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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十二章 天才と呼ばれた錬金術師
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Ⅱ.予想外の提案①


 アウエルンハイマー公爵は少し驚いていた。

「二人を立ち合わせるのも一興」と言った皇子は、楽しげな表情で公爵を見下ろしている。そこに嘲りは見えなかった。

 思いのほかあっさりと意見が通ったことに肩透かしを感じる。

 だが好都合には違いない。

「ご理解いただき、望外の喜びに存じます」

 公爵は表面上、(うやうや)しく頭を下げる。

 しかし話はそれで終わりではなかった。

「しかし、一対一の決闘では武力の優劣しか測れまい。(けい)が主張する指揮官としての力量はどのように判断するのだ?」

 器用に片眉だけ跳ねあげて皇子がそんな疑問を口にしたのである。意表をつかれた公爵は間抜けに両眉を持ち上げて言葉に詰まる。

 先日の発言をあげつらって総合力云々(うんぬん)と偉そうに講釈を垂れたくせに考えが浅いな――アルフレートに内心でそう呆れられていることには気づかず、公爵は「そうですな……」と少しだけ考え込む。

 だがすぐに妙案が浮かんで顔を上げた。

「では、実戦訓練を兼ねた模擬戦を行なってはいかがでしょうか?」

「模擬戦?」

「我が息子コンラートとベルツ伯爵をそれぞれ指揮官として、実戦を想定した対戦をさせるのです。我ら国軍では日常的に行われている訓練ですので、準備にもさほど時間はかからないかと」

「なるほど。それは良さそうだ」

 同意する皇子の口調は好意的だった。さらにアルフレートは身を乗りだすように言葉をつけ加える。

「さすがは元帥。軍部を熟知していればこその案だな。私には考えもつかなかった」

 公爵の口角がわずかに持ち上がる。

「師団をまとめる(ちょう)として、軍部の実情を把握するは当然のことにございます」

 その口調にはチクリとした嫌味の成分が含まれていた。そこには気づかない様子で、皇子が感心した笑みを浮かべる。

 (さか)しげに見えてもやはりお飾り皇子。こちらの思惑に乗せることなど造作もないな、と不敬な感想を抱いた公爵は、内心でアルフレートを嘲笑った。

 しかし、

「せっかくだ。私の騎士に相応しい者が誰か、見極める良い機会でもあることだし、二人の競いあいをひとつの催し(イベント)として開催するのはどうだ?」

 近衛交代の可能性を(ほの)めかす予想外の提案にはさすがに面食らった。

催し(イベント)……で、ございますか?」

 戸惑いを覚えながら問い返すと、アルフレートは軽い笑みを(たた)えて頷く。

「そうだ。観客を招き、衆目のもとで実力を示せば、(みな)も納得しよう」

 都合の良すぎる展開にちりりとした猜疑心(さいぎしん)が生まれる。アウエルンハイマー公は探るように視線をさ迷わせながら、慎重に言葉を選んで返答した。

「良い提案と存じます。しかし大々的に開催するとなれば主催者が必要になりますが、当事者に近しい殿下や私が主催しては、のちに禍根(かこん)を残すことにもなりえましょう」

 公爵の焦茶色(ダークブラウン)の瞳が皇子の傍らに立つ近衛騎士の姿を捉える。

 ベルツ伯爵は物憂げに目線を伏せ、その眉間にはシワが刻まれている。彼の表情は皇子の提案が不本意だと主張しているように見えた。

 騎士の様子には無頓着な素振りで皇子は笑う。

「そなたの言うことはいちいち尤もだ。公正な第三者が主催者として立つ必要がある。軍事に精通している者が好ましいところだな……あいにく私は軍部にそれほど詳しくないのだが、公爵は誰か心当たりがあるだろうか?」

「でしたら、黒元帥ブルンクホルスト公爵が適任かと」

 そう提案すると、アルフレートは興味深げに首を傾けた。

「元帥の一人を推すのは理解できるが、そなた以外に元帥は二人いる。ブルンクホルストのほうを選んだ根拠はあるのか?」

 ちらりとベルツ伯爵に視線を送りながら公爵は答える。

「いま一方の赤元帥エンツェンスベルガー公爵が、南の領地を担当していることはご承知かと思われますが、南に位置するヒュッテンシュタット公爵領にはベルツ家の領地がございます。軍事的な関わりが両者の間に存在する可能性が考えられる以上、好悪(こうお)の念を懸念せざるを得ません。その点、黒元帥ブルンクホルスト公爵であれば、ベルツ家とも当家とも確執の余地はございません故、公正な第三者として最も適切と申せましょう」

 アウエルンハイマー公爵の説明にアルフレートは感心した様子で笑う。それと反比例するように騎士の表情は沈んでいった。

 主従の間に不協和音が生まれつつあることを公爵は確信した。

「そなたの視野の広さには感服する。では、もうひとつ相談してみるか」

「ご信頼いただき恐悦に存じます。して、どのようなご相談でございましょうか?」

 アウエルンハイマー公はもはやユリウスを気にするのはやめて、アルフレートとの問答に集中することに決めた。

「対決とするからには勝敗はつき物だ。勝者には褒美も用意したいと思っている。だが対戦の内容が二つだけでは、仮に一勝一敗となった場合、どちらを勝者とすべきか――勝敗が不明確になる懸念がある」

「でしたら、弓の的当てを対決内容に加えてはいかがでしょうか?」

「弓の的当て?」

「国軍では集中力を研ぎ澄ませるための訓練として日課に取り入れております。弓の的当て、部隊を指揮する模擬戦、一対一による決闘。心・技・体すべてを推し量ることができてよろしいかと」

「なるほど。貴公は道理を分かっているな。では、その内容で催し(イベント)を開催するよう、ブルンクホルスト公爵に伝えてくれ」

「イエス・ヤー・ハイネス」

 トントン拍子に会話は進み、満足のいく結果が得られたアウエルンハイマー公ホルストは、恭しく礼を済ませて謁見の間を退出する。

 去り際に、その背中を見つめる皇子の近衛騎士が、薄く笑みを浮かべていることには気づきようがなかった。

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