5 私はバカ
私はとってもきれいな藤色のドレスを着ている。すごい。映画みたいなドレス。胸にはゴージャスなネックレス。鏡を見たらこれまた似合うんだ。外見がいいって得だわあ。
さて、コリーナが運んできたお茶でも飲んでちょっとゆっくりしようっと。
「エリザベート様。お加減はいかがですか?」
「だいぶいいわ。頭のコブをさわると痛いだけよ」
「それはよろしゅうございました。そろそろ家庭教師のロバート様がいらっしゃいます」
家庭教師か! おー、いいなあ。いろいろ教えてもらおう。基本的な事を聞いても変に思われないように、どうしよう? 頭を打っていろんな事を忘れたと言って通じるかな?
「いつものようにお逃げにならないで下さいね? 書物を窓から投げることもお止め下さいませ」
えええええー。
「それからロバート様を無視するのをお止めください。わからないからと癇癪をおこさないで下さい」
エリザベートって、荒れてる中学生かい。
そうこうしてる間にロバート先生がいらっしゃった。
優しそうな人だなあ。地顔が笑顔っていいよね。口角が下がっていた私としてはとってもうらやましい。
「おはようございます、エリザベート様。お風邪とお聞きしましたが、もうお加減はよろしいのでしょうか?」
「まだ本調子ではありませんが、ほぼ大丈夫ですわ。ロバート先生、お気遣いどうもありがとうございます」
にっこりとお礼を言ったら、驚いた顔をされた。またかい。
「い、いやあ、お礼を言われたのは、家庭教師をして8年になるけど、初めてだなあ。あははは」
・・・・どんだけ? エリザベートってどんだけ?
「そ、そうですわね。初めてでいらっしゃるかもしれません」
お茶を入れながらコリーナも驚いている。朝からどれだけ驚いてんだ。うーん。ちょっと驚かせすぎ? でも、エリザベートがひど過ぎるせいだと思うんだけど。
「それでは早速授業に入りましょうか。今日は計算の授業を行います」
むう。わかってる数学より歴史とか公民とかがよかったんだけど。
それよりも! それより、私字読めるの!? 渡された薄い本を開いて見る。そっと、字を見てみると、、、
なんだこりゃ、記号? 象形文字? やばい、読めないって、あれ? 読めた! 記号に見えてたのに、ちゃんと読める。 読める字は知らない言葉だけど、ちゃんと意味もわかる!
これはエリザベートの記憶なのかな? よかった!
じゃあ、ちゃんと読んでみよう。
エリックの目の前にはリンゴが24個あります。お友達のローランドとダイアナの3人で分けることになりました。1人いくつもらえるでしょうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なにこれ。
「ここのところ計算の授業でいつも困っておられましたので、わかりやすい問題と説明を書いてまいりました。いかがですか?」
ええええ? こ、こ、これがわからなかったの? エリザベート、マジで? うそだって誰か言って。
とってもわかりやすい問題です、ロバート先生。ご苦労の後がよくわかります。
「・・・・・・ロバート先生。あの、自分でも勉強したので数字の授業は大丈夫です。それよりも歴史の授業を受けたいですわ」
「自分で勉強ですか? あっはっはっはっ。逃げ出されるよりましですが、嫌いだからと避けてはいけません。さあ計算の授業を行いましょう」
信用されてねぇ。
この年で掛け算と割り算の説明を聞くはめになるとは。イヤというほど丁寧な説明で。ね、眠くなる、、、。
またロバート先生を驚かせています。
最後に小テストをしたんですが、全問正解してしまいました。
1問ぐらい間違えておいたほうが良かったかな? いや、でも、掛け算と除算を間違えるって、いくらなんでも無理。イヤ。ありえないもん。
ロバート先生が顔を輝かせて嬉しそうに笑った。
「いやあ! 本当に勉強したんですね。8歳のときに家庭教師としておそばに上がって、満点は初めてですね! 嬉しいなあ」
えっ? 8歳のとき? さっき家庭教師をして8年って。
じゃ、じゃあ、私16歳? エリザベートって16歳? ふ、ふけてんなあ、、、、。
ってか、満点がはじめって。だめじゃん。
母の侍女が来て、ロバート先生をお昼にお誘いした。
む? 朝食はベッドまでコリーナが運んでくれたけど、昼食はみんなで一緒に食べるのか。
部屋を出ようとして、気がついた。
部屋から出るの初めてだ!
どっ、どこで食べるの? どこ行けばいいの?
ドアを出てフリーズした私に、ロバート先生がにっこりと腕をさしだしてくれた。
おお、腕を組めという事か! 先導お願いします!
微妙にロバート先生から遅れながら歩いた。先生が廊下の門で右を向きかけたら右へ、左なら左へ。いやあ、歩くのにこんなに神経使ったの初めて。
無事ダイニングルームに着きました。
でかい。部屋もでかけりゃ、テーブルもでかい。10人ぐらい余裕で座れちゃうね。
呆れちゃうね。
ロバート先生の先導で座る席もわかりました。椅子までひいてくれて。ブラボー! レディファースト!
母親と姉と一緒の昼食。
ロバート先生がにっこにこと、私がさっき、計算の小テストで満点をとったんですよっ!と話された。
「まあああああ! すごいわ! エリザベート!」
「私が家庭教師になってから、計算で満点は初めてです! いやあ、感激しました」
「へーえ、エリザベートが数学で満点ねえ。音楽とダンス以外はやる意味ないって言ってたベスがねえ。本を読むと頭が痛くなるベスがねえ」
・・・・・・・・・・もしかして、いやもしかしなくても、私ってすげー、バカ。
元の自分が生きてて、エリザベートと中身が入れ替わってたらって思ってたけど、それなし! いや、止めてください。掛け算もできないバカが私になるなんて、がまんできない!
ってか現代日本で生きていけないんじゃないの?