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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十二章 天才と呼ばれた錬金術師
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Ⅳ.天才の自覚③


 薬作成の作業は順調に進み、程なくウィリアムは仕上げの調合を終わらせる。

 その手際(てぎわ)を目にしたジークベルトが感嘆の息を洩らした。

「すごいですね。これだけ複雑な調合をいとも簡単にやってのけるなんて……貴方が天才錬金術師と呼ばれる理由が、よく分かります」

 仕上げとして行なった調合は三属性を組み合わせた複雑なものだ。材料の比率に気を遣うのはもちろんのこと、構成する魔術の術式も上級クラスの難解な技である。それをごく当たり前のように行使してみせたのだから、赤毛の少年が感心したのも当然のことだ。

 だがウィリアムは控えめな苦笑を洩らす。

「……俺は天才じゃないよ」

 自虐のような錬金術師の呟きに、ジークベルトが首を傾げる。

「本当の天才は、実験と失敗を繰り返したりはしないものだ」

 誰かに『天才』と呼ばれる度、(いまし)めのように繰り返してきた独白。

 本当の意味での天才――その存在を知っているから、自分は思い上がりと無縁でいられた。だがそれは同時に、諦めの感情を呼び起こすものでもあった。

「あの人はいつも……俺には見えないものを見ていた」

 敵わないと思った唯一の相手――兄パトリックの顔を思いだしながら、ウィリアムは本音を吐露(とろ)していた。

 感情の抜け落ちたような呟きに、ジークベルトは既視感めいたものを覚える。類似の感覚を知っている気がした。だからだろうか。その疑問は無意識にぽつりと口からこぼれ落ちていた。

「その人に、嫉妬……しますか?」

 少年がストレートにぶつけた質問は、ウィリアムの意表をついた。考えたこともなかったからだ。しかし同時に、なるほど、とも思う。

「嫉妬、か……確かに、相手が兄でなければ、嫉妬していたのかもしれないな」

 兄であるパトリック・ミラーは、ウィリアムにとっては親代わりでもあった。自分を守ってくれる存在であり、ただひたすらに尊敬の対象だったから、対抗意識など芽生えようがなかったのである。

 もし今でも兄が生きていたなら、ライバルとして意識する瞬間もあったかもしれない。

 しかし兄はすでに他界し、手の届かぬ場所へと行ってしまった。

 この世にいない、傍にいてもくれない相手に闘争心を燃やしたところで、ただ虚しいだけではないか――たった一人の肉親を失ったウィリアムの胸中では、兄ほどの才能を持たない自分への(いきどお)りだけが静かに(くす)ぶり続けていた。



 薬を完成させたウィリアムは、一人でウリカの部屋に戻った。

 優秀な助手を務めてくれた少年は「後片付けはやっておきます」と言って、まだ厨房(キッチン)に残っている。

 錬金術師が手にした小鉢(こばち)には薄く色づく赤い液体が入っていた。少量なため、容れ物は小鉢で十分だったのである。

 元々のレシピに沿って作るともっと量が多くなるのだが、これは独自に改良を加えて、少ない量で同じ効果を得られるようにしたものだ。

 さらに少し甘めの味つけで、飲みやすい薬になっている。極力患者の負担を減らそうというウィリアムのこだわりがそこにあった。だからこそ街での人気も高いのだ。

 ウィリアムが子爵令嬢の部屋に入ると、クリスティーネ夫人が一人で娘の看病をしていた。

 ウリカの看病で憔悴(しょうすい)しきった侍女(ハイジ)は、マリアの子守りという名目で休ませている。

 四歳の末っ子はちょうどお昼寝の頃合いだ。

「ご苦労さま」

 薬を持って戻ってきたウィリアムに(ねぎら)いの言葉をかけた夫人は、小鉢を受けとると、それを水差しが置かれている卓の上に置いた。

 そして表情をわずかに曇らせる。

「問題は、この子が薬を飲めるかどうかね……」

 ウィリアムが首をひねると、夫人は眉尻を下げて説明した。

「ウーリは薬に心的外傷(トラウマ)があるのよ」

心的外傷(トラウマ)?」

 オウム返しで問うウィリアムに、クリスティーネは少し複雑そうな笑みを見せる。

「幼い頃に薬を飲んで、ひどい幻覚を見てからよ」

 鼓動がどくりと脈打つのを感じた。

 過去の苦い記憶が掘り起こされ、強い自責に駆られたからである。

「幻覚……もしかして、()()()()?」

 動揺を隠しようもなく、恐る恐るウィリアムは尋ねた。

 そもそもクリスティーネを相手に本音を隠すのは難しい。相手の心情を嗅ぎわける嗅覚に優れ、理屈を無視して人の本質を見抜く。そんな人間も世の中にはいるのだ。

 だから彼女の前で虚勢を張るのは諦めているウィリアムだった。

 問いかけに頷くクリスティーネ夫人は、微苦笑を浮かべているように見えた。

「そう。あの時の、貴方が作ったあの薬よ」

 ウィリアムは深くため息を吐きだした。

「俺のせいか……」

 独りごちるような呟きに、クリスティーネが小さく笑う。

「そうね。貴方にとっても苦い思い出だと思うけれど……」

 ショックを受けながら、夫人が先ほど医師に対して「難しい診察をお願いしている」と言っていた意味が理解できた。

 それだけにいっそう罪悪感がつのる。

 視線を伏せて言葉を返せなくなったウィリアムに、だがクリスティーネは明るい口調と微笑みをもって告げるのだ。

「過去の汚点を払拭(ふっしょく)するための機会(チャンス)をあげるわ。だから、貴方が何とかなさい」

 気を遣ったとも、突き放したともとれる表情でウィリアムを見据えて、クリスティーネは立ち上がる。

「私は応接室(ドローイングルーム)で待っているから、終わったら顔を出してちょうだい」

 そう言い残して、返事も聞かずにさっさと部屋から出ていってしまった。

 そんな無責任な……と突っ込みたくなるが、そう言ったところで彼女は笑うだけだ。

「あら。それだけ貴方を信頼しているのよ」

 そう言って屈託なく笑うのだろう。まるで脅迫のように、なのに曇りのない双眸(そうぼう)で真っ直ぐこちらを見つめて……。

 無邪気に拒否権を取りあげられたウィリアムは、ベッドに横たわる子爵令嬢を見下ろして、ただ静かに吐息した。

【第十二章 天才と呼ばれた錬金術師】終了です。

とりあえず、なんか色々ありましたね。

この後も色々あります(*’ー’*)ノ

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