Ⅱ.くだらない反抗心②
野外演習場に近づくと、すでに多くの人が集まり、賑わいを見せていた。
「華やかですねえ。ずいぶん様変わりしたもんです」
普段は訓練に訪れる兵士たちの熱気で、引き締まった空気が漂う演習場――そこが今は簡易的な客席などが設けられたイベント会場と化している。
二日に渡って行われる競いあいは、一日目に弓の的当てと決闘、二日目に部隊を率いて戦う模擬戦が予定されている。
「それにしても、えらく安直な名前ですね」
会場入り口に華々しく書かれたイベント名を目にしたカミルが鼻で笑う。
「分かりやすくて良かろう。どうせ茶番にすぎないのだ」
騎士以上に馬鹿にした口調でアルフレートは「そうだろう?」と首席近衛を仰ぎ見る。
ユリウスはただ静かに笑うだけだった。
『第一皇子殿下首席近衛選抜闘技会』と題された今回の企画は、ブルンクホルスト公爵が便宜上の主催者ではある。しかし元々はアルフレート皇子の発案で組まれたイベントであるため、予算は財務官府から出ていた。
さらに皇子の意向により、一般の庶民にも見学の場が用意された。国の予算を使う以上は市井の民にも還元せねばならない、というのが表向きの理由だ。出店の許可も出ており、税が特別に免除されることもあって、市井の民たちも喜んで会場を訪れていた。
おかげで多くの人々が足を運び、会場は祭りのような雰囲気で賑わっている。
客席は貴族用と庶民用に分けられ、当事者ともいえるアルフレート皇子とアウエルンハイマー公爵には、特別な専用席が用意されていた。
対戦場へと向かうユリウスと別れたアルフレートは、護衛兵を引き連れて自分用の観覧席についた。その傍らにはカミルが控えている。
「ユリウスが言っていた『首席をとる機会をふいにした』というのは、どういうことだ? そなたには心当たりがあるようだったが」
落ち着いて問い質せる態勢になったところで、アルフレートはカミルに訊ねた。周りには聞こえない程度に声量を抑えている。カミルもそれに合わせて声を低め、口調も少し硬くなった。
「士官学校の卒業前に武芸大会があるのはご存知ですよね?」
武芸大会というのはトーナメント形式で行われる士官学校生同士の競いあいである。卒業間近に行われ、その結果は最終的な成績にも反映される。
カミルの言葉に、アルフレートは頷いた。
「ああ。あいにく、あの年の大会は見損ねてしまったがな」
あの年の大会とは、もちろんユリウスたちの代に行われたもののことだ。あの年、皇后と例の約束を交わしてしまったために、アルフレートは行動の自由が利かなくなり、見に行くことが叶わなかった。
士官学校の武芸大会は弓術部門と、近接武器を用いた武術部門の二種類がある。通常はどちらか得意なほうを選択して予選から参加することになるが、両方の予選に出てどちらも本選に出場するという生徒もまれにいる。
双方に出場して好成績を修めれば、卒業時の成績を大きくランクアップさせることもできるわけだ。
「あの年は、ユリウス様と俺、それにアウエルンハイマー公の子息であるライヘンバッハ大尉が、弓術と武術双方の部門で予選を突破しました。ですがユリウス様と俺は、本選の出場を辞退したんです」
「わざわざ予選をパスしたのにか?」
「予選は生徒同士の対戦ではない分、遠慮の必要がありませんからね」
「……なるほど。本選では上位貴族への忖度が働くわけか……」
「上位貴族に睨まれると、色々と面倒ですからねえ。本選でわざと手を抜く者も珍しくないです」
目上の者に媚びへつらう者や、権力を持った彼らに目をつけられないよう消極的になる者は珍しくない。士官学校生の中には将来家督を継げない弱い立場の者も多いから余計だ。
だがユリウスやカミルが辞退したのは、忖度の結果ではないだろう。『反抗心』と彼らが表現していたことからもそれは窺える。
アルフレートには、二人の気持ちが何となく想像できた。
「確かに真面目に参加するのは馬鹿馬鹿しいかもしれんな。そなたらの気持ちも分からなくはない」
特に伯爵家の嫡男だったユリウスは忖度される側にもなり得る。そんな環境のなかで優勝を手にしても、素直に喜ぶことはできないだろう。
士官学校卒業後に家名を捨てるつもりだったカミルは、その気になれば忖度なしに戦って優勝も狙えたはずだ。しかしユリウスが出場しない大会では、勝っても釈然としないものは残ったと思われる。
結果として、カミルも友人に同調するような形で大会出場をボイコットしたのである。
アルフレートはそんな二人の心情を正確に読み解いていた。
一方でユリウスの『くだらない反抗心』という言葉にも頷ける。
ボイコットする以外にも反抗の示し方はあったはずだし、戦わずして逃げたのだと批判されても反論はできない。
「ユリウス様にとって、若気の至りで済ませるには、後悔が大きすぎるのかもしれませんね」
「潔癖な奴だからな」
だから過去の汚名を雪ぐために今回の企画を望んだのだろう。
ということは、ただ勝つことだけを目的にはしていないはずである。ユリウスが何をやろうとしているのか、アルフレートは不謹慎にも胸躍る感情が湧き上がるのを抑えられずにいた。