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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十一章 湖上に咲く花
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Ⅰ.もう一人の近衛騎士①


 アルフレートの自室の扉が叩かれたのは十時少し前のことだ。


 日課のごとく扉を押し開けると、そこに立っていたのは見慣れた長身の騎士ではなかった。


 ユリウスよりは少し背が低く、浅葱(あさぎ)色の長い髪を後ろで一本にまとめているその騎士は、薄灰色の瞳で無遠慮にアルフレートを一瞥(いちべつ)してから礼をする。


「カミル・フォン・ディステル。殿下のお迎えに上がりました」


 形式通りの言葉を無感動に吐きだしたのは、アルフレートに仕えるもう一人の近衛騎士カミル・フォン・ディステル男爵である。


 ああ、そうか……と、ユリウス不在の一日が始まることを、アルフレートは今さらながらに実感していた。


 早朝まではユリウスがそばにいたのだから、認識が遅れるのは仕方がない。


 ユリウスが休みの日は、カミルが身辺警護の責任者として立ち回る形となる。

 選民意識の強い貴族にとっては、皇族の近衛騎士として陣頭に立つことはこの上ない誉れである。しかしカミルは面倒くさそうにその役目をこなすことが常であった。


 士官学校でユリウスと同期だった彼は、当時十一歳だったアルフレートとも面識があったが、掴みどころのない性格はあの頃のままだ。学生時代は短かった髪が腰近くまで伸び、歳は二十一を数えて幼さが消えた。その分、当時よりさらに可愛いげがなくなっている。


 考えが読みづらいせいで胡散(うさん)(くさ)い、と他者からは敬遠されがちでもあったが、その希少性(マイノリティ)が近衛騎士らしいともいえるかもしれない。


 プレスブルク皇国には独特ともいえる制度(システム)がいくつか存在するが、近衛騎士もそのひとつだ。


 この国における近衛騎士は単なる親衛隊を指すものではない。皇族の側近として選ばれた数人のみが『近衛騎士』を名乗ることができる。

 皇帝は最大で十人の近衛騎士を従え、それ以外の皇族は最大で三人まで近衛騎士を選定することができる。


 第一皇子であるアルフレートが抱える騎士は現在二人。首席近衛のユリウス・フォン・ベルツと、いま目の前にいるカミル・フォン・ディステルである。


 カミルの近衛騎士起用は多くの貴族を驚嘆(きょうたん)させたが、実のところアルフレートも驚いた人間の一人だった。というのも、アルフレート自らが選んだ近衛騎士はユリウス一人だったからだ。


 アルフレートの立場上、近衛が一人だけではユリウスにかかる負担が大きくなりすぎる懸念があった。とはいえ、二人目の近衛騎士を選ぼうにも、アルフレートにはユリウス以外に心当たりがない。そのため他の近衛騎士の選定をユリウスに一任したところ、彼が推薦したのがカミルだったのである。


 下級貴族の出身。嫡男ではないどころか庶子であり、それ故家族にも(うと)まれ続けてきた過去を持つ人物。しかもカミル自身は士官学校卒業と同時にエイナー家との縁を切っていた。

 家名を持たず後ろ楯もなくなった以上、身分としては平民同然である。


 出世の道を自ら閉ざした愚か者だと陰口を叩く貴族も多い。そんな人物を近衛騎士に抜擢(ばってき)して反発が起きないはずはなかった。

 もっと適任の者を、と周囲から多数の声が上がり、中でも最も声を荒げたのが皇后陛下である。


 彼女は、侯爵家から選出するべきと強く主張した。それはユリウスさえも近衛騎士に相応しくないとする、皇后の身分蔑視(べっし)が如実に表れたものだった。

 ただ、二年前の約束がある以上、アルフレートがその声を黙殺しても、彼女は文句を言えない。

 皇后の意見は置くとしても、大きな波紋となった貴族たちの声を無視する、などという愚をアルフレートは犯さなかった。


 伯爵家の嫡男であり公爵令嬢だったカタリーナの血を引くユリウスはともかく、平民同然のカミルに関しては、その実力を周囲に知らしめる必要がある。だからアルフレートはそのための舞台を用意することにした。


 それはもちろんデキレースと揶揄(やゆ)されるものであってはならない。多くの上級貴族たちを黙らせるには、相応以上に困難な任務を与える必要があった。

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