Ⅱ.神秘の青花①
王都ドルトハイム最大の市民街。その中心部には西から東に貫く商店通りが存在する。この通りを境に、北側には商業に関連する建物が乱立し、南側には市民の生活する一般家屋が建ち並ぶ。
ウィリアムから頼まれた買い物は、通りの西側にある布の加工店と、同じく西側にある鍛冶屋で求めることができる。そのためウリカは馬で商店通りの西の端まで移動し、愛馬を馬屋に預けてから店へと向かった。
事前に買うべき物の詳細はウィリアムから聞いているため、戸惑うことなく加工店で布を買ったあと鍛冶屋を訪ねる。
「注文の品はでき次第、配達させてもらいますよ。ウィル先生の所に届ければいいんでしょう?」
心得た様子で鍛冶屋の主人が注文書の控えをウリカに渡した。
「はい、お願いします」
注文内容に間違いがないことを確認して、ウリカが満足げに頷く。
武器や防具は個人に合った物を買おうと思うと、サイズや材質などを決めて注文する必要がある。注文してから作られるため、日数がかかる場合が多い。
貴族相手に商売する店であれば、仕上がった物を配達するのは日常的に行われているサービスだが、ここは庶民相手の店だ。通常なら配達はせず客に取りに来てもらっているらしい。
しかし今回は、ウィリアムからの依頼だからという理由で、特別に配達をしてくれると店主は言う。それも手間賃は要らないとのことだ。この街でのウィリアムの人望をウリカは再確認していた。
「ウリカ姉ちゃんだ」
さて帰ろうか、と店から出ようとしたとき、背後から男の子の元気な声が聞こえて、ウリカは振り返った。
「あら、カール。こんにちは」
ウリカが目線を合わせるように少しだけ屈んで挨拶する。そこには元気いっぱいの笑顔を浮かべる男の子が立っていた。
この鍛冶屋の息子――カールは、まだ九歳でやんちゃな盛りだ。
「こらカール! ウリカ様、だろ?」
店主が慌てて窘める。
「いいんですよ。まだ子供ですもの。そういう無邪気さは大切のしたほうがいいと思うの」
鍛冶屋の主人に笑顔で応じる子爵令嬢に、不服そうに反論したのは、庇ってもらったはずの少年のほうだった。
「僕はもう子供じゃないぞ。街外れの森の中だって一人で探検できるんだからな」
カールの言葉にウリカは眉根を寄せる。街外れに森などあっただろうかと疑問に思ったからだ。それに子供一人で森に入るのは危険だ。
それを察した店主が、息子の代わりに説明してくれた。
「街の西側にある林のことです。子供たちの遊び場になってる場所で、一人で入ってもそれほど危険はありません」
そこを子供たちは『森』と呼んで、手軽に冒険者気分を味わうらしい。
「行くのはいいが、怪我には気をつけるんだぞ」
「大丈夫だよ。どこに何があるのか全部覚えてるもん。こないだなんか湖の上に花が咲いてるのを見つけたんだぜ」
得意げなカールの言葉が、ウリカには引っかかった。ウィリアムから聞いた湖上花の話を思い出したからだ。
「見間違いじゃないのか? 水の上にどうやって花が咲くんだ?」
「だって本当に咲いてたんだもん。絶対、見間違いじゃないよ」
親子の会話を聞いたウリカはどうしても気になって、確認せずにはいられなかった。
「ねえ、カール。そのお花が咲いていた場所は覚えている?」
しゃがみ込んで、少年の顔を覗き込む。
「覚えてるよ」
「案内してもらってもいいかな? 私もそのお花を見てみたいわ」
そうお願いすると、少年は驚いたように目を見開いたあと、ちょっとだけ俯いて考える素振りをする。しかしすぐに「いいよ」と顔を上げて、口元に人差し指を突き立てた。
「その代わり誰にも言うなよな。俺と姉ちゃんだけの秘密だからな」
「うん。誰にも言わない」
「じゃあ……連れてってやる」
カールは照れくさそうに笑った。
「今から行くんですか?」
二人の会話を聞いていた主人にそう尋ねられて、ウリカは両手で抱えた布地に目を落とす。
「そうしたいけれど、さすがにこの荷物を持ったままでは無理ね」
「急ぎじゃないんでしたら、仕上がった防具と一緒にその布もお届けしましょうか?」
「いいんですか?」
「ついでに運ぶくらいはどうってことないですよ」
「ありがとうございます」
ありがたく好意に甘えることにして、ウリカは抱えていた布地を店主に預ける。
彼は機嫌よく、にかっと笑った。
「ウリカ様のためですからね。間違いなく一緒にお届けしますよ」
先刻、ウィリアムの人望の厚さに感心していたウリカではあったが、その点は彼女も負けていないのである。