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たかが子爵家  作者: 鈴原みこと
第十一章 湖上に咲く花
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Ⅱ.神秘の青花②


 カールに案内された道は、なかなかにすごかった。

 道のない木々の間を少年は迷うことなく進んでいくが、ウリカはどこをどう通ったのか、忘れないようにするので必死だった。中でも驚いたのは、行き止まりと思われた天然の生け垣に少年が入っていったことだった。そこは小柄な人間が四つん這いになって何とか入っていけるというくらいの隙間でウリカでさえ進むのに苦労した。

 なるほど、大人に見つけられないのはこういうわけかと納得する。だがそれと同時に浮かんだ疑問がある。

(思い出せない、ってどういう意味なんだろう?)

 ステファンとウィリアムの会話を思い返して、ウリカは首をひねる。

 二人とも、遠い過去には知っていたと言いたげな口振りだった。

 以前ウィリアムが「昔から」と口にしていたこともずっと気になっている。

(ウィリアムさんはこの国に来て、まだそんなに長くないって聞いたのに……)

 疑問はそれだけではない。一緒にいると時折懐かしさのようなものが込み上げることもある。それの正体が分からず、そう感じる(たび)にウリカは自分自身の感情に戸惑うのだ。

(なんだか不思議な人だなぁ……)

 どうしてこんなに気になるのだろう、と考えているうちに生け垣を抜けた。そこで、ウリカは目を(みは)る。

 生い茂る木々と天然の生け垣で覆い隠されたその場所には、直径で五〇メートルほどと思われる湖が存在していた。その水上には青く立派な一輪花(いちりんばな)がまばらに並んでいる。

 曇り空に陽は陰り、湖面に光が届いていないにもかかわらず、凛とした佇まいで咲き誇る花の周囲は輝いて見えた。

 どんな原理で水の上に立っているのか気になるところではあったが、ここからでは水の中がどうなっているかまでは分からない。

(これが湖上花、なのかな……?)

 確かに神秘の花だ、とウリカは思った。

「なっ、すごいだろ」

 得意満面にカールが目を輝かせる。

「このお花、いくつか()っていくことはできるのかな?」

 そう尋ねると、少しむっとしたようにカールが唇を尖らせた。

「なんだよ……プレゼントしたい奴でもいるのか?」

 膨れっ面で聞き返す少年に、ウリカはにっこりと笑いかける。

「カールにも一つ採ってあげるね」

「い、いいよ! あれくらい自分でとれるもん」

 そう言って反発する少年の頬は微かに火照っている。だがそれを微笑ましく見守る暇はなかった。カールが湖に向かって駆けだしたからである。

迂闊(うかつ)に近づいては駄目よ! 危ないわ!」

 慌てて呼び止めるも、少年の足は止まらない。

「大丈夫だよ。上に咲いてる花を採るだけだろ?」

 カールはそう言うが、手を伸ばして届く範囲には咲いていない。湖がどの程度の深さか、水質に問題はないのかも分からない。だからどうやって採るべきか、とウリカは考えているところだったのだ。

 カールは大丈夫と言い張ってウリカの手を払いのけたが、その反動でバランスを崩して湖に落ちてしまった。

「カール!」

 一瞬で血の気が引いた。とっさに伸ばした手でカールの手をとるが、水を掻いて暴れる少年にうまく対応できず、逆に湖に引きずり込まれてしまった。

 さらに追い打ちを駆けるように雨が降り始める。

 ウリカは焦りをぐっと堪えて、パニックを起こすカールを(なだ)めながら何とか陸地へと上がる。

 状況が落ち着く頃には、二人ともずぶ濡れになっていた。

「これだけ濡れてしまうともう同じね」

 ウリカは苦笑して、少年に視線を落とす。

「花を採ってくるから、カールはここで待っていて」

 すっかり落ち込んでしまったカールは、項垂(うなだ)れたまま大人しく頷いた。

 改めて湖に入ったウリカは、花が咲いている湖の中心部に近づく。

 気になって花の真下辺りに(もぐ)ってみると、そこに根はなく、花の影らしきものが見えるだけだった。湖上花という名称の通り、確かに湖の上に立っている花だった。

 幅広の花びらに青色が映えてとてもきれいな花だ。花びらは六枚。花弁が一枚ずつ独立して分かれている離弁花(りべんか)であるようだ。

 そっと手を伸ばすと、花は抵抗もなく簡単に採れた。微かに甘い香りがする。

 ウリカは手早くいくつかを摘みとると、湖の(ふち)で待っているカールのもとへ戻った。

「はい。カールの分よ」

 一輪差しだした花を、少年はおずおずと受けとる。

「……ありがとう」

 てっきり怒られるものと覚悟していたカールは、少し驚いた表情でウリカを見上げた。

「早くお(うち)に帰りましょう。濡れたままでは風邪を引いてしまうわ」

 自身もずぶ濡れのくせに優しく笑う年上の少女を(まぶ)しそうに見つめて、カールは控えめな動作でこくりと頷いた。

 家に戻ったカールは案の定、両親にこっぴどく怒られた。

 叱られるカールをウリカは(かば)ったりしなかった。叱るのも許すのも親の役目であることを承知していたからである。

 代わりに親御さんには、自分がついていたのにこんなことになって申し訳ない、と不甲斐なさを謝罪する。彼らをかえって恐縮させることになるのは分かっていたが、ウリカなりにけじめは必要だった。

 だって、カールが湖に落ちてしまった瞬間は本当にひやっとしたのだから。万が一の事態に陥らなくて本当に幸いである。

「また一緒に遊んでね、カール」

 少年に対してはそれだけ言って笑いかける。

 どこかホッとしたような表情を浮かべるカールの手には、青い一輪の花が大切そうに握られていた。

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