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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十三章 近衛騎士の矜持
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Ⅱ.くだらない反抗心①


 王都ドルトハイムの外壁(がいへき)を出て北東。野外演習場があるそこでは、皇子の首席近衛と公爵子息による対決の準備が進められていた。

 ウィリアムがシルヴァーベルヒ邸を訪れた翌日、その朝方のことである。

 巨大なイベント会場に姿を変えた野外演習場に向けて、早朝からたくさんの人々が移動を開始していた。

 多くの貴族たちが馬車で悠々と会場に(おもむ)くなか、アルフレートは近衛騎士二人と数人の護衛を伴って、馬を走らせていた。窮屈な馬車を嫌う皇子は、こうして自ら馬を駆ることが多い。

 外壁から出て一キロほど走らせたところで、いったん馬を休ませるための休憩をとる。

「ところで、今回のイベントの意図って何なんですか?」

 カミルが今さらのようにそんな質問を投げかけてきた。護衛の兵たちから少し距離を置いた木陰へと移動したあとのことである。

 聞いておきながらアルフレートとは目も合わせず浅葱(あさぎ)色の前髪をいじる姿は、ただの興味本位だと言わんばかりの態度だった。

 だからというわけでもないが、皇子の返答は素っ気ない。

「詳しいことは私も知らん。ユリウスに聞け」

「詳細も確認せずセッティングしたんですか?」

 愉快(ゆかい)そうに笑うカミルの言葉は「軽率な」というより「物好きな」という感想を(はら)んで聞こえた。

 公式の場でもないため、カミルの口調はいつも以上に軽く響く。

「そなたも事情を確かめずに噂を()いていたではないか」

 皇子は負けじと揶揄(やゆ)的に反論する。その声もまた気楽さが(にじ)んでいた。

 アウエルンハイマー公爵にこちらの意図通りの選択をしてもらうため、カミルはいくつかの噂をばら撒いた。アルフレートが先日、カミルに任せようと言っていた「毒」をばら撒く作業がそれだ。

「俺はただ殿下の(めい)に従っただけですよ」

「そなたが言うには説得力に欠ける言葉だな。納得のいかない命令には従わない性質(たち)だろう」

 アルフレートの再反撃に対して、カミルはただ肩を竦めただけだった。

「で、真意は何なんです?」

 と、改めてユリウスに問う。薄灰色の瞳には好奇心の色が顕著(けんちょ)に浮かんでいた。

 ユリウスから苦笑がもれる。

「アルフレート殿下の近衛騎士として、十分な責務を果たせていないと、そう思っただけだ」

 返ってきた答えは、端的で具体性に欠けるものだった。しかしカミルは若干鼻じろんだ様子で少しだけ後退(あとずさ)る。

「それって、俺にとっても耳の痛くなる話だったりします?」

 普段は不真面目で軽薄な言動が目につくが、その実、自身の負うべき責任は(わきま)えているのがカミル・フォン・ディステルという男である。近衛騎士の立場にある者として素知らぬ顔はできなかったようだ。

 ユリウスが彼を信頼する理由のひとつがそこにある。

「いや、あくまで俺個人の問題だ。士官学校卒業前には、すでに殿下の近衛騎士になるつもりでいたのに、俺はそのための努力を怠っていた。それを痛感したから、今日この機会を設けてもらったんだ」

 アルフレートとカミルがそろって首をひねる。奇しくも頭を傾ける方向が一致していた。

 絶妙に動きをシンクロさせる二人の姿に、思わず苦笑を洩らしてから、ユリウスは言葉を続ける。

「士官学校を首席で卒業しておくべきだった……そうできる自信はあったのに、俺はくだらない反抗心で自ら機会をふいにしてしまった。そのせいで、アウエルンハイマー公爵につけ入る隙を与えてしまっていることを、今とても後悔している」

 それを聞いたカミルが、やはり苦い表情を浮かべる。

「それなら、やっぱり俺にとっても無関係とは言えないですね。俺も『くだらない反抗心』に従った一人なので」

 騎士二人が自責の念に駆られるなか、アルフレートにだけは話が見えず、ひとり困惑する。なんだか自分だけおいてけぼりを食っているようで面白くない。

 もっと具体的に説明しろ、とアルフレートが言いかけたとき、護衛の兵士が歩み寄ってきた。どうやら休憩終了の時間であるらしい。

 時間に遅れるわけにもいかないため、仕方なく話を切り上げて、皇子一行は再び馬の背に(また)がり、イベント会場へと向かった。

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