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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十一章 湖上に咲く花
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Ⅳ.外出の条件①


 第二皇妃フィリーネの私室へは、アルフレートとジルケ、ユリウスの他に数人の使用人がつき従う形となった。

 ジルケが謹慎中の身である以上、それは仕方がない。彼らは皇女の監視役も担っているからだ。

 ジルケ以下数名を引き連れて訪れたアルフレートを、フィリーネ皇妃は困惑した様子で出迎えた。

「一位殿下自らが赴いてのお話とは何でしょうか?」

 アルフレートを客室(ゲストルーム)へと案内したフィリーネ皇妃が、緊張した面持ちで尋ねる。

「まずは突然の訪問の無礼をお詫び致します皇妃殿下。無礼ついでと言っては何ですが、人払いをお願いしたい」

 そう前置きするアルフレートに、皇妃は戸惑いを深めて、皇子に探るような視線を送る。

「本日はとても大切なお話がしたく参りました。皇女の今後に関わること故、皇妃殿下の本音をお(うかが)いしたく思います。当然ながら私も本心を隠しません。ですから人払いを」

 フィリーネ皇妃はとても穏やかで優しい人柄の人物である。だが一方で、相手を気遣うが故に強気に出られないという弱点もあった。

 ツェツィーリエ皇女に対する厳しい謹慎処分も、フィリーネ皇妃の一存ではなく、周囲の臣下たちから強く進言されてのものと推測できる。

 だから周囲を多数の使用人に囲まれていては、互いに本音を言えなくなる懸念があった。

 フィリーネ皇妃はその意図をすぐに察してくれた。

(みな)は席を外して頂戴(ちょうだい)。わたくしがいいと言うまで部屋への立ち入りは禁じます」

 皇妃にそう指示されてしまえば従う他ない。

 使用人たちは不承不承の様子で部屋から出ていく。ジルケの部屋からついてきた者たちは特に不満そうだった。濁されたままの話の内容が気になるからだろう。

 残ったのはアルフレートとその後ろに控えるユリウス、ツェツィーリエ皇女にフィリーネ皇妃、さらに彼女たちの後ろには一人の騎士が控えていた。

「この者はわたくしが信頼している近衛です。同席することをお許しください」

 フィリーネ皇妃がそう弁解したのは、アルフレートが訝しげな視線を投じたからだろう。

 蜂蜜色の頭髪と薄茶の瞳を持つ、三十代前後と思われる近衛騎士は、フィリーネ皇妃と似かよった雰囲気を持っている。とある子爵家の嫡男だったはずだ。控えめで真面目な性格と聞いている。

 信用して大丈夫だろう、と記憶を掘り起こしたアルフレートは判断した。

「もちろん問題はありません。こちらも近衛を一人伴っておりますので、これで対等といえましょう」

「ありがとうございます」

 これでようやく話し合うための環境が整った。身分とは厄介なものだとつくづく思うアルフレートである。

「それで、大切なお話とは何でしょうか?」

 改めて皇妃がそう質問し、アルフレートはちらりと傍らに立つユリウスへと視線を走らせた。

「先日の騒動を機に、皇女が(いちじる)しい行動の制限を受けるのではないかと、ユリウスが心配しておりまして、先ほど相談を受けました。詳しく話を聞いて、私も気になったもので、皇妃殿下のお考えを(うかが)えればと思い、こうして参上した次第です」

 アルフレートがそう切りだすと、フィリーネ皇妃は少なからず驚いた様子だった。しかしすぐに気をとり直して表情を戻す。

「一位殿下に気にかけて頂き恐縮です。ですがツェツィーリエは、貴方と皇位継承権を争う皇子の妹。何故それほどまでにお心を砕いてくださるのか、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 ちらりとユリウスに視線を走らせながら、フィリーネ皇妃は慎重に言葉を選んで質問した。

 アルフレートの思惑通り、ユリウスの存在が緩衝材になっているようで、現状で警戒心は薄いように感じられる。

 真っ向から否定されないのであれば、交渉の余地はある。アルフレートは皇妃の心情を慎重に探りながら説明を始めた。

「まず第一に、レオンハルト皇子と兄妹であることと皇女の人間性に関連性があると、私は思っておりません。ツェツィーリエ皇女の思慮深さと学びへの積極性を高く評価しております。それは彼女自身が持つ資質であり、立場によって左右されるものではない」

 皇妃の表情を注意深く観察しながら、アルフレートは続ける。

「第二に、先の騒動における皇女の行動は確かに軽率なものでした。ですがそれは、市井(しせい)の現状を学ぼうという勤勉さが原動となったもの。世間一般の()りようを学ぼうとする姿勢は、皇族として正しいものと私は考えます」

 ジルケが発揮する好奇心を『勤勉』と言い換えるのは詭弁に他ならない。だが、結果としてそれが学びに繋がるなら同じことだと考えるアルフレートである。

「そして第三に、誰に対しても学習の機会は与えられるべきだと思うからです。他者から知識を奪い、それによって思考の幅を(せば)めることは、罪の深い行いです」

 情報を制限し、無知で愚かなままにしておけば、人心(じんしん)を惑わすことは容易になる。権力者の常套(じょうとう)手段であり、アルフレートが嫌悪する行為のひとつだ。アルフレートとユリウスが『悪辣(あくらつ)』だと評する所以(ゆえん)がそこにある。

 アルフレートの丁寧な説明はフィリーネ皇妃の関心を買った。彼女は話のひとつひとつに深く頷きながら耳を(かたむ)けている。

 もうひと押しだとアルフレートは思った。

 理屈が通じる相手であれば、順を追った説明だけで十分納得してもらえるはずだ。当初の予想通り、賢明なフィリーネ皇妃は言葉をしっかり聞いてくれる人だった。

 論理的に疑問を解消し、最後は情に訴える。これが最も効果的だろうとアルフレートは考えていた。

 だから最後にこう付け足す。

「さらに私情を交えて言えば、知的好奇心を抑えられずに行動してしまう皇女の姿が、昔の自分と重なって、他人事とは思えないのです」

 フィリーネ皇妃の隣に座る皇女に笑いかけながら言うと、ジルケがくすぐったそうに笑う。その様子を見て、皇妃もつられたように笑顔を見せた。

 そのまま娘の頭を撫でる皇妃の仕種には、彼女の優しい人柄が表れていた。

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