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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十二章 天才と呼ばれた錬金術師
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Ⅱ.予想外の提案②


「あれで良かったのか?」

 謁見を終えたあと、執務室へと向かう道すがら、アルフレートはユリウスに尋ねた。

「はい。ありがとうございます」

 返事をするユリウスは満足げだった。先刻までアウエルンハイマー公爵に見せていた沈んだ表情は微塵(みじん)もない。

 そもそもコンラートとの対決を希望したのはユリウスなのである。こちらの思惑にアウエルンハイマー公爵をのせるためのひと芝居だった。

 当初公爵はアルフレートが積極的に話に乗ってくるとまでは思っていなかったはずだ。それだけに『総合力をどう見極めるのか』と聞かれたとき、備えがなかったアウエルンハイマー公爵は戸惑ったことだろう。

 そういう時、とっさに頭に浮かぶのは日頃慣れ親しんだ事例であることが多い。案の定、公爵は日常的に行われている国軍の模擬戦を持ちだしてきた。

 話をそこまで誘導したあと、アルフレートの心変わりを匂わせると、さすがに違和感を覚えたのか微かな疑惑の目を向けてきた。そこでユリウスとアルフレートの間に不和が生まれつつあるように見せかけたのである。

 あっけなく懸念を捨てさった公爵は、それ以降アルフレートの言動を疑うこともなく会話を続けた。

 彼は巧みに皇子を誘導し、自分に有利な条件をとりつけたと信じていることだろう。操られているのが自分のほうだとは露にも思わずに……。

 

 ――人というのは自分に都合のいい事柄を信じたがるものなんだ。


 いつぞやにステファンが言っていた言葉を思いだし、なるほどこういうことか、と改めてユリウスは納得していた。

「三流のタヌキぶりを見るのもなかなか滑稽(こっけい)で面白かったが……」

 と感想をこぼしてから、アルフレートはもう一度自分の騎士を仰ぎ見る。

「三つ目の対戦内容はあれで良かったのか?」

 アルフレートがそう確認したのは、この話題を振った際にアウエルンハイマー公爵が迷いなく提案してきたからだ。弓での勝負には相当の自信があるに違いない。

 だがユリウスの返答はさらりとしていた。

「問題ありません。三つ目の勝負内容は何でも良かったので」

 アルフレートが怪訝(けげん)に眉根を寄せる。

 実のところ弓勝負についてもユリウスは想定できていた。それが国軍の毎日の修練に取り入れられていることを知っていたからだ。

「実を言えば、弓の勝負を提案してくれれば、やりやすくなると思っていたので、むしろ好都合でした」

 ユリウスは嘲りのない口調で淡々と答える。

 うっかり聞き流しそうになったが、ずいぶんと嫌味ばしった内容だな、とアルフレートは思った。どうやら言った本人にはその自覚がなさそうだったから言及はしないでおく。

 結局のところ公爵は、己の考えで提案しているつもりで、実際にはユリウスの意図通りに選択させられていた。人は意表をつかれると、とっさには頭の整理が追いつかなくなるものだ。そこを上手く利用されたかたちである。

 すべてはこちらの計算通りの展開。しかしその上で「何でも良かった」と言うのは、そこの勝敗には頓着(とんちゃく)していないからだった。

 だがその詳細を説明する代わりに、ユリウスは別の言葉を口にした。

「大丈夫ですよ。勝つ自信はあります。重要なのはどう勝つか、ということですが……」

 それは何気ない口調だった。そしてだからこそユリウスが本音で話しているとアルフレートは納得できたのである。

「お前がそう言うのなら信じよう。その代わり」

 アルフレートは口角を上げて不敵に笑う。

「私を落胆させるなよ」

 この世に『絶対』などというものはない。二人ともそれは十分に承知している。特にユリウスは大言壮語を吐くような人間ではない。その彼がこれほどきっぱりと言い放つのには、当然理由があるはずだった。だからアルフレートは余計な心配をやめたのだ。

 ユリウスはくすりと控えめな笑顔で応じたあと、話を戻す。

「弓勝負が最初に来てくれると、なお良いのですが」

 アルフレートは少し考えてから、含み笑うように目を細めた。

「ならば、それとなく情報を流して、()()にそう選択させればいい。それはカミルに任せよう。そうした毒をばらまくのは得意だろう」

 揶揄(やゆ)的な言い方だが、そこにはカミルに対するアルフレートなりの信頼があった。

 第一皇子アルフレート・ハイムの首席近衛騎士であるユリウス・フォン・ベルツ伯爵。

 アウエルンハイマー公爵の次男であるコンラート・フォン・ライヘンバッハ伯爵。

 第一皇子の首席近衛の座をかけて、両者が競いあいを行うことが発表されたのは翌日のことである。

 貴族たちは驚嘆(きょうたん)し、そちらこちらで噂しあったが、市井(しせい)の者たちの関心は、この時点ではまだ低かった。

 しょせんは貴族たちのイベントごと。自分たちには関係ないと思っていたからである。

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