼吸を止めて手を放した。

 一直線に飛んだ矢は、コンラートの矢と同様に的の中心から数センチ右下にずれた場所に突き刺さった。

 判定役の兵士がそれぞれの的の中心から矢までの距離を計る。

 観戦者たちがドキドキと、あるいはワクワクと、そしてアウエルンハイマー公爵がハラハラと見守るなか、計測の結果が司会のブロス中佐へと伝えられた。

 そして、

「この勝負、ライヘンバッハ伯爵の勝利となります!」

 勝敗が宣言された瞬間、ワッと歓声が湧いた。

 アウエルンハイマー公爵は安堵(あんど)のため息を吐きだしたあと、気をとり直してほくそ笑んだ。

「まずはコンラートが一勝を頂きましたな」

 勝ち誇るように左隣に座っている皇子へと話しかける。

 アルフレートは動じることなく笑みを返した。

「実力差は感じなかったがな」

 アウエルンハイマー公爵の眉間にシワが寄る。公爵は反論に(きゅう)して顔を(そむ)けた。

 その様子にアルフレートは嘲笑を送る。

 カミルは二人のやりとりには興味がなさそうで、ただしみじみとした呟きをこぼした。

「相変わらず嫌味な方ですねぇ、ユリウス様も」

 その声には本音成分が八割以上入っていたように思われる。

「確かに……後攻だったせいで、それがより際立(きわだ)ったな」

 呆れ口調で返すアルフレートもまた、ユリウスが何をしたのか、その意図を察していた。

 弓勝負の勝敗自体には頓着(とんちゃく)していなかったユリウスが「できれば後攻がいい」と言っていたところから、負け方にはこだわりたかったことが(うかが)える。

 最後の一射はコンラートとほぼ同じ場所に(あた)り、計測が必要になるほどわずかな差しかなかった。あの一射のときだけ時間をかけて狙いを定めていたことから考えても、狙ってやったとしか思えない。

 それを狙ってやれる技量の高さをカミルは嫌味だと言っているのだ。

「このあと、何を企んでいるんでしょうかねえ」

 表向きはアルフレートの希望で開催された対決イベントではあるが、実際にはユリウスの頼みによって実現した催しであることをカミルも知っている。

 ユリウスは、アウエルンハイマー公爵につけ入る隙を与えてしまったことを悔いていると言っていた。

 だから今回の催しでその隙を潰そうとしているのだろう。そのためには、ただ普通に勝つだけでは足りないと考えているはずだ。

 弓勝負にわざと負けたのは、三本勝負に持ち込むため。どちらが勝ってもおかしくないと思わせられるように今回は僅差(きんさ)で負けた。

 しかし残りの二戦も僅差の勝負になったのでは、相手のつけ入る隙を潰すことにはならない。何かを企んでいるのは確実だった。

 アルフレートとカミルが興味津々で見守るなか、会場では二戦目の準備が整えられていく。

「第二試合は一対一の決闘となります。武器はご自分で用意したものを使用していただき、魔術は補助魔術のみ使用可能となります」

 ブロス中佐の解説が入り、ルールに従ってコンラートが愛用の剣を構える。

 当然ユリウスもそうするだろう――誰もがそう思った。

 しかし対戦場に立つユリウスはその手に、一切の武器を持っていなかったのである。

【第十三章 近衛騎士の矜持】終了です。

弓術勝負で出てきた弓は韓国の角弓がモデルです。より実戦向きなもので飛距離が出る弓としては理想的だったので。

あと個人的にはフォルムが美しくて好きなんですよね(’-’*)♪

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