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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十二章 天才と呼ばれた錬金術師
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Ⅳ.天才の自覚①


 ジークベルトは首を傾げる。

 先日会った異国の錬金術師が、母クリスティーネと愛称で呼び合っているからだ。

 二人の間には独特の空気が漂っていた。

 少年の腕に抱えられた少女が、兄を真似て首を傾けている。妹の赤毛を撫でてやりながら、ジークベルトは何も言わず事態を見守ることにした。

 正直、話に割って入る勇気はない。

「まったく音沙汰がないものだから、貴方に嫌われているものと思っていたのだけれど、今日は一体どういう風の吹きまわしかしら」

 にっこりと満面の笑みを浮かべたクリスティーネが、彼女にしては珍しく嫌味ばしった言い回しでそう訊ねる。

 どうやら音沙汰のなかった錬金術師に何やらご立腹のようだ。

 ウィリアムが気まずそうに視線を逸らした。

 ふうっと小さく息を吐きだしたクリスティーネ夫人は、どこか複雑そうな笑いを浮かべてから言葉を続ける。

「――と、言いたいところだけど、いいタイミングで来てくれたから、今回は見逃してあげるわ」

 冗談に聞こえなかったですよ――脳裏に浮かんだ突っ込みをジークベルトは喉元で呑み込んだ。

 息子の心情を知ってか知らずか、彼女は何事もなかったように本題に入る。

「ウーリのために来てくれたと思っていいのかしら?」

 ウィリアムは素直に頷いた。

 ひねくれ者の錬金術師も今はあまのじゃくを発揮する余裕はなく、神妙な口調で答える。

「ラドウル熱に(かか)っている可能性があります。適切な薬を投与しなければ、命を落とす危険性もあるので、彼女の症状を確認させてもらいたいんです」

「いいわ。部屋まで案内してあげる」

 ウィリアムの要求を、クリスティーネは周囲が驚くほどにあっさりと了承する。

「あ、あの……」

 遠慮がちに口を挟んだのは、クリスティーネの後ろに控えていた客人だった。

「失礼ですが、こちらの方は?」

 彼は(いぶか)しげな視線をウィリアムに投じる。

「錬金術師です。わたくしの古い友人なの」

 古い友人、という発言にジークベルトは驚いた。この錬金術師がこの国に来たのは昨年のことだと姉は言っていたはずだが、どういうことだろうか……。

 ジークベルトが考え込む一方で、客の男もまた驚きに目を剥いていた。

 だが彼はジークベルトとは別種の驚きを(たた)え、それをクリスティーネに訴えたのである。

「錬金術師ですと!? いけません奥様! そのような怪しげな者にお嬢様の診察をさせるなど、とんでもないことに御座います」

 発言を聞いて、この男は医者なのか、とウィリアムはすぐに了解した。

 この国の医者には錬金術師を嫌う者が多い。

「怪しげな術で正体の知れない薬を作り、高値で売りさばく胡散臭い輩」という偏見が医師たちの間で蔓延(はびこ)っているからだ。

「医者の領分を侵している」

「医者としての矜持(きょうじ)を傷つけられた」

 などといった、被害妄想にとりつかれた批判を耳にすることはもはや日常茶飯事だ。

 錬金術で作られた薬の効果を目の当たりにしても、プライドが邪魔をするのか素直に認めようとしない医師も少なくなかった。

 専門家としての意地と自尊心(プライド)が目を曇らせることは往々にしてあることだ。ウィリアムをすんなり受け入れたレフォルト医師のほうが異質なのである。

 だからウィリアムはさして気にすることもなかったのだが、この医師の態度に不快を(あら)わにした人物がいた。

「お言葉が過ぎましてよ、バルマー医師(せんせい)。わたくしの友人を愚弄(ぐろう)するがごとき発言は(つつし)んでくださいませ」

 怒りを帯びたクリスティーネの言葉に、医師は鼻じろんだ。

「い、いえ……決してそのようなつもりでは……」

 言葉を詰まらせるバルマー医師に、不機嫌顔の子爵夫人は容赦しなかった。

「難しい診察をお願いしていることは百も承知しております。医師(せんせい)が病状に見当をつけられなくとも、仕方のないことと理解しておりますし、こちらとしても申し訳なく思います。しかし、だからといってそのことに居直り、根拠もなく他者を責め立てる資格が貴方にあるのですか?」

 底冷えするような冷たさで糾弾(きゅうだん)されて、バルマー医師が言葉を失う。クリスティーネはそれに一瞥(いちべつ)だけくれて、モーリッツに声をかけた。

「バルマー医師(せんせい)がお帰りよモーリッツ。丁重にお見送りして差しあげて」

 医師に興味をなくした素振りで夫人はさっさと執事に託す。

(かしこ)まりました奥様」

 モーリッツも即座に応えて、何事もなかったように医師を外へと誘導した。速やかにさりげなく促されたバルマー医師は、反論もできないままおとなしく追い出されるしかなかった。

 あの人はもう呼ばれないな、とジークベルトが胸中で辛辣(しんらつ)な感想を抱く。

 クリスティーネはもうそちらには見向きもせず、ウィリアムへと向き直った。

「ウーリの部屋に案内するわ」

 しかしその言葉に、別の方向から待ったがかかる。

「マリアもウーリ姉さまのとこにいく」

 兄の腕から身を乗りだすようにして、四歳の少女があどけない声を響かせた。

 ジークベルトが困ったように眉を下げる。

 ただのわがままなら言い聞かせればいい。だがマリアに普段の無邪気さはなく、緑色の瞳は不安げに揺らいでいた。

 幼いながらも場の雰囲気を敏感に感じとっているらしい。不安に駆られた様子で、大好きな姉の身を案じているようだった。

 無下に突っぱねていいものか判断に迷ったジークベルトが、母親の顔を伺い見る。

「この子を連れていくのは危ないかしら?」

 最終決定権をもつクリスティーネが、病状に心当たりがあるらしい錬金術師に確認する。詳しい人間に意見を聞くのが一番確実なのは当然のことだ。

「ラドウル熱に強い感染性はありません。過度に接触しなければ大丈夫かと」

 答えるウィリアムの口調は何気なく、その分だけ聞く者たちに安心感を与えた。

 クリスティーネが納得したように頷き、それをうけてジークベルトがマリアに声をかける。

「姉上の部屋で騒いでは駄目だよ、マリア」

 そう言い聞かせると、マリアはしきりに何度も頷いてみせる。

 こうして話がまとまり、四人そろってウリカの部屋へ向かうことになった。

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