Ⅲ.異母兄の訪問①
一日の休暇を終えた翌日。皇城に出仕したユリウスは、やり残したことがあるのを思いだしていた。
アルフレートの執務に一段落がついて一度私室に戻ったタイミングで話を切りだす。
「第三皇女殿下のことで、ご相談があるのですが」
「ツェツィーリエの?」
第三皇女ツェツィーリエことジルケの今後について、アルフレートに相談すると約束したのはいいが、先日のレオンハルトとの騒動で有耶無耶になったままだった。
ジルケの行動が著しく制限される懸念が強いこと。皇女に強い好奇心と学ぶ意識があること。また、ジルケがあの日どこで何をしていたのかも合わせて説明する。
アルフレートはしばし考え込んでから答えた。
「お前の考えは理解した。俺としても、同じ思いはある。だが、フィリーネ皇妃が素直に俺の言うことを信じてくれるかは分からんぞ」
私室で二人しかいないため、アルフレートの口調は砕けたものになる。昨日カミルから指摘されたことも手伝って、ユリウスの前でだけは多少なりとも気を抜いていこうとアルフレートは思えたからだ。
ユリウスも自然体でそれを受け入れていた。
「殿下の懸念は承知しています。本来は政敵に当たるわけですから、かえって警戒させるだけかもしれません。それでも、皇妃殿下は賢明な方ですから、頭から否定なさるとも思えません。話すだけ話してみても、損にはならないのではないでしょうか?」
勤務時間帯はあくまで臣下の立場を守って言葉を崩すまではしないが、ユリウスの口調もどこか柔らかい。
「そうだな……ユリウスの提案だと伝えれば、納得はしてもらえるかもしれん。その切り口でいってみるか」
アルフレートがそう考えたのは、ユリウスが先代ベルツ伯爵であるエーリッヒの息子だからだ。誰に対しても分け隔てなく接していたエーリッヒを、フィリーネ皇妃は信頼していたはず。人柄も父親に似ているユリウスの提案なら信用してもらえるかもしれない。
「無理なお願いをして、申し訳ありません」
申し訳なさそうに謝罪するも、アルフレートは断らないだろう、と分かった上で話を振ったユリウスである。
(俺も大概、人が悪いな……)
貴族社会でうまく立ち回るために計算して動く癖がついてしまっている。
これはアルフレートへの信頼というよりは、ただ彼の性格を利用したに過ぎない。それを自覚しているから、その胸中では自嘲のため息がこぼれ落ちていた。
アルフレートがくすりと笑ったのは、ユリウスの心情を見抜いているからだろう。
「気にしなくていい。学びの機会を奪うのが悪辣だというお前の意見には同感だ」
言ってから、ふっと笑みを消す。
「それに……他人事とも思えないからな」
わずかに陰りを帯びた表情でぽつりと呟いて、アルフレートはソファーから立ち上がる。
「ちょうど時間も空いていることだし、ツェツィーリエを連れてフィリーネ皇妃に会ってみよう」