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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十三章 近衛騎士の矜持
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Ⅳ.弓の的当て②


「貴公の息子は人気があるようだな」

 アルフレートは笑みを作ると、あえて公爵が望む言葉を投げかけた。

 右隣の観戦席でアウエルンハイマー公は満足げに笑う。

「まだ未熟な息子ではありますが、人徳には恵まれているようです。あの子が近衛となれば、人脈面で殿下のお力になれること、疑い御座いません」

 公爵の視線がちらりとカミルの顔を舐める。さしたる人脈も持たない『成り上がり騎士』を見下したいようだ。

「それは頼もしい限りだな」

 口の端だけ持ち上げて応じたあと、アルフレートは(すみれ)色の視線を闘技場に戻す。つられてアウエルンハイマー公も観戦に意識を戻した。皇子の目が笑っていないことには、どうやら気づいていないらしい。

「父親頼みの人脈が自慢になると思ってるんですかねえ」

(あわ)れな男だ」

 周囲には聞こえない声で二人が囁きあう。冷笑するカミルとは反対に、アルフレートは面白くなさそうな表情を浮かべていた。

 会場では闘技者の紹介を終えたブロス中佐がイベントの進行を続けている。

「まず第一試合は、弓の的当て勝負となります」

 弓を手にしたユリウスとコンラートが、それぞれに弓の感触を確認したりと準備を始めていた。

 二人の二〇〇メートル先には直径一メートルほどの的が二つ用意されている。

 二〇〇メートルという距離の設定は、コンラートが弓術に絶対的な自信を持っていることを意味していた。

 弓は射程距離が一五〇を超えると、命中させるのが格段に難しくなるという。それをあえてこの距離でいこうというのだから、その自信は相当なものだ。ここで派手にユリウスとの差を見せつけてやろうという算段なのだろう。

 使用する弓は、三百年前に大陸の外から入ってきたという角弓(つのゆみ)である。

 弓の真ん中、握りの部分を中心として、その上下が山なりに湾曲(わんきょく)しているのが特徴だ。強度、威力、飛距離すべてに優れた弓だが、材料の希少性と製作工程の複雑さのせいで手に入りにくいため、一部の貴族しか持てないとも言われる貴重品である。

 舞台上では司会のブロス中佐がルールの説明を行なっていた。

 弓の的当て勝負の基本的なルールは次のようなものだ。

 弓を交互に十射ずつ射ち、より多く的に()てたほうの勝利。

 的中数が同じだった場合には延長戦を行う。

 延長戦は最大五射で行い、先に外したほうが負けとなる。

 延長戦において双方が五射すべてを的中させた場合は、最後の五射目でより的の中心近くに()てたほうが勝利となる。

 また、一切の魔術の使用を禁止とする。

 ルール説明を終えた司会のブロス中佐が競技者二人を見る。

 ユリウスとコンラートが矢を持った右手を頭上に掲げた。準備が整ったことを示す合図だ。

「これより第一試合、弓術勝負を開始します」

 高らかに競いあいのスタートが宣言された。

「では、先攻のライヘンバッハ伯爵から第一射をお願いします」

 ブロス中佐がそう促すと、観客から大きな歓声が上がる。

 射手の集中を乱さないようにと警備の兵たちから注意が入る。兵士たちの積極的な呼びかけで会場はすぐ静かになった。

 コンラートが弓を構える。静寂のなかに弓の軋む音だけが響いた。狙いを定めて一射目を投じると、矢が的に向かって飛んでいき、ドスっと低い音を立てる。

 的の横で兵士が大きく旗を振りまわした。

「的中!」

 判定の声が響き、見物客から歓声と拍手が起こる。

「では、お次は後攻のベルツ伯爵。第一射をお願いします」

 再び観客から歓声が上がる。しかし観客をなだめる警備兵たちの動きが先程よりも明らかに鈍い。会場にざわめきが残るなか、ユリウスは一射目を放つことになった。

 弓を構えて、ひと呼吸。

 観客が息を呑むひまもなく、ユリウスの手を離れた矢が的に突き刺さる。

 旗が振られ「的中!」と声が響き渡る。反射のように客席から歓声と拍手が起こった。

 そのまま第二射、第三射と試合は進んでいく。

 競技の様子を無感動に眺めながら、カミルは小声で呟いた。

「彼らは噂を上手く拾ってくれたみたいですね」

 その声を聞きとった皇子が皮肉げに口元を歪める。

 アルフレートに命じられ、こちらの意図通りにアウエルンハイマー公爵を誘導するため、カミルはいくつかの噂をばらまいた。


「アルフレート皇子が弓術の勝負に強い関心を示しているらしい」

「三本勝負のうち最初の一本を取ることが、皇子の気を引く上では重要となるはずだ」

「弓の勝負は、得意であれば先攻のほうが相手にプレッシャーを与えられて有利だろう」


 弓の勝負はできれば後攻でやりたい、というユリウスのわがままも拾い上げて、数ある噂話の中に(まぎ)れ込ませた。ブルンクホルスト、アウエルンハイマー両公爵が結託しているなら、どちらか一方に届けば十分である。

「この短期間でよく奴らに届いたものだ」

 呆れ半分、もう半分は感心するようにアルフレートが言葉を返す。

 大きなイベントは通常ならもっと準備期間を設けて、告知や招待客の選定などをじっくり行うものだが、今回はずいぶんと急いで日程が組まれた。

 演習場を使用できる日が限られているため、というのが表向きの理由だが、ユリウスに準備期間を与えたくないという裏の事情があったことは明白だった。

「こんな短期間であのお人らをうまく誘導しろ、なんて無茶を言われたもんですから、ずいぶんと苦心しましたよ」

 言葉とは裏腹に、カミルの口調は楽しげだった。

「実際、どんな手を使ったんだ?」

 質問するアルフレートの視界の先では、弓術勝負が坦々と進められている。闘技場ではコンラートの六射目が始まろうとしていた。

「単純に人海(じんかい)戦術を使っただけです。部下や魔術学校の後輩たちに協力してもらいました」

 もっと詳しくいえば、軍部の伝手(つて)をすべて使い、魔術学校から繋がりのある知人にも声をかけて、多方面から迅速に噂が広まるように仕向けたのである。

 これほど大胆に動いたのは、短期間であるため、あちらに噂の出所を探る余裕はないと分かっていたからだ。広範囲に手を回す手間はあったが、出所を隠す必要がなかったぶん簡単だったともいえる。

「欲深い方たちは思考が読みやすくて助かります」

 自分たちに都合の良い噂は確実に拾ってくれるだろうと確信があった。

 意地悪く囁いたカミルは、アウエルンハイマー公爵にちらりと視線を送る。

 公爵はこちらの意図に気づいた様子もなく、真剣に弓術勝負に見入っていた。

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