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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十二章 天才と呼ばれた錬金術師
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Ⅲ.厄介な病③


 シルヴァーベルヒ邸は玄関の正面に二階へ向かうための階段がある。中段まで上がったところに広い踊り場があり、そこから左右に分かれて上にのぼれる形だ。

 執事のあとを追いかけたジークベルトが踊り場までたどり着くと、そこから玄関口の様子が見えた。

 モーリッツが駆け寄っていく先に、見覚えのある人物が立っている。

 砂色の理知的な瞳が強く印象に残っている錬金術師――ウィリアム・フィッツシモンズである。

 急いでここまで来たのか、砂色の髪が乱れ、額にはうっすら汗が(にじ)んでいた。

 モーリッツが客人に向けて礼をする。

「ウィリアム様でいらっしゃいますね。貴方がお越しの際にはもてなすよう旦那様から言いつかっております」

 執事の出迎えを受けた錬金術師はしかし、挨拶も返さぬまま用件を告げた。

「ウリカ嬢に会わせてもらいたい」

 そう訴える表情はどこか焦りを帯びているように見えた。

 応対したモーリッツは困り顔で首を振る。

「ウリカお嬢様は体調がすぐれず、お休みになっていらっしゃいますので、人にお会いできる状態ではございません」

「承知している。だからこそ症状を確認したいんだ」

「しかし、旦那様の許可を得ませんことには……」

「そこを曲げて頼みたい。事と次第によっては彼女の命にも関わる問題だ」

 モーリッツの対応はごく常識的なものだが、それを分かった上でウィリアムは無理を通そうとしているようだった。

 よほどの事情があるみたいだし、聞き逃せない言葉もあった。

「何か事情があるみたいだし、とりあえず話を詳しく聞いてみたらどうかな、モーリッツ」

 二人が会話を交わす合間に玄関まで降りてきたジークベルトが、話に割って入る。

 その声に反応して視線を移動させたウィリアムが軽く目を(みは)った。砂色の双眸(そうぼう)は、少年というよりも、その腕に抱えられた幼い少女を映しているように見えた。

 一方のモーリッツはどこかホッとした表情を浮かべて、一歩後ろへとさがる。

 若年ながらも頼りになる次期当主に対して彼の信頼と期待は絶大である、と使用人の間ではもっぱらの噂だった。執事が見せるその態度が、実際には現当主に対する当てつけにすぎないと知っているジークベルトは、複雑な気持ちで苦笑するだけだったが……。

 そんな次期当主の脳裏には、浮かんだ疑問がいくつかある。しかし錬金術師の急いた様子と先程の言葉。まずは状況確認を優先したほうが良さそうだと判断した。

「ウィリアムさんは姉の病状に心当たりがあるのでしょうか?」

 ジークベルトが挨拶を(はぶ)いて本題に入ると、ウィリアムは幾分か安堵(あんど)した様子で質問に応じた。

「実際に症状を見てみないことには断言できないが、厄介な病に(かか)っている可能性がある」

「厄介な病?」

「放っておけば命を落とす危険性が高く、薬の投与が遅れれば、一命をとりとめたとしても障害が残る可能性があるため、早期の対応が重要になる」

 場に一瞬で緊張が走る。

 重大かつ緊急の内容であることはジークベルトにもモーリッツにもすぐに理解できた。

 とはいえ、令嬢の寝室に身内以外の男性を入れるのは問題が多い。自分たちの一存で許可を出すのは難しく、ジークベルトは執事と顔を見合わせた。

「玄関先で何事ですか?」

 女性の声が響いたのは、場に沈黙が落ちる一歩手前のところだった。決して大きくはないがよく通る声は、全員の注意を引きつけるのに十分だった。

 応接室(ドローイングルーム)へと繋がる廊下。そちらから歩いてくる女性に全員の視線が集まる。

 緩くウェーブのかかった長い金髪と、宝石を思わせる緑の瞳――子爵夫人クリスティーネの姿がそこにはあった。

 夫人の後ろを身なりのいい壮年の男性がついてくる。どうやら彼女は、ちょうど客人の応対を終えて玄関まで見送りに来たところのようだ。

 彼女はウィリアムに目を止めて、あらっ、と小さく呟く。

「久しぶりに顔を見たわね、リアム」

 夫人は錬金術師に向けて、含みを帯びた微笑みを浮かべている。

 ウィリアムは少しばつが悪そうな表情で頭を下げた。

 そして、

「ご無沙汰しております、クリス様」

 と、クリスティーネを愛称で呼ぶのだった。

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