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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十一章 湖上に咲く花
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Ⅲ.異母兄の訪問②


 アルフレートがまずジルケの部屋を訪れると、ジルケ本人はもちろん、衛兵や部屋付きの侍女を始めとする使用人たちが、一様に驚いた表情を見せた。

 敵対勢力にある第一皇子が突如訪ねてきたのだから当然の反応だ。中には警戒心を隠しきれずにいる者もいた。

 しかしジルケの驚きだけは他の者と毛色が違った。

 先日の騒動で有耶無耶になった際に、自分の処遇についての相談は諦めざるを得ない、と忘れるつもりでいたところにアルフレートの訪問である。期待してはいけないと思いつつも、胸の高鳴りを抑えることはできなかった。

先触(さきぶ)れもなく、すまなかった。つい先刻ユリウスから話を聞いてな」

 客室(ゲストルーム)に通され、腰を落ち着けたところでアルフレートが切りだす。

「時間がとれる今のうちに話をしておきたい、と少し気が焦った。許してくれ」

 白々しく謝罪するが、先触れを出さなかったのはわざとである。

 立場が立場である以上、(あらかじ)め報せを送れば、ジルケの周囲にいる者たちが警戒して、彼らに邪魔される可能性があった。

 だから突然の訪問という形をとり、そのための詭弁を(ろう)している。

 後ろに控える侍女の何人かは、あからさまに迷惑そうな顔をしていた。

 教育が甘いな、と思いながらも、アルフレートはあえてそれを無視する。

「お気遣い頂き恐悦(きょうえつ)に存じます」

 対面に座る皇女は使用人の手前、本心を隠して対応した。

 今ジルケの周囲にいる使用人の中に、彼女と同じ年頃の侍女はいない。

 いつもなら乳姉妹(ちきょうだい)がそばについているはずだが、先日の騒動で謹慎を言い渡された折、乳姉妹の侍女を皇女から一時的に引き離す措置がとられたのだろう。

 ジルケの態度からも、この場にいるのは見張り役を兼ねた者たちだと容易に想像がついた。

 アルフレートはくすりと笑う。

「聡明な皇女のことだ。用件は察していることと思うが、今から時間を()く余裕はあるだろうか?」

 具体的な内容を一切言わないのは、先触れを出さなかった理由と同じである。ジルケをとりまく臣下たちからの余計な口出しで時間を無駄にしたくない。

「ありがたきお言葉に御座いますが、お忙しい一位殿下のお手を(わずら)わせて良いものか、判断に迷います」

 ジルケは慎重に言葉を選んで返答した。アルフレートの提案を嬉しく思いつつも、本当に甘えて良いのだろうかとの葛藤が見え隠れしている。

 皇女の対応に眉をひそめる者が数名いた。政敵の皇子などさっさと丁重に追い返すべきだろう、とでも言いたげな視線を感じる。

 ジルケが言葉を選ぶのは、そうした臣下たちの感情を敏感に察しているからでもあるのだろう。

 アルフレートが口角を持ち上げる。

「そなたが言うように私は忙しい。興味のない雑事に構っていられるほど暇ではないのだ」

 周囲の数人から息を呑む気配が伝わってくる。彼らには皇子の態度が尊大で冷淡に見えたことだろう。言葉の意味を測りかねて戸惑っている者もいるようだ。

 こうした、皇族の言動に一喜一憂して顔色を(うかが)うような空気を感じる(たび)に、馬鹿馬鹿しくも忌々しくも思うアルフレートである。そのせいでつい悪癖がでた。

「殿下、お(たわむ)れはほどほどに……」

 ユリウスに(たしな)められて、アルフレートは肩を(すく)める。

「少し(いたずら)が過ぎたな。だが問題はなかろう。皇女は言葉の意味を正しく理解できているはずだ」

 アルフレートの主張を肯定するように、ジルケは穏やかな微笑みを浮かべていた。

「殿下はお忙しい最中(さなか)にここまで足を運んでくださいました。わたくしへの助力を雑事ではないと(おっしゃ)って頂いたこと、殿下の深いお心遣いに感謝申し上げます」

 周囲に説明するような言い回しで丁寧に礼を述べる異母妹(いもうと)に、アルフレートは優しく笑いかける。

「そなたは自慢の妹だからな、気にかけるのは当然のことだ」

 意外な発言で周囲をざわつかせてから、アルフレートは立ち上がる。

「では、第二皇妃殿下のもとへ行こうか」

 結局、皇子と皇女の会話は具体的内容が語られることなく終わってしまい、皇女をとりまく者たちは首をひねるばかりだった。

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