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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十三章 近衛騎士の矜持
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Ⅳ.弓の的当て①


此度(こたび)の急な(もよお)しに、(みな)よく集まってくれた」

 挨拶を始めたブルンクホルスト公グスタフの声は、風属性の魔術によって遠くまでもよく響いた。

 公爵がまとう黒い軍服には、彼自身がもつ漆黒の髪と瞳がよくマッチしている。本人もそれを気に入って、愛用の槍を黒く染めあげ、自ら『黒騎士』を名乗っているというもっぱらの噂だった。

「第一皇子殿下首席近衛選抜闘技会という主題にもある通り、これはユリウス・フォン・ベルツ伯爵とコンラート・フォン・ライヘンバッハ伯爵、どちらが殿下の首席近衛に相応しいかを見極める競いあいとなる」

 安直なイベント名ではあるが、それはこのイベントの結果如何(いかん)で首席近衛の交代があり得ることを衆目に知らしめるためだ。

 ぐるりと会場を見渡してから、公爵は言葉を続ける。

「二人の健闘を大いに期待し、また楽しんでもらいたい」

 そう締めくくったあと、ブルンクホルスト公爵は自分の席へと戻る。入れ替わるように三十歳前後と思われる男が決闘場へと歩みでた。

「これより、私ヘルマン・ブロスがイベントの進行を行なってまいります」

 進行役の男は軍部でブルンクホルスト公爵の補佐役を務めている武官だ。物怖じしない明るい人柄で知られている。明るいオレンジ色の髪と瞳が、彼の人物像をさらに明るいものに見せていた。

「それでは本日競いあうお二人をご紹介いたしましょう。お一人目は、第一皇子殿下の()首席近衛であるユリウス・フォン・ベルツ伯爵です」

 司会に促されて、ユリウスが闘技場の中央へと進みでる。会場からまばらな拍手が聞こえてきた。

「やけに『現』を強調していましたねえ、ブロス中佐」

「このイベント後には『前首席近衛』とでも呼ぶつもりでいるのだろう」

 カミルが楽しそうに呟き、アルフレートが鼻で笑う。

 公正な第三者として主催者に選ばれたブルンクホルスト公爵だが、彼がアウエルンハイマー公爵と結託していることをアルフレートたちは知っていた。

 アウエルンハイマー公爵がブルンクホルスト公爵を推薦した際、ユリウスとも自分とも確執の余地がないことを理由にしていた。

 しかし黒元帥ブルンクホルスト公といえば、三年前にマンハイム公爵領で起こった雪山の反乱の折に恥をかいた経緯がある。

 公爵が鎮圧困難として投げ出した事案――それを、ユリウスとカミルが少数の手勢であっさりと攻略してしまったせいだ。結果的に顔に泥を塗られる形となったブルンクホルスト公爵は、(いびつ)な復讐心を絶えず胸中に(くすぶ)らせていたはず。そういうタイプの男なのだと知っている。

 彼の忠実な補佐官がユリウスに対して揶揄(やゆ)的な言い回しをするのは自然な流れだろう。

 ブロス中佐は明るい声を響かせて紹介を続けた。

「お二人目は、白元帥アウエルンハイマー公爵のご子息であるコンラート・フォン・ライヘンバッハ伯爵。ベルツ伯爵とは士官学校の同期生で、首席卒業生でもあります」

 ライヘンバッハ伯爵――それは正式な呼び方として相応しくない。貴族の子弟には本来、爵位などないからだ。

 その家柄に敬意を表して便宜的に父親の一階級下の爵位で呼ばれるが、コンラートは次男であり家督を継げないうえに、年齢もとうに二十半ばに達している。いつまでもライヘンバッハ侯爵家の庇護下(ひごか)にはいられない立場だ。

 それをあえて爵位で呼ぶのは、ユリウスと対等だと印象づけるためだった。

 軍の階級でいえばコンラートは大尉、ユリウスは大佐である。どうしてもコンラートのほうが見劣りしてしまうのだ。だから正式なものではないと知りつつ、爵位で紹介したのである。

 焦茶色(ダークブラウン)の前髪をかきあげて、それと同色の瞳で対戦相手を流し見ながらコンラートが闘技場の中央に進みでると、客席では大きな拍手と喝采(かっさい)が鳴り響いた。

 明らかにユリウスのときとは違う反応に、カミルは肩を竦める。

「予想通り、周りから固めてきましたね」

 アウエルンハイマー公爵は、自分と親しい貴族や武官を数多く招待していた。コンラート有利の空気を作りだし、同時に一般の庶民にコンラートのほうが人気があるよう印象づけるためだ。

 ユリウスにプレッシャーを与える目的もあるだろう。だがカミルの呟きには、無駄な努力を、と言わんばかりの(さげす)みが(にじ)んでいた。

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