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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十二章 天才と呼ばれた錬金術師
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Ⅰ.過剰な息子自慢②


「ところで、昨日お話ししたウリカのことなのですが……」

 皇子の自室に入って扉をしっかりと閉めたあと、ユリウスがそう切りだした瞬間である。

 アルフレートが大きく咳払いをした。

「敬語……」

 まだ勤務時間外だろうと言いたいらしい。

 プライベートの時間帯で二人しかいないときに堅苦しい敬語はやめろ――昨日も同じ指摘をされたな、とユリウスは笑う。

 緊張を解いてから改めて口を開いた。

「ウリカが昨日から熱を出して寝込んでいるらしくて、まだ連絡がとれていない」

「風邪か?」

「前の日に湖に落ちたからそのせいだろうと」

「湖に落ちた? 何をしたらそんなことになる?」

「俺もジークベルトから聞いただけだから詳しいことは知らない。ただ、湖に落ちた子供を助けようとしたんだとか」

 変わり者令嬢と言われるだけはあるな、とアルフレートは嘆息した。

「まあ、そういうことなら本人の回復を待つよりないな」

 そう答えたあとで、皇子は表情を曇らせる。

「それより今は、目先のことを心配するべきか……」

 憂いを帯びた表情を目にとめて、ユリウスは首を傾げた。

「何か、懸念事項でもあるのか?」

 複雑そうに眉尻を下げて、皇子は騎士の顔を覗き見る。

「今日の謁見予定にアウエルンハイマー公の名があるんだ」

 それはうんざりとした口調だった。アウエルンハイマー公爵といえば、数日前に自分の息子を首席近衛にどうかと進言した人物だ。

「まさかまた、息子自慢をしに来るとは思いたくないが……」

 アルフレートにすげなく追い返されたことはまだ記憶に新しい。懲りもせずに同じ轍を踏みにきたと思いたくないのは当然かもしれない。

 しかしユリウスにはひとつ心当たりがあった。

「いや、そのまさかかもしれない」

 と、何気なく口にしてから失敗を悟る。皇子が気落ちした顔を向けて理由を訊ねてきたからだ。

「何故そう思う? 公爵が反論の材料を見つけたとでも言うのか?」

 ()()()()は、ユリウスにとってもあまり愉快(ゆかい)ではない記憶を掘り起こすことになる。

 だが説明しないわけにもいかないだろう。

「おそらくは……根拠となる事実に気づいたんじゃないかと」

 後ろめたい思いを抱えながらも、ユリウスは観念して続けた。

「コンラート(きょう)が士官学校で俺と同期生だったのは知っているか?」

「そうなのか?」

 アルフレートの返答は淡白に響いた。

 あの年の士官学校生で印象に残っていたのはユリウスとカミルの二人だけだったから、それは仕方がない。

 しかしユリウスの続く言葉で、無関心さは驚きへと変化する。

「あの年、首席で卒業したのがコンラート卿なんだ」

 アルフレートは一瞬だけ目を見開いてから、すぐ鋭い眼差しに変えて自分の騎士を見据えた。

「不思議に思っていたことがある……俺はお前が首席で卒業するものと疑っていなかったが、現実は違った。お前ほどの実力がありながら首席をとれなかった理由が何か、ずっと気になっていた」

 アルフレートとて世の中に絶対といえるものがそう多くないことくらい承知している。だが士官学校卒業当時のユリウスの成績に納得がいかなかったことも事実だった。

 ユリウスが渋い表情を見せる。自分の怠慢(たいまん)を責められた気がしたからだ。

 そして質問に答える代わりに、こう言ったのである。

「その件に関して、頼みたいことがあるんだ」



 謁見の間では予想した通りの展開が待ち受けていた。

 ホルスト・アウエルンハイマー・フォン・ライヘンバッハが挨拶をするなり、彼の次男であるコンラート・フォン・ライヘンバッハの自慢話を開始したのである。

「殿下はご存じでいらっしゃらないかと存じますが、我が愚息(ぐそく)コンラートは士官学校を首席で卒業した身でございます。ああ、そういえば、ベルツ伯爵が同期生であったかと」

 いかにも白々しくつけ加えた言葉は、明確にユリウスの存在を牽制(けんせい)するものだった。

 先日話題に出さなかったのだから公爵自身もあとで知ったことだろうに、と呆れる反面、その(したた)かさには感心もする。

 公爵の主張は続く。

「士官学校とは武力のみならず、指揮官としての知識、識見を学ぶ場でもございます。首席卒業生とは総合力において最も優秀と認められた証といえましょう。それをご理解いただいたうえで、殿下には賢明なるご判断のもと、ご再考いただきたく愚考(ぐこう)する次第にございます」


 ――ケンカが強いことと、戦いを知っていることは別物だぞ。


 先日アルフレートが公爵に対して放った言葉への当てこすりであることは明らかだった。実情も知らぬ皇子の愚かな発言だと言いたいらしい。

 言葉で牽制し合うのは貴族社会では日常茶飯事だから、この程度の嫌味はどうということもない。ただ、予想通り過ぎる主張に、うっかり笑いを洩らさないように努める必要はあった。

「そなたの意見には一考の余地がある。私も表面上の言葉のみで判断を急ぎ、実情も知らぬまま提案を一蹴してしまった短慮(たんりょ)を反省していたところだ」

 アルフレートがそう返すと、先日のやりとりを知る周囲の官たちが(いぶか)しげに顔を見合わせた。

 その一方で、アウエルンハイマー公爵はしてやったりと内心でほくそ笑む。皇子が口車に乗ってきたのだと思ったからだ。度量を示すため、あるいは(あなど)られないために公爵の挑発に応じたのだと思い込んだのである。

 その思い込みをアルフレートは利用する。

「先日そなたが提案したように、二人を立ち合わせるのも一興かもしれぬ」

 皇子が望み通りに提案を受け入れてみせると、公爵は満足げに口の()を持ち上げた。

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